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今昔物語集

巻1第5話 悉達太子於山苦行語 第五

今昔、悉達太子、跋伽仙の苦行林の中にして、出家し給て、彼の仙人の栖(すみか)に至り給ふ。仙人、太子を迎へ奉て、深く敬て申さく、「諸の仙人は威光無し。然れば、太子をば迎へて居(す)へ奉つる也」と。太子、彼の仙人の行を見給ふに、或は、草を以て衣とせる者有り、或は、水・火の側に住む者有り。

此の様の苦行を見給て、跋伽仙人に問て宣はく、「此れ、何事を求むるぞ」と。仙人、答て云く、「此の苦行を修して、天上に生れむと願ふ」と。太子、此の事を思すに、「苦行を修すと云へども、皆仏の道を願ふに非ず。我れ、爰に住むべからず」と思して、「此の所を去なむ」と宣ふ。諸の仙人、太子に申さく、「若し去なむと思さば、此より北に向て行給べし。彼(かし)こに大仙有り。名をば、阿羅邏・迦蘭と云ふ。公、其の所に行給ふべし」と教ふ。

さて、車匿は犍陟を曳て宮に返ぬ。宮の諸の人、摩訶波闍1)及び耶輸陀羅に申して云く、「車匿・犍陟、爰に還来れり」と。波提2)、此れを聞て、泣々王に申す。又、王、此れを聞て、悶絶躃地して、暫く在て醒悟て、諸の臣に勅して、四方に太子を尋ね求め奉て、大王、車千に多(あまた)の資粮を積て、太子の御許に送て、時に随て供養し奉て、「乏き事有せ奉らじ」と。車匿、太子の御許に詣て、此の資粮を奉るに、太子、敢て受給はず。然れば、車匿、一人留て、千の車をば王の御許へ返し送つ。車匿は太子に付奉て、朝暮に離れず。

太子は阿羅邏仙人の所に至り給ぬ。又、諸天、仙人に語て云く、「薩波悉達国を捨て、父に別れて、無上正直3)の道を求め、一切衆生の苦を救はむと思すが故に、爰に来給へり」と。天人、天の告を聞て出て、太子を見奉るに、形端正なる事限無し。即ち迎へ奉て、請じ居奉つ。仙人の申さく、「昔の諸の王は、盛の時、恣に五欲を受くと云へども、国を捨て出家して、道を求むる事は無し。今、太子は盛にして、五欲を捨て、爰に来給へり。実に希有也」と。太子の宣はく、「汝が云ふ事を聞くに、我れ喜ぶ。汝、我が為に、生老病死を断ずる法を説くべし」と。仙人の云く、「衆生の始は、寛(ゆるやかなる)より我慢を発す。我慢より痴心を生ず。痴心より染愛を生ず。染愛より五微塵気を生ず。五微塵気より五大を生ず。五大より貪欲・瞋恚等の諸の煩悩を生ず。此の如き、生老病死・憂悲苦悩に流転す。今、太子の為に、略して此れを説也」と。太子の宣はく、「我れ、汝が説く所の、生死の根本を知ぬ。又、何なる方便を以てか、此れを断ずる」と。仙人の云く、「若し、此の生死の本を断ぜむと思はば、出家して戒行を持(たも)ち、忍辱を行じ、閑ならむ所に居て、禅定を修して、悪欲等の不善の法を遠離すべし。此れを解脱と為也」と。太子、又宣はく、「汝は、年何(いく)らにて出家し、梵行を修て後、又何ら許の年ぞ」と。仙人の云く、「我れ、年十六にして出家して、梵行を修して以来(このかた)一百四年也」と。

太子、此の事を聞給て思す様、「一百四年梵行を修して、得たる所の法此の如し。我れ、此れに勝たらむ位を求めむ」と思して、座より立て、仙人に別れ給ふ。二人の仙人、太子の去給ふを見て思はく、「太子の智恵、甚だ深くして量難し」と思て、掌を合せて送り奉る。

太子、又、迦蘭仙の苦行の所に至り給ふ。憍陳如等の五人の栖也。其より尼連禅河の側に至給て、坐禅修習して苦行し給ふ。或日は一麻を食し、或日は一米を食し、或は一日乃至七日に一の麻米4)を食す。憍陳如等。又苦行を修し、太子を供養し奉て、其の側を離れず。太子、思す様、「我れ、苦行を修して、既に六年に満ぬ。未だ道を得ず。若し、此の苦行に身羸(つか)れて、命を亡じて、道を得ずば、諸の外道は、『餓て死たる』と云べし。然れば、只食を受て、道を成すべし」と思して、座より立て、尼連禅河に至り給ふ。水に入て、洗浴し給ふ。

洗浴畢て、身羸れ瘠せ給て、陸に登得給はず。天神来て、樹の枝に乗せ奉て、登せ奉りつ。其の河に大なる樹有り。頞離那と云ふ。其の樹に神有り。柯倶婆と名づく。神、瓔珞荘厳せる臂を以て、太子を引迎へ奉る。太子、樹神の手を取て、河を渡給ぬ。太子、彼の麻米を食給ひ畢て、金の鉢を河の中に投入れて、菩提樹に向給ひぬ。

彼の林の中に、一人の牧牛の女有り。難陀婆羅と云ふ。浄居天、来て、勧めて云く、「太子、此の林の中に来給ぬ。汝ぢ、供養し奉べし」と。女、此れを聞て喜ぶ。其の時に、池5)の中に、自然(おのづか)ら千葉の蓮華生たり。其の上に乳の麻米有り。女、此れを見て、「奇特也」と思て、即ち、此の麻米を取て、太子の所に至て、礼拝して此れを奉る。太子、女の施を受給て、身の光り、気力満ち給ぬ。

五人の比丘、此れを見て、驚き怪で、「我等は此の施を受てば、苦行退転しなむ」と云て、各本所に返る。

太子一人は、其より畢波羅樹下に趣き給ひにけりとなむ、語り伝へたるとや。

1) , 2)
摩訶波闍波提
3)
底本頭注「正直ハ正真ノ誤カ」
4)
糜(かゆ)
5)
底本頭注「池ハ地ノ誤カ」
text/k_konjaku/k_konjaku1-5.txt · 最終更新: 2016/04/05 02:25 by Satoshi Nakagawa
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