許由一瓢

許由、穎川の人なり。世を憂きことに思ひとりて、箕山にこもり居て、年を送りけり。

尭王、許由が賢を知りて、「世を譲らむ」と聞こえけり。許由、「憂きこと聞きつ」と言ひて、左の耳を穎川の流に洗ひけり。

時に巣父、牛を引きて、穎川の流れを渡りて、水を飼はむとするが、許由が耳を洗ふを見て、「水汚(けが)れぬ」と言ひて、牛を引きて、帰りにけり。

許由、箕中の松下の泉の水を手に汲みて飲みけり。人、これをあはれみて、鳴り瓢(ひさご)を贈りけり。許由、水を汲みて、飲み終りて、梢(こずゑ)にかけてけり。瓢、風の吹くたびに、歴々として鳴りけり。許由、鳴る声をわづらはしく思ひて、打ち割りて捨ててけり。

　　清水汲むあとたゆとてもまつかげや風にみだるる音はよしなし

許由一瓢　　　許由穎川の人なりよをうきことに思／とりて箕山にこもりゐて年ををくりけり
尭王許由か賢をしりてよをゆつらむときこへけり許由うき
事ききつと云て左の耳を穎川の流にあらひけり時に巣父
牛をひきて穎川の流をわたりて水をかはむとするか許由か耳を
あらふをみて水けかれぬと云て牛をひきてかへりにけり許由／d2-4r

箕中の松下のいつみの水を手にくみてのみけり人これをあはれみて
なりひさこををくりけり許由水をくみてのみをはりてこすゑにかけ
てけりひさこ風のふくたひに歴々としてなりけり許由なるこえを
わつらはしく思てうちわりてすててけり
    しみつくむあとたゆとてもまつかけや
    風にみたるるをとはよしなし／d2-4l