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宇治拾遺物語

第176話(巻14・第2話)寛朝僧正、勇力の事

寛朝僧正勇力事

寛朝僧正、勇力の事

今はむかし、遍照寺僧正、寛朝と云人、仁和寺をもしりたりければ、「仁和寺の破たる所、修理せさす」とて、番匠ども、各いでてのちに、「けふの造作は、いか程したるぞとみん」と思て、僧正、中ゆひうちして、高足太はきて、杖つきて、ただ独歩きて、あがるくいどもゆひたるもとに立まはりて、なま夕暮にみられたる程に、くろき装束したる男の、烏帽子引たれて、かほたしかにもみえずして、僧正の前にいできて、ついゐて刀をさかさまにぬきて、ひきかくしたるやうにもてなしてゐたりければ、僧正、「かれはなに物ぞ」と問けり。男、片膝をつきて、「わび人に侍り。さむさのたへがたく侍に、そのたてまつりたる御ぞ、一二おろし申さんと思給なり」といひままに、飛かからんと思たるけしき也ければ、「事にもあらぬ事にこそあんなれ。かくにおそろしげにおどさずとも、ただこはで、けしからぬぬしの心ぎはかな」といふままに、ちうと立めぐりて、尻をふたとけたりければ、けらるるままに、男かきけちて、みえずなりにければ、やはら歩帰て、坊のもとちかく行て、「人やある」とたかやかによびければ、坊より小法師走きにけり。

僧正、「行て火ともしてこよ。ここに、我きぬはがんとしつる男の、俄に失ぬるがあやしければ、みんと思ふぞ。法師原よびぐしてこ」とのたまひければ、小法師走帰て、「御房、ひはぎにあはせ給たり。御房たち、まいり給へ」とよばはりければ、坊々にありとある僧ども、火ともし太刀さげて、七八十人といできにけり。

「いづくに盗人はさぶらふぞ」ととひければ、「ここにゐたりつる盗人の、我きぬをはがんとしつれば、はがれてはさむかりぬべくおぼえて、尻をほうとけたれば、失ぬる也。火をたかくともして、かくれたるかと見よ」との給ければ、法師原、「おかしくも仰らるるかな」とて、火をうちふりつつかみざまをみる程に、あがるくいの中におちつまりて、えはたらかぬ男あり。

「かしこにこそ人はみえ侍りけれ。番匠にやあらんと思へども、くろき装束したり」といひて、のぼりてみれば、あがるくいの中に落はさまりて、みじろぐべきやうもなくて、うんじがほつくりてあり。さかてにぬきたりける刀は、いまだ持たり。それをみつけて、法師原、よりて刀も本鳥、かいなとをとりて、引あげておろしていてまいりたり。

ぐして坊に帰て、「今よりのち、老法師とて、なあなづりそ。いとびんなき事なり」といひて、きたりけるきぬの中に、綿あつかりけるを、ぬぎてとらせて、おひ出してやりてけり。

text/yomeiuji/uji176.1413175056.txt.gz · 最終更新: 2014/10/13 13:37 by Satoshi Nakagawa