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発心集

第二第6話(18) 津国妙法寺楽西聖人の事

校訂本文

津の国1)和田の奥に、妙法寺といふ山寺あり。かしこに楽西といふ聖人住みけり。もとは出雲国の人なり。

わが身、いまだ男なりける時、人の、田を作るとて、牛の耐へがたげなるを打ち責めて、かきすきけるを見て、「かく有情を悩ましつつ、わりなくして作りたてたる物を、作(な)すことなくて受用(じゆやう)することこそ、いみじう罪深けれ」と思ひけるより、心発(おこ)つて、やがて出家したりけり。

そののち、「居処求む」とて、国をあまねく見行きけるに、縁やありけん、この所の、心につきて思えければ、「ここに住まむ」と思ひて、ある僧の庵に尋ね行きたるに、主(あるじ)はあからさまに立ち出でたるに、ほだといふ物をさし合はせて置きたるを見て、この聖、とかくも言はではひ入りて、木多くとりくべて、背中あぶりして居たりける。

主(あるじ)帰り来て言ふやう、「何者なれば、人のもとにきて、案内も言はで、したり顔に火を焚きては居たるぞ」と言ふ。「希有(けう)のしわざや」と腹立てければ、「われは、いささか心を発(おこ)して、迷ひ歩(あり)く修行者なり。なんぢ、もろともに仏の御弟子にあらずや。あながちに、知る知られずと言ふべきことかは。風のおこりて、悩ましう思えければ、この火のあたり、見過ごしがたくて居たるぞかし。木、いくばくかは焚きたる。惜しく思はれば、こりて返し申さむ。また、なほこの火にあてじとならば、去るべし。慳貪なる火には、当らでこそはあらめ。安きことなり。罷(まか)り出でなむ」と言ふ。

主もいささか道心ある者にて、「事柄を心得ず思ゆれば、申すばかりぞ。言はるるところもまた理(ことはり)なり。さらば、静かに居給へ」とて、ことの心を問ふ。わが心ざしあるやうなんど言ひけるほどに、やがて、この僧、得意になつて、山の中の人離れたる所を切り払ひて、形の如く庵を結びて、住み初めたるになむありける。

かくて、貴く行ひて年ごろになりければ、近きほどにて、福原入道大臣2)、この聖のことを聞き給ひて、「まことに貴き人かな。ことざま見よ」とて、守俊3)を使ひにて、消息し給ひたりけり。「近きほどに、かくて侍れば、頼み奉る。また、いかなることなりとも候はば、必ずのたまはせよ」なんど、ねんごろに言はせ給ひて、贈り物どもせられたりけり。

聖人のいはく、「仰せは畏(かしこま)り侍り。ただし、行(ぎやう)もなく、徳もなければ、かやうの仰せ蒙るべき身にては、ゆめゆめ侍らず。いかやうに聞こし召して、なほざりにて御使ひなんど給ひてか侍るらん。このこと、驚き思ひ給へ4)侍り。この賜はせる物も返し奉るべきにて侍れど、恐れさりがたくて5)、今度(このたび)ばかりはとどめ侍り。今よりのちは、候ふまじきことなり。さらさら身に申し侍るべき用なく侍り。また、知られ参らせて、御用にかなふべきことは、いささかも侍らず」と、いと事の外(ほか)に申したりける。

使ひ、帰り参りて、このよし聞こえければ、「まことに貴き人にこそ。されど、さやうにもて離れむをば、いかがはせむ。なほ、とかく言ふは、心にたがひなむ」とて、また訪れ給はずしてぞ、やみにけり。

さて、この贈り物をば、寺の僧ともに方々(はうはう)分け取らせて、われはいささかも取らず。ある僧、あやしめて、「何かは、これを受け給はぬ。貧しき者の、わりなくして、いささかの物なんど奉るこそ、心ざしをば重く6)見る。それをば受け給ふめり。これほどの物、かの御ためには、何の物の数にてはあらん」と言ひければ、「のたまふところ、いはれたり。げに、貧き人の志、重き信施なれど、われ受けずは、誰かは、少なき物を得て、思ふばかりその志を報はむとする。これを返すものならば、わが罪をのみ恐れて、人を救ふ心は欠けぬべし。しかれば、『さだめて、仏の御意にも背きぬらん』と思ひ給へば、なまじひに受け給ふなり。さて、この入道殿は、功徳を作(な)し給はむには、いづれのことか心にかなはざらむ。善知識を尋ね給はんにも、また行徳高き人多し。誰か参らざらむ。この法師、知り給はずとも、さらさら事欠くまじ。勢ひいかめしうおはすめれば、さだめて、罪もおはすらん。『させる徳なき身にて、引きかづきて由なし』とて、遁れ申すなり」とぞ言ひける。

ここかしこより物を得るほどに、多くなりぬれば、寺の僧を呼び集めて、これを施す。さらに後の料(れう)と思へることなし。かの山寺近く、やまめなる老いうばの、堪へがたく貧しきあり。これをあはれみて、常に物なんど取らせける。師走の晦日(つごもり7))に、人の手より餅をあまた得たりける時、かのうばを思ひ出だして、夜いたふ更けて、みづから持ちて行きけるほどに、年ごろ持たりける念珠を落してげり。

帰りてのち、思ひ出だしたりけれど、しげき山を分け行く道なれば、いづくにか落ちにけん、求めにも行かず。「多年、薫修(くんじゆ)積みつる念珠を」と、歎きながら、数珠引(ずずひ)き語らひて、あつらへむとするほどに、烏の、物を食ひて、堂の上にからからと鳴らすを見れば、わが落したりける念珠なりけり。「烏、いとど哀れなり」とて、これを返し取りつ。

それより、この烏、得意になりて、人の、物持ち来べき時には、必ず来居て鳴く。その居たる遠さに、「今、幾日(いくか)なり」とはからふに、つゆも違はず。ほとほと、護法なんども、いひつべきさまにぞありける。

また、この庵の前に小さき池あり。蓮(はちす)多くて、花の盛りには水も見えず。ひとへに、紅梅の絹を覆へるがごとし。ある時の夏、いささかも花の咲かざりけるを、人の怪しみければ、「今年は、われ、この界(かい)を去るべき年なれば、『行くべき所に咲かん』とて、ここには咲かぬなり」と答へける。まことに、その年、臨終正念にめでたくてぞ終りにける。

かやうの不思議、多く聞こえ侍りしかど、ことしげければ、注(しる)ざず。

翻刻

  津国妙法寺楽西聖人事
津国和田ノ奥ニ妙法寺ト云山寺アリ。彼ニ楽西ト
云聖人住ケリ。本ハ出雲国ノ人也。我身イマダ男
ナリケル時人ノ田ヲ作ルトテ。牛ノタヘガタゲナルヲ打セ/n12l
メテカキスキケルヲ見テ。カク有情ヲナヤマシツツワリ無
シテ作タテタル物ヲ。作事ナクテ受用スル事コソイミジ
フ罪深ケレト思ケルヨリ。心発テヤガテ出家シタリケリ。
其後居処モトムトテ。国ヲアマネク見行ケルニ縁ヤ有
ケン。此処ノ心ニ付テ覚ヘケレバ。ココニ住マムト思テ有僧
ノ庵ニ尋行タルニ。主ハアカラサマニ立出タルニ。ホタト云
物ヲ指合セテ置タルヲ見テ。此聖トカクモ云ハデハイ入
テ木多クトリクベテ。セナカアブリシテ居タリケル。主
帰キテ云様。何物ナレバ人ノモトニキテ案内モイハデ
シタリカホニ火ヲタキテハ居タルゾト云。ケウノシワザヤト/n13r
ハラタテケレバ。我ハイササカ心ヲ発シテ迷アリク修行
者也。ナンヂモロトモニ仏ノ御弟子ニ非スヤアナガチ
ニシルシラレズト云ベキ事カハ。風ノヲコリテナヤマシフ覚ヘケ
レバ。此ノ火ノアタリ見スゴシカタクテ居タルゾカシ。木イ
クバクカハタキタル。惜ク思ハレバコリテ返シ申サム。又ナヲ
此火ニアテジトナラバサルベシ。慳貪ナル火ニハアタラデ
コソハアラメ。安キ事也。罷出ナムト云。主モ聊カ道心
アル者ニテ。事カラヲ心ヱス覚レハ申スハカリゾ。イハルル処
モ又理也。サラハ静ニ居給ヘトテ事ノ心ヲ問フ。我心
サシアル様ナムト云ケル程ニ。ヤガテ此僧トクヰニ成テ。/n13l
山ノ中ノ人離タル処ヲキリハラヒテ。形ノ如クイヲリヲ
結テ住ソメタルニナムアリケル。カクテ貴ヲコナヒテ年比ニ
成ケレバ。近程ニテ福原入道第此聖ノ事ヲキキ給
ヒテ。実ニ貴キ人哉事サマ見ヨトテ。守俊ヲ使ニテ
消息シ給タリケリ。近キ程ニカクテ侍レバ奉憑。又イ
カナル事也トモ候ハハ。カナラスノ給ハセヨナンド懇ニ
イハセ給ヒテヲクリ物トモセラレタリケリ。聖人ノ云ク
仰セハ畏リ侍ヘリ。但行モナク徳モ無レバ加様ノ
仰セ蒙ルベキ身ニテハユメユメ侍ス。イカヤウニ聞食テナ
ヲザリニテ御使ナムト給テカ侍ルラン。此事驚思給/n14r
ヒ侍ヘリ此給ハセル物モカヘシ奉ルベキニテ侍レド。恐レサ
リカダクテ今度バカリハトトメ侍ベリ。今ヨリ後ハ候マ
シキ事也。更々身ニ申侍ルヘキ用ナク侍ヘリ。又シラレ
参セテ御用ニ叶ベキ事ハ聊モ侍ズト。イト事ノ外ニ
申タリケル。使帰リ参テ此由キコヘケレハ。実ニ貴キ
人ニコソサレト左様ニモテハナレムヲバイカカハセム。猶ト
カク云ハ心ニタガヒナムトテ。又ヲトヅレ給ハズシテゾヤミ
ニケリ。サテ此ヲクリ物ヲハ寺ノ僧トモニ方々分トラセテ。
我ハ聊モトラズ。有僧アヤシメテ何カハ是ヲウケ給
ハヌ。マヅシキ物ノワリナクシテ。聊ノ物ナムド奉ルコソ/n14l
心サシヲハヲモタ見ル。其ヲバウケ給フメリ。是程ノ物カノ
御タメニハ何ノ物ノカズニテハアラント云ケレバ。ノ給フ処イ
ハレタリ。ゲニ貧キ人ノ志。ヲモキ信施ナレド。我ウケズハ
誰カハスクナキ物ヲ得テ思計其志ヲムクハムトス
ル。此ヲ返ス物ナラバ我罪ヲノミ恐テ人ヲスクフ心ハ
カケヌベシ。然者定テ仏ノ御意ニモ背ヌラント思給ヘバ。
憖ニウケ給フ也。サテ此入道殿ハ功徳ヲ作給ハム
ニハ何レノ事カ心ニ叶ハサラム。善知識ヲ尋給ハンニモ
又行徳高キ人多シ。誰カ参ラザラム此法師知給
ハズトモ更々事カクマジ。イキヲヒイカメシフヲハスメレハ。/n15r
定テ罪モヲハスラン。サセル徳ナキ身ニテ引カツキテ
由ナシトテ遁申ス也トゾ云ケル。ココカシコヨリ物ヲウル
程ニ。多ク成ヌレバ寺ノ僧ヲヨビ集テ是ヲ施ス。更ニ
後ノレウト思ヘル事ナシ。彼ノ山寺近クヤマメナル老ウ
バノ堪カタクマヅシキアリ。是ヲアハレミテ常ニ物ナム
ド取セケル。シハスノ晦日ニ人ノ手ヨリ餅ヲアマタ得
タリケル時。カノウハヲ思出テ夜イタフフケテ自モチテ
行ケル程ニ。年来持タリケル念珠ヲ落シテゲリ。帰
リテ後思出タリケレド。シケキ山ヲワケ行道ナ
レバ。イヅクニカ落ニケン求ニモ行ス。多年薫修ツミツル/n15l
念珠ヲト。ナゲキナカラ。ズズヒキ語ヒテアツラヘムトスル
程ニ。烏ノ物ヲ食テ堂ノ上ニカラカラトナラスヲ見レバ。
我落タリケル念珠也ケリ。烏イトト哀ナリトテ是
ヲ返トリツ。其ヨリ此烏トクヰニナリテ人ノ物モチク
ヘキ時ニハ必キヰテナク。其居タルトヲサニ。今幾日也
トハカラフニ露モタカハズ。ホトホト護法ナムトモ云ツヘキ
サマニゾアリケル。又此庵ノ前ニチイサキ池アリ。蓮
多クテ華ノ盛ニハ水モ見エズ。ヒトヘニ紅梅ノ絹ヲ
ヲホヘルカ如シ。或時ノ夏イササカモ花ノサカザリケルヲ
人ノアヤシミケレバ。今年ハ我此界ヲサルベキ年ナレバ。/n16r
行ヘキ所ニサカントテ。ココニハサカヌ也ト答ケル。実ニ其
年臨終正念ニ目出度テゾヲハリニケル。加様ノ不思
議多ク聞ヘ侍リシカト。事シケケレハ註サス/n16l
1)
摂津国
2)
平清盛。底本、福原入道大第で、第に「ヲトト」と読み仮名がある。
3)
平盛俊
4)
底本「給ヒ」。
5)
底本「サリカダクテ」
6)
底本「ヲモタ」
7)
底本「ツモコリ」と読み仮名。
text/hosshinju/h_hosshinju2-06.txt · 最終更新: 2017/04/22 12:27 by Satoshi Nakagawa
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