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text:k_konjaku:k_konjaku10-2

今昔物語集

巻10第2話 漢高祖未在帝王時語 第二

今昔、震旦に、漢の高祖1)と云ふ人有けり。此の人の母、本、下姓の人也。父は竜王也。

高祖の母、昔し、道を行けるに、池の堤を過る間に、俄に雷震有て、暗き事闇の如し。母、此れに恐れて、堤に低(うつぶ)し臥ぬ。雷、忽に女の上に落ち係て、女を犯しつ。其の後、女、懐妊して、男子を産せり。其の後、亦、女子を産せり。

其の男子、年来を経て、勢長するに、其の母、自ら田に下て、田を殖(う)ふる時に、一人の老人、其の辺を過ぐ。老人、田殖る女を見て云く、「汝ぢ、殊に勝れたる相有り。必ず国母と成るべき也」と。女、答て云く、「我れ、更に其の相有るべからず。我れは貧賤下姓の人也。何ぞ、国母の相有らむや」と。

其の時に、女の、男女の二人の子、出来ぬ。老人、亦、此の二人の子を見て云く、「汝ぢ、此の二人の子の故に、国母の相を備へたる也けり。兄の男子は、必ず国王と成るべし。弟の女子は、后と成るべし」と云て去ぬ。兄の男子と云は、漢の高祖と云ふ、此れ也。弟の女子と云は、□□と云ふ后、此れ也。

而る間、高祖、此の事を聞て、老人の相を憑て、心の内に国王と成るべき思を係たり。世の人に知らるる事無くして、芒碭山と云ふ山に隠居たり。

而るに、秦の始皇の代に、五色の雲、常に彼の芒碭山に立懸る。始皇、此れを見て、怪で思はく、「我れこそ、天下の一人として、世を随へたるに、亦何なる者の、彼の山に棲むに依て、常に五色の雲は立懸るぞ」と疑て、人を遣て、宣下して云く、「彼の芒碭山に常に五色の雲有り。慥に行て、此れを見て、人有らば殺すべし」と。

勅に依て、人行て、此れを尋ね求むる事、数度也。然れども、高祖、逃げ去つつ、罰(う)たるる事無し。

芒碭山に、高祖の隠れ居たりける木の上には、常に五綵の竜王なむ現じけるとなむ、語り伝へたるとや。

1)
劉邦
text/k_konjaku/k_konjaku10-2.txt · 最終更新: 2017/03/08 14:03 by Satoshi Nakagawa