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text:chomonju:s_chomonju147

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古今著聞集 和歌第六

147 東三条院皇太后宮と申しける時七月七日撫子合させ給ひけり・・・

校訂本文

東三条院1)、皇太后宮と申しける時、七月七日、撫子合(なでしこあはせ)させ給ひけり。少輔内侍、少将のおもと、左右の頭にて、あまたの女房、方を分かれけり。薄物の二藍(ふたあゐ)かさねの汗衫(かざみ)きたる童(わらは)四人、撫子の州浜(すはま)かきて御前に参れり。その風流、さまざまになん侍りける。

左、撫子に付けたりける、

  なでしこの今日は心をかよはしていかにかすらん彦星の空

  時の間に貸すと思へど七夕にかつ惜しまるるなでしこの花

州浜に立ちたる鶴に付けける、

  数知らぬ真砂(まさご)を踏めるあしたづは齢(よはひ)を君にゆづるとぞ見る

瑠璃の壺に花さしたる台に、葦手(あしで)にて縫ひ侍りける、

  七夕や分きて染むらんなでしこの花のこなたは色のまされる

虫を放ちて、

  松虫のしきりに声の2)聞こゆるは千世を重ぬる心なりけり

右の撫子の、ませに這ひかかりたる芋蔓(いもづる)の葉に書きて付け侍る、

  万代(よろづよ)に見るともあかぬ色なれやわが籬(まがき)なるなでしこの花

州浜の心葉(こころば)に、水手(みつて)3)にて、

  常夏(とこなつ)の花も汀(みぎは)に咲きぬれば秋まて色は深く見えけり

  久しくも匂ふべきかな秋なれどなほ常夏の花といひつつ

七夕祭(たなばたまつり)したりける形(かた)あり4)。州浜の先に水手にて、

  契りけむ心ぞ長き七夕のきてはうち臥すとこなつの花

沈(ぢん)の岩(いはほ)を立てて、黒方(くろほう)を土にて、撫子植ゑたるところに、

  代々を経し色も変はらぬなでしこも今日のためにぞ匂ひ増しける

この歌どもは兼盛5)・能宣6)ぞつかうまつり侍りける。これを見る人々、おのがひきひき、心々(こころごころ)に言ひつくるとて、左の人、

  かち渡り今日ぞしつべき天の川つねよりことにみぎは劣れば

右の人、

  天の川みぎはことなく勝るかないかにしつらん鵲(かささぎ)の橋

この遊び、いと興ありてこそ侍れ。

翻刻

東三条院皇太后宮と申けるとき七月七日なてしこ
あはせさせ給けり少輔内侍少将のおもと左右の頭
にてあまたの女房方をわかれけりうすもののふたあひ
かさねのかさみきたるわらは四人なてしこのすはまかき
て御前にまいれり其風流さまさまになん侍ける左なてしこ
に付たりける
 なてしこのけふは心をかよはしていかにかすらんひこほしの空/s113r
 時のまにかすと思へと七夕にかつおしまるるなてしこの花
すはまにたちたる靏につけける
 数しらぬまさこをふめるあしたつはよはひを君にゆつるとそみる
瑠璃のつほに花さしたる臺にあしてにてぬい侍ける
 七夕やわきてそむらんなてしこの花のこなたは色のまされる
むしをはなちて
 松虫のしきりに声きこゆるは千世をかさぬる心なりけり
右のなてしこのませにはひかかりたるいもつるの葉に
かきてつけ侍る
 万代に見るともあかぬ色なれやわか籬なるなてしこの花
すはまのこころはにみつにて/s113l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/113

 とこなつの花もみきはにさきぬれは秋まて色は深くみえけり
 久しくもにほふへきかな秋なれと猶とこなつの花といひつつ
たなはたまつりしたりけるかたよりすはまのさきにみつてにて
 ちきりけむ心そなかき七夕のきてはうちふすとこなつの花
ちんのいはほをたててくろほうを土にてなてしこうへたると
ころに
 代々をへし色もかはらぬなてしこもけふのためにそ匂ひましける
この哥ともは兼盛能宣そつかうまつり侍けるこれをみる
人々をのかひきひき心々にいひつくるとて左の人
 かちわたりけふそしつへき天川つねよりことにみきはおとれは
右の人/s114r
 天川みきはことなくまさる哉いかにしつらんかささきの橋
このあそひいと興ありてこそ侍れ/s114l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/114

1)
藤原詮子
2)
底本「の」なし。諸本により補う。
3)
「水手」は底本「みつ」。諸本により補う。
4)
「あり」は底本「より」。諸本により訂正。
5)
平兼盛
6)
大中臣能宣
text/chomonju/s_chomonju147.1582355763.txt.gz · 最終更新: 2020/02/22 16:16 by Satoshi Nakagawa