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平中物語

第2段 またこの男の懲りずまに言ひみ言はずみある人ぞありける・・・

校訂本文

また、この男の懲りずまに、言ひみ言はずみある人ぞありける。それぞ、かれを「にくし」とは思ひはてぬものから、返り事もせざりければ、「この奉る文(ふみ)を見給ふものならば、給はずとも、ただ『見つ』とばかりはのたまへ」とぞ、言ひやりける。

されば、「見つ」とぞ、言ひやりける。

男、やる。

  夏の日に燃ゆるわが身のわびしさに水恋鳥1)の音をのみぞなく

    また、返り事

  いたづらにたまる涙の水しあらばこれして消(け)てと見すべきものを

かう言ひかはしつつ、ほとは経ぬれど、会ふことはいとかたうぞあれば、男、

  なげきをぞこりわびぬべき会ふ期(ご)なきわがかたききて持ちしわぶれば

    女、返し

  誰によりこるなげきをかうちつけにになひも知らぬわれに負ほする

かう言ふあひだに、秋になりにけり。

「この男の家には、前栽(せんざい)など、いとおもしろう植ゑて、菊など咲きてあり」と聞きて、この女のもとより、「そのおもしろかなる菊、一枝(ひとえだ)折りて」と言ひおこせたりければ、その使に問へば、「『人の御文奉れ給へる御返しに、付け給はむ』となり」と言へば、「あるよりは心憂くもあるかな。われより他に、また言ふ人の返り事をもしける」と思ひて、いとおもしろき枝を押し折りて、かう言ひやる。

  花も香も残る菊ともなりにしかわれよりはまたあらじと思はん

と言ひければ、使をぞ、「いかが言ひつる」と問へば、「あるままにこそは」と言へば、返し。

  濡れかへりせかれぬみをに引かれてぞわれさへ浮きて流れ寄りけむ

とあるに、また、男、立ち返り、

  わが深き心のみをの疾く2)早く流れ来ればぞきみも浮き出づる

「『いつしか暮れななむ』とぞ思ふ」と言へる返り事。「暮るとも何のしるしもあるまじ。つねよりも今宵は宿直(とのゐ)するものなどあれば、夜しも関守(せきもり)のまさる」よし言ひたれば、男、

  逢坂の関は夜こそ守りまされ暮るれば何をわれ頼むらむ

    返し、女。

  守り増せど夜はなほこそ頼まるれ寝(ぬ)る間もあらば越さむと思ふに

と言ひつつあり経るに、かの男、いといたう恨みなどしければ、女、言ひたる、「よし、なほおほかたにて見せむ。月おもしろきに」と言へば、来たり。

簀の子に呼びすゑて、はらからどもなど、口々をかしく言ひけるに、「よし、これもて心ざしは見せん」とて、「など、かかる人目をいかでかは忍ぶべき。つつむ事だになき身ならばこそあらめ」。

夜、明けぬれば、男、帰りて言ひおこせたり。

  うちかはし誓はぬ袖を雨雲と降りし時雨は月に見えけむ

などぞ言ひたる。

翻刻

たるをそたまひける又このおとこのこり
すまにいひみいはすみある人そありける
それそかれをにくしとはおもひはてぬ
ものからかへり事もせさりけれはこの
たてまつるふみを見たまふものならは
たまはすとんたたみつとはかりはのたまへ/5ウ
とそいひやりけるされはみつとそいひやり
ける男やる
  なつの日にもゆる我身のわひしさに
  みつにひとりのねをのみそなく
    又かへり事
  いたつらにたまるなみたのみつし
  あらはこれしてけてと見すへき物を
かういひかはしつつほとはへぬれとあふことは
いとかたうそあれはをとこ
  なけきをそこりわひぬへきあふこ
  なきわかかたききてもちしわふれは/6オ
    女かへし
  たれによりこるなけきをかうち
  つけにになひもしらぬ我におほする
かういふあいたに秋になりにけりこの
おとこのいゑにはせんさいなといとおもしろ
ううへてきくなとさきてありとききて
この女のもとよりそのおもしろかなるき
くひとえたをりてといひおこせたりけ
れはその使にとへは人の御文たてまつ
れたまへる御かへしにつけたまはむとなり
といへはあるよりは心うくもあるかな我/6ウ
よりほかに又いふ人のかへり事おもしける
とおもひていとおもしろきえたををしをり
てかういひやる
  はなもかものこるきくともなりにしか
  我よりは又あらしとおもはん
といひけれは使をそいかかいひつるととへは
あるままにこそはといへはかへし
  ぬれかへりせかれぬみをにひかれてそ
  我さへうきてなかれよりけん
とあるに又おとこたちかへり
  わかふかき心のみをのとしはやくなかれ/7オ
  くれはそきみもうきいつる
いつしかくれななむとそおもふといへるかへり
ことくるともなにのしるしもあるまし
つねよりもこよひはとのゐするものなと
あれは夜るしもせきもりのまさるよし
いひたれはをとこ
  あふさかのせきはよるこそもりま
  されくるれはなにをわれたのむらん
    かへし女
  もりませとよるはなをこそたのま
  るれぬるまもあらはこさんとおもふに/7ウ
といひつつありふるにかのおとこいといた
ううらみなとしけれは女いひたるよ
しなをおほかたにて見せん月おもしろ
きにといへはきたりすのこによひす
へてはらからとんなとくちくちおかしくいひ
けるによしこれもて心さしは見せんとて
なとかかる人めをいかてかはしのふへき
つつむ事たになき身ならはこそあら
め夜あけぬれはおとこかへりていひおこ
せたり
  うちかはしちかはぬそてをあまく/8オ
  もとふりししくれはつきに見えけん
なとそいひたるおなしおとこの心のう/8ウ
1)
底本「みつにひとりの」。
2)
「疾く」は底本「とし」
text/heichu/heichu02.txt · 最終更新: 2017/01/28 23:22 by Satoshi Nakagawa
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