第一 人に恵を施すべき事

ある人いはく、人の君となれるものは、拙き者なりとも嫌ふべからず。文にいはく、「山は小さき壌(つちくれ)をゆづらず。このゆゑに高きことをなす。海は細き流れをいとはず。この故に深きことをなす」といへり。

また、明王の人を捨て給はぬこと、車を造る工(たくみ)の、材を余さざるに喩ふ。曲れるをも、短きをも用ゐる所なり。また、人の食物を嫌ふことあれば、その身、必ず痩すともいへり。

そうじて、大人は賤を嫌ふまじと見えたり。凡そ、いとほしければとて、謬(あやま)りて賞をも過ごさず、憎ければとて、みだりがはしく刑をも加へずして、普く均(ひと)しき恵みを施すべしとなり。また、人に一度の咎(とが)あればとて、重き罪を行ふこと、よく思慮あるべし。麒驥といふ賢き獣(けだもの)は、をのづから一躓(いっち)の謬(あやま)りなきにあらず。人とても、いかでかその理(ことわり)を離れむ。

しかれば、文にいへるがごとく、「少過をゆるして賢才を見るべし¹⁾」となり、その咎、あまたたびに及ばば、なだむるに力及ばざるべし。

ただし、君をはかりて要をかまへ、かたへを嘲りてその禄を望む族は、深く退くべし。そのゆゑは、「佞人、朝にあれば、忠正の者すすまず」といふ。「讒諛²⁾のはなはだしき、孔墨のさきをもまぬかれがたし」など聞こゆれば、不忠の輩はさらに情けの限りにあらず。

ただ、不覚ならむものの咎を免して、能なき輩をも、あはれみはぐくむべしとなり。

十訓抄上
　　第一可施人恵事　第二可離驕慢事
　　第三不侮人倫事　第四可誡人上事

第一可施人恵事
或人云人の君となれるものは、拙きものなりとも不可嫌文
云、山はちゐさき壌をゆつらす此故に高事をなす、海
はほそき流をいとはす此故に深き事をなすと云り、又
明王の人をすて給はぬ事、車を造る工みの、材をあまさ
さるにたとふ、まかれるをも、みしかきをも用る所也、又人の／k7

食物をきらふ事あれは、其身必すやすとも云り、惣て
大人は賤を嫌ましと見たり、凡糸惜けれはとて、謬て
賞をもすこさす、にくけれはとて、猥しく刑をも不加して、普
く均きめくみを施すへしとなり、又人に一度の咎あれ
はとて、重き罪を行事、よく思慮あるへし、麒驥と云
賢きけた物はをのつから一躓のあやまりなきに非す、
人とても争か其理をはなれむ、然者文にいへるかことく、
少過をゆるして賢才をみへしとなり、其咎あまたたひ
に及はは、なたむるに力をよはさるへし、但君をはかりて要
をかまへ、かたへを嘲て其禄を望む族は、深く退へ／k8

し、其故は佞人朝にあれは、忠正の者すすますといふ、謲諛
の甚き孔墨のさきをもまぬかれかたしなと聞れは、不
忠の輩は更になさけの限にあらす、只不覚ならむもの
のとかをゆるして、能なき輩をも愍みはくくむへしと
なり、／k8