text:mumyosho:u_mumyosho041
目次
無名抄
第41話 歌の半臂句
校訂本文
歌の半臂句
俊恵、物語のついでに、問ひていはく、「遍昭僧正の歌に
たらちねはかかれとてしもむばたまの我が黒髪を撫でずやありけむ
この歌の中に、いづれの詞(ことば)か殊(こと)に優れたる。思えんままにのたまへ」と言ふ。
予、いはく、「『かかれとてしも』といひて、『むばたまの』と休めたるほどこそは、殊にめでたく侍れ」と言ふ。
「かくなり、かくなり。早く歌は境(さかひ)に入られにけり。歌詠みはかやうのことにある。それにとりて、『月』といはむとて、『ひさかた』と置き、『山』といはんとて、『あしびき』といふは常のことなり。されど、始めの五文字にてはさせる興なし。腰の句によく続けて詞の休めに置きたるは、いみじう歌の品(しな)も出でき、ふるまへるけすらひともなるなり。古き人、これをば『半臂(はんぴ)の句』とぞ、いひ侍りける。半臂はさせる用なき物なれど、装束の中に飾りとなる物なり。歌の三十一字、いくほどもなきうちに、思ふことをいひ極めんには、むなしき事をば一文字なりとも申すべくもあらねど、この半臂の句は必ず品となりて、姿を飾る物なり。姿に花麗極まりぬれば、また、おのづから余情となる。これを心得るを『境に入る』といふべし。よくよくこの歌を案じてみ給へ。半臂の句も、詮(せむ)は次のことぞ。眼(まなこ)はただ『とてしも』といふ四文字なり。かくいはすは半臂詮なからましとこそ見えたれ」となん侍りし。
翻刻
歌ノ半臂句 俊恵物語の次にとひて云 遍昭僧正の哥に/e34l
たらちねはかかれとてしもむはたまの わかくろかみをなてすやありけむ この哥のなかにいつれのことはかことにすくれたる おほえんままにのたまへといふ予云かかれとてしも といひてむはたまのとやすめたるほとこそはことに めてたく侍れといふかくなりかくなりはやく哥はさかひ にいられにけり哥よみはかやうのことにある其 にとりて月といはむとてひさかたとおき山といはん とてあしひきといふはつねのことなりされとはし めの五文字にてはさせる興なしこしの句に/e35r
よくつつけてことはのやすめにおきたるは いみしう哥のしなもいてきふるまへるけすらひ ともなるなりふるき人これをは半臂の句と そいひ侍けるはんひはさせるようなき物なれと装 束のなかにかさりとなる物也哥の卅一字いく程も なきうちにおもふことをいひきはめんにはむなしき ことをはひと文字なりとも申へくもあらねと このはんひの句はかならすしなとなりてすかたを かさる物なりすかたに花麗きはまりぬれは又 おのつから余情となるこれを心うるをさかひに/e35l
いるといふへしよくよくこの哥をあんしてみ給へ 半臂の句もせむはつきのことそまなこはたた とてしもといふ四文字なりかくいはすは半臂せん なからましとこそみえたれとなん侍し/e36r
text/mumyosho/u_mumyosho041.txt · 最終更新: 2014/09/22 14:55 by Satoshi Nakagawa