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今昔物語集

巻10第24話 震旦賈誼死後於墓文教子語 第廿四

今昔、震旦の漢の代に、賈誼と云人有けり。心に悟り有て、文を読むに、愚なる事無し。

一人の男子有り。名を薪と云ふ。薪、未だ稚き時に、父の賈誼死ぬ。然れば、薪、未だ文を学する事無し。「世に何(いか)にしてか有るべからむ」と、心細く思ひ歎て、夜、父の墓に行て、諸の事を云ひ次(つづ)けて、泣々く拝す。

其の時に、賈誼、子の薪を見て、出来て云く、「汝、文を学ぶべき也」と。薪の云く、「我れ、『文を学せむ』と思ふと云へども、誰を師と為てか学すべき」と。賈誼の云く、「汝、文を学せむと思はば、此の如く、夜々此に来て、我れに随て学すべし」と。

然れば、薪、其の後、父の教へに随て、夜々墓に行て、文を学するに、既に十五年を経たり。此の如く習ふ間に、既に其の道に達(いたり)ぬ。

国王、此の由を聞給て、薪を召て仕はるるに、実に其の道に達れり。然れば、重き者に用ゐられて、遂に其の業を遂げつ。其の後は、薪、墓に至ると云へども、賈誼、更に見えざりけり。

賈誼、死て後、面り子に見えて、文を教へて、業を遂げしむる事、奇異に有難き事となむ、語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku10-24.txt · 最終更新: 2017/04/07 11:42 by Satoshi Nakagawa
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