ある獅子王(ししわう)、通りける所を、驢馬(ろば)これを嘲(あざけ)る。獅子王、このよしを聞きて、「あつぱれ、食ひ殺してんや」と怒りけるが、「しばし」とてゆるす心出で来ける。そのゆゑは、「われと等しき者にもあらば、その争ひも及び侍るべけれども、かれらがごとく宿世(すくせ)つたなき者に、あたら口を汚(けが)さんもさすがなれば」とてゆるし侍りき。
そのごとく、「無智の輩(ともがら)に向かつて是非(ぜひ)を論ずべからず」といへる心なるべし。驢馬とは無知の輩を指すべし。獅子王とは才知の儀しかる者を喩ふるなり。
十 ししわうとろはの事 ある師子王とをりける所をろは是をあさけるしし わう此由をききてあつはれくいころしてんやとい かりけるかしはしとてゆるす心出来けるそのゆへ はわれとひとしきものにもあらは其あらそひもお よひ侍るへけれ共かれらかことくすくせつたなき ものにあたら口をけかさんもさすかなれはとてゆ るし侍りき其ことく無智の輩にむかつて是非を/2-53l
https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/53
論すへからすといへる心なるへしろはとは無知の 輩をさすへしししわうとは才知儀しかる者をた とふるなり/2-54r