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宇治拾遺物語

第37話(巻3・第5話) 鳥羽僧正、国俊と戯の事

鳥羽僧正与国俊戯事

鳥羽僧正、国俊と戯の事

是も今は昔、法輪院大僧正覚猷といふ人おはしけり。その甥に、陸奥前司国俊、僧正のもとへ行て「まいりてこそ候へ」と、いはせければ、唯今見参すべし。そなたにしばしおはせ」とありければ、待居たるに、二時斗まで出あはねば、なま腹だたしうおぼえて、「出なん」と思て、共にぐしたる雑色をよびければ、出きたるに「沓もてこ」といひければ、もてきたるをはきて「出なん」といふを、この雑色がいふやう、「僧正の御房の『陸奥殿に申たれば、〈とうのれ〉と、あるぞ。その車いてこ』とて、『小御門より出ん』と仰事候つれば、やうぞ候らんとて、牛飼の者たてまつりて候へば、『またせ給へと申せ。時のほどぞ、あらんずる。やがて帰こんずるぞ』とて、はやうたてまつりて、出させ給候つるにて候。かうて一時には返候ぬらん」といへば、「わ雑色は不覚のやつかな。『御車をかくめしのさぶらふは』と我にいひてこそ、かし申さめ。ふがく也」といへば、「うちさしのきたる人にもおはしまさず。やがて、御尻切たてまつりて、きときとよく申たるぞ」と仰事候らへば、力及候はざりつる」といひければ、陸奥のぜんじ、帰のぼりて、「いかにせん」と思まはすに、僧正は、さだまりたる事のて、湯に藁をこまごもときりて、一はた入て、それがうへに莚をしきて、ありきまはりては、さうなく湯殿へ行て、はだかに成て「えさいかさいとりふすま」といひて、ゆぶねにさくとのけざまに臥事をぞ、し給ける。

陸奥前司、よりて莚を引あげてみれば、まことにわらをこまごまときり入たり。それを湯殿のたれ布をときおろして、此わらをみなとり入て、よくつつみて、その湯舟に湯桶をしたにとり入て、それが上に囲基1)盤をうち返してをきて、莚を引おほひて、さりげなくて、垂布につつみたる藁をば、大門の腋にかくし置て、待ゐたる程に、二時余ありて、僧正、小門より帰をとしければ、ちがひて大門へ出て、帰たる車よびよせて、車の尻にこのつみたる藁を入て、家へはやらかにやりて、おりて「此わらを、牛のあちこちあるきこうじたるにくはせよ」とて、牛飼童にとらせつ。

僧正は例の事なれば、衣ぬぐ程もなく、例の湯殿に入て「えさいかさいとりふすま」といひて、湯舟へおどり入て、のけざまにゆくりもなくふしたるに、基2)盤のあしの、いかりさしあがりたるに、尻骨をあらうつきて、年たかうなりたる人の、死入て、さしそりて、臥たりけるが、其後をとなかりければ、ちかうつかふ僧、よりて見れば、目をかみに見つけて死入てねたり。

「こはいかに」といへど、いらへもせず。よりて、かほに水ふきなどして、とばかりありてぞ、息のしたにおろおろいはれける。

このたはぶれ、いとはしたなかりけるにや。

1) , 2)
碁の誤り
text/yomeiuji/uji037.1411836447.txt.gz · 最終更新: 2014/09/28 01:47 by Satoshi Nakagawa