平中物語
第17段 またこの男をかしきやうにて得たる女ありけり・・・
校訂本文
また、この男、をかしきやうにて得たる女ありけり。得て三・四日ばかりあるに、障ることのありければ、え行かで、いたう思ひいとほしがりて、月のおもしろかりける夜、かの女の家に行きて、「いつしか」と馬より下り走りて、庭を見入るれば、前栽(せんざい)のもとに、みな女ども交れり。
かかりければ、この男、をかしきやうに思ひて、歩み寄りてあれば、この女ども、うち騒ぎて、みな板敷に上りぬ。男は、「われに隠るべき人こそは」と思ひて、前栽の中に立ちやすらひけり。
かかりけるに、くそたち来けり。「わがもとに来るなめり」と、この男は見立てりけるに、男のもとには来で、薄(すすき)の、いとむららかにて、おもしろきがもとに行きて、とばかり帰らざりければ、あやしさに、みそかに草隠れにうかがひ寄りて、法師をぞ隠し据ゑたりける。そがもとに、もの言ひやるにぞありける。
さりければ、いとみそかに立てりける所にぞ、「などか、さてはものし給ふ。早う来や」と言ひたりければ、「今、参り来む。この前栽の、いとおもしろく、くまぐましき見るなり」と言ひてぞ立てりけるに、そこの法師のがり、間どもなく人やる。
この男の思ふやう、「捕へさせやせまし」と思ひけれど、「わが来る事、いくばくもあらず。もとから来る人にもしこあれ。また、わがのちにても、かう心憂き人により、けしからず『さ』とや言はれん」など思ひ、たゆたひけるほどに、「はや、こなたに、こなたに」と、この男立てるを呼び据ゑて、「すかさむ」と思しき1)さまに、たばかりて言はせけれど、この、呼びに来たりける人の「筆に墨塗りて来(こ)」と言ひたれば、さて持て来たり。
懐紙(ふところがみ)に、かかることを書きて、「これをまづ奉り給へ。あはれ、忘れ給ふなよ」とて、取らせたりける。
穂に出(で)ても風に騒ぐか花薄(はなすすき)いづれの方になびきはてむと
と言ひて、返り事も聞かで、ふと出でにけり。
男は、かぎりなく憂じて、そのままに、ものも言はず。
翻刻
とそいひけるのちはいかかなりにけん又この をとこおかしきやうにてえたる女ありけりえて 三四日はかりあるにさはることのありけれ はえいかていたうおもひいとほしかりてつきの おもしろかりけるよかの女のいゑにいきていつし かとむまよりおりはしりてにわを見いるれは/22オ
せんさいのもとにみな女とんましれりかかりけ れはこのをとこおかしきやうにおもひてあゆみよ りてあれはこの女とんうちさわきてみないた しきにのほりぬ男は我にかくるへき人こそ はとおもひてせんさいの中にたちやすらひけり かかりけるにくそたちきけりわかもとにくる なめりとこのおとこは見たてりけるに男 のもとにはこてすすきのいとむららかにて おもしろきかもとにいきてとはかりかへらさり けれはあやしさにみそかに草かくれにう かかひよりてほうしをそかくしすゑたり/22ウ
けるそかもとにものいひやるにそありけ るさりけれはいとみそかにたてりけるとこ ろにそなとかさてはものしたまふはやうこ やといひたりけれはいままいりこむこのせ むさいのいとおもしろくくまくましきみるなり といひてそたてりけるにそこのほうしのか りまとんなく人やるこのをとこのおもふや うとらへさせやせましとおもひけれとわか くる事いくはくもあらすもとからくる人にも しこあれ又わかのちにてもかう心うき人に よりけしからすさとやいはれんなとおもひた/23オ
ゆたひけるほとにはやこなたにこなたにとこの男 たてるをよひすへてすかさ□□□ほしき さまにたはかりていはせけれとこのよひに きたりける人の筆にすみぬりてこといひ たれはさてもてきたりふところかみにかかる ことをかきてこれをまつたてまつり給へ あはれわすれたまふなよとてとらせたりける ほにてても風にさはくかはなすすきいつ れのかたになひきはてんと といひてかへり事もきかてふといてにけり 男はかきりなくうしてそのままにものもい/23ウ
はす又このおとこもののたよりにいとさた/24オ