text:mumyosho:u_mumyosho004
無名抄
第4話 我与人
校訂本文
我与人
また同じ所にて、こくなはといひし女房、「夏を契」といふ題に、
惜しむべき春をば人に厭はせてそら頼めにやならんとすらむ
と詠めりしを、「よろし」など人々定め侍りしほどに、ある人のいはく、「『春をば人に』と言へる、少しおぼつかなからむ。ただ『春をば我に』と言ひたらば、確かにて勝りなんかし」と言ふ。
これ同ずる人多く侍りしを、俊恵、聞きて、「無下に心劣りせらるる事をのたまふかな。『人に』と言ひたりとても、他人とやは思ひたどるべき。『我に』と言ひては、うたて、ことの他に品なく聞こゆるものを。歌は花麗を先とす。人をば知らず。おのれはたとい難ありとも、『人に』と詠まん」とぞ、申し侍りし。
翻刻
我与人 又をなし所にてこくなはといひし女坊夏を契と云題に をしむへきはるをは人にいとはせて そらたのめにやならんとすらむ とよめりしをよろしなと人々さため侍しほとに ある人のいはくはるをは人にといへるすこしおほ/e6l
つかなからむたた春をはわれにといひたらはたしかに てまさりなんかしといふこれ同する人おほく侍し を俊恵ききてむけに心をとりせらるる事を のたまふかな人にといひたりとても他人とやは おもひたとるへきわれにといひてはうたてこと のほかにしななくきこゆるものを哥は花麗を さきとす人をはしらすおのれはたとい難あり とも人にとよまんとそ申侍し/e7r
text/mumyosho/u_mumyosho004.txt · 最終更新: 2014/09/13 18:20 by Satoshi Nakagawa