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text:yotsugi:yotsugi001

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第1話

今は昔、一条院、御堂の御聟にならせ給にければ、もとの堀河右大臣殿女御歎かせ給事いへばをろか也。上陽人の春行秋くれども、年をしらずはといひたるやうに、明くるるもしらず、浅ましくなげかせ給て、やすく御とのこもる事なければ、残のともし火、かべをそむけるかげも心ぼそく覚さるるに、おまへの梅の心にくくひらけにけるも、是を今まで知らざりけるも、我身よにふると詠させ給。

  いづこより春(は)来(に)けんみし人もたえにし宿に梅ぞかほれる

日比へて、院からうじて堀河殿におはしまして御覧ずれば、道見えぬまであれたり。哀に御覧じていらせ給へれば、女御は御木丁のうちに、御硯の箱を枕にして、ふさせ給へる御まへに、女房二三人さぶらひけれど、みな出はててえさらぬ人ばかりぞ残りて侍ける。見たてまつらせ給へば、しろき御ぞ六七ばかり奉りて、御腰の程に御ふすま曳かけておはします。御ぐしいとうるはしく目出度て、たけに二尺ばかりあまり給へり。只今廿ばかりにや。されどわかくさかりにきよげに見えさせ給。なをふりがたきかたちなりかしや。御覧じてやと、おどろかし奉らせ給へば、なに心なく見あげさせ給へるに、院におはしませば、浅ましくて御かほを引入させ給へる御かたはらにそひふさせ給て、よろづになきみわらひみ、なぐさめ奉らせ給へど、それにつけても御なみだのみながれ出くれば、よろづに申させ給へどかひもなし。

「一宮いづこにか」と申させ給へば、おはしましてうち恥しらひておはしませば、「此宮もはぢける物を」とて、御涙をしのごはせ給もいみじうあはれ也。女御おんそばの方に、たたうがみのやうなる物のみゆるをとりて御覧ずれば、思召ける事どもをかかせ給へり。

  過にける年月何を思ひけん今しも物のなげかしきかな

  打とけて誰もまたねぬ夢のよに人のつらさをみるぞ悲しき

  千とせへん程をしらねばこぬ人を松は猶こそさびしかりけれ

  恋しさもつらさも友にしらせつる人をばいかがうしと思はね

  とくとだに見えずも有かな冬の夜の片敷袖にむすぶ氷の

などかかせ給へるも、いみじくあはれ也。

このむすぶ氷とあるかたはらにかかせ給、ゐんの御せい

  あふことのとどこほりつる程ふればとくれどとくる気色だになし

万に命をしからぬよしをのみ、えもいはず聞えさせ給に、宮のたちさはぎ見をくらせ給に、又御涙こぼるれば、ついゐさせ給てなぐさめ奉らせ給て「此度のだにまいて」と、ひさしくおはしまさねば、女御「今はただ此歎を我身のなからん/おりぞたゆべきと悲し。いつにてかとおぼしみたる」はかなくて秋にも成ぬれば、風のをとをきかせ給ふにも

  松風は色やみどりに吹つらん物思ふ人の身にぞしみける

右大臣殿、いみじう思食入たるを「この世はさる物にて、後の世の有さまも心うく、我身ゆへいたづらになさせ給へる事」と、いみじういとおしく、心うくおぼさる。

さて、つゐに女御は病に成てうせ給ぬ。父おとどは残ゐて又歎しに、うせ給にけり。御堂の御女御、物のけに成てをだやかならずおはしけり。悪霊の左大臣とは此御事也。堀河大臣顕光と申たり。閑院大将朝光のあににおはす。

text/yotsugi/yotsugi001.1401098682.txt.gz · 最終更新: 2014/05/26 19:04 by Satoshi Nakagawa