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平中物語

第3段 同じ男の心の内に包むことはた似気なうありければ・・・

校訂本文

同じ男の、心の内に包むこと、はた、似気(にげ)なうありければ、「かかる歎きになむある」ともえ言はで、ただ気色になむ見せける。

女、「いとあさまし」と思ひよる気色を、男、見てぞ、かの人いと近くて使ふ人に語らひつきて、「なほ、いとよき折りに奉れ」とて、よろづの思ふことを書きてあるを、この女、見て、「思ひのぼれる心を持たりけるか。めざましう、恐しうもあるかな」とは思ひつれど、「『おぼろげ』にと聞かで言はんやは」と思ひて、苦しがりて、「いかに思ひて、かかることは」などぞ、返り事はしたりける。

それに喜びて、いと、こと多く言ひかよはしてければ、女、「われを思はば、年(とし)に一度(ひとたび)と言ふばかりに、文(ふみ)はおこせよ。とりて、人も通ひがたくなりなん」と言へば、常にもえやらず、女も、「会はむ」といふ心はありけれど、さるべくもあらで、あり渡るほどに、人、なま疑ひつつありければ、返り事さへ、いとかたうなりにけり。

この男、かかることをぞ言ひたりける。

臥す床の 涙の川となりぬれば 流れてのみぞ 水鳥の うき寝(ね)をだにぞ われはせぬ 冬の夜ごとに 置く霜の 起き居て常に 消え返り なに事にをかは なよ竹の よ長きには 思ひ明かす わが<胸をのみ 木枯らしの 森の木の葉は 君なれや 露も時雨も ともすれば 漏りつつ袖を 濡らすらむ 干る時なき 野路(のぢ)露に 干さじとやする 山びこの 答へばかりは 答へなん 聞きてなぐさむ ことやあると 時をいつとは 分かねとも せめてわびしき夕暮れは むなしき空を ながめつつ むなしき空と知りながら なに頼みつつ 逢坂の ゆふつげ鳥の 夕鳴きを ふり出で出でぞ 鳴き渡る 聞く人ごとに とがむれど 声もせきあえず いくよしも あらじ命を はかなくも 頼みて年の 経にけるか 生けるあひだの うち橋の 絶えて会はずは 渡り川 とくとくとだに 渡りてしがな

  しるしあらむものならなくにあしびきの山の山すげやまず悲しき

さりけれど、歌をや詠まざりけむ、返り事もなし。「はかなきことの返り事をだに言ふときもあるを、これが返り事をせぬは、ものを思ひ知らぬなるべし。なぞ、こは、われより高かりけるよ1)。何にかはすべき」と思ひて、やみにけり。

翻刻

なとそいひたるおなしおとこの心のう
ちにつつむことはたにけなうありけれは
かかるなけきになむあるともえいはて
たた気色になん見せける女いとあさま
しとおもひよる気色を男見てそかの人
いとちかくてつかふ人にかたらひつきて
なをいとよきおりにたてまつれとてよ
ろつのおもふことをかきてあるおこの女見て
おもひのほれるこころをもたりけるかめ
さましうおそろしうもあるかなとは思ひ/8ウ
つれとおほろけにときかていはんやはと
おもひてくるしかりていかにおもひてかかる
ことはなとそかへり事はしたりけるそ
れによろこひていとことおほくいひかよはし
てけれは女我をおもははとしにひとたひと
いふはかりにふみはをこせよとりて人も
かよひかたくなりなんといへはつねにもえやら
す女もあはむといふこころはありけれとさる
へくもあらてありわたるほとに人なまう
たかひつつありけれはかへり事さへいとか
たうなりにけりこのおとこかかることをそ/9オ
いひたりける
  ふすとこのなみたのかはとなりぬれは
  なかれてのみそ水とりのうきねをたに
  そ我はせぬ冬の夜ことにおくしもの
  おきゐてつねにきえかへりなに事に
  をかはなよたけのよなかきには思ひ
  あかすわかむねおのみこからしのもりの
  この葉はきみなれや露もしくれもとん
  すれはもりつつそてをぬらすらむひる時
  なきのち露にほさしとやする山ひこ
  のこたへはかりはこたへなんききてなく/9ウ
  さむことやあると時をいつとはわかねとん
  せめてわひしきゆふくれはむなし
  きそらをなかめつつむなしきそらとしりな
  からなにたのみつつあふさかのゆふつけとり
  のゆふなきをふりいていてそなきわたる
  きく人ことにとかんれとこゑもせきあえ
  すいくよしもあらしいのちをはかなくも
  たのみてとしのへにけるかいけるあいた
  のうちはしのたえてあはすはわたりか
  はとくとくとたにわたりてしかな
  しるしあらむものならなくにあし/10オ
  ひきのやまの山すけやますかなしき
さりけれと哥をやよまさりけん返事
もなしはかなきことのかへり事をたに
いふときもあるをこれか返事をせぬは
ものをおもひしらぬなるへしなそこは
我よりたたかりけるよなににかはすへきと
おもひてやみにけり又このおなし男/10ウ
1)
底本「たたかりける」
text/heichu/heichu03.txt · 最終更新: 2016/12/09 15:06 by Satoshi Nakagawa
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