差分

このページの2つのバージョン間の差分を表示します。

--- text:jikkinsho:s_jikkinsho06-11 [2016/01/05 15:12] – 作成 Satoshi Nakagawa
+++ text:jikkinsho:s_jikkinsho06-11 [2020/04/17 19:03] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
@@ 行 4: / 行 4: @@
 ===== 校訂本文 =====
-中納言顕基卿((源顕基))は後一条院ときめかし給ひて、若くより、官・位に付きて、うらみなかりけり。御門におくれ奉りにければ、「忠臣は二君に仕へず」とて、天台楞厳院にのぼりて頭(かしら)おろしてけり、御門、隠れ給へりける夜、火を灯さざりければ、「いかに」と尋ぬるに、「主殿司(とのもつかさ)、新王の御事をつとむ」とて、参らざるよし申しけるに、出家の心は強くなりにけり。
+中納言顕基卿((源顕基))は後一条院ときめかし給ひて、若くより、官・位に付きて、うらみなかりけり。御門におくれ奉りにければ、「忠臣は二君に仕へず」とて、天台楞厳院にのぼりて頭(かしら)おろしてけり。
+御門、隠れ給へりける夜、火を灯さざりければ、「いかに」と尋ぬるに、主殿司(とのもづかさ)、新王の御事をつとむとて、参らざるよし申しけるに、出家の心は強くなりにけり。
 この人、若く((「若く」は底本「わかり」。諸本により訂正。))より道心ありて、常のことぐさには、
@@ 行 28: / 行 30: @@
 この人、遁世ののち、大原に住みけるころ、宇治殿((藤原頼通))、かの庵室にむかひ訪(とぶら)はせ給ひて、終夜(よもすがら)御物語ありけり。宇治殿は「後世には必ず((「必ず」は底本「国」。諸本により訂正。))導かせ給へ」と示し給ひて、暁、帰り給ひなんとし給ひける時、「俊実((源俊実。但し、顕基の子ではない。))は不覚の者に候ふ」と申されけり。
-その時は何とも思はせ給はで、帰りてのち、案じ給ふに、「させるつひでもなきに、子息のこと、よも悪しざまには言はじ。見放つまじきよしを存じけるなりけり」と思ひ取りて、世を遁るといへども、恩愛、なほ捨てがたきことなれば、思の余りて言ひ出でられたりけり。あはれに思して、ことにふれて芳心いたされけり。
+その時は何とも思はせ給はで、帰りてのち、案じ給ふに、「させるついでもなきに、子息のこと、よも悪しざまには言はじ。見放つまじきよしを存じけるなりけり」と思ひ取りて、世を遁るといへども、恩愛、なほ捨てがたきことなれば、思の余りて言ひ出でられたりけり。あはれに思して、ことにふれて芳心いたされけり。
 美濃大納言((源俊実))とはこの人のことなり。
@@ 行 34: / 行 36: @@
 ===== 翻刻 =====
-  十四中納言顕基卿は後一条院ときめかし給て、わかく
+  十四中納言顕基卿ハ後一条院トキメカシ給テ、ワカク
-      より、官位に付て恨なかりけり、御門にをくれ奉に
+      ヨリ、官位ニ付テ恨ナカリケリ、御門ニヲクレ奉ニ
-      けれは、忠臣は二君につかへすとて、天台楞厳院に上
+      ケレハ、忠臣ハ二君ニツカヘストテ、天台楞厳院ニ上
-      てかしらをろしてけり、御門隠給へりける夜、火を
+      テカシラヲロシテケリ、御門隠給ヘリケル夜、火ヲ
-      ともささりけれは、何にと尋るにとのもつかさ新王
+      トモササリケレハ、何ニト尋ルニトノモツカサ新王
-      の御事をつとむとて、不参よし申けるに、出家の心
+      ノ御事ヲツトムトテ、不参ヨシ申ケルニ、出家ノ心
-      はつよくなりにけり、此人わかりより道心ありて
+      ハツヨクナリニケリ、此人ワカリヨリ道心アリテ
-      常のことくさには、
+      常ノコトクサニハ、
         古墓何世人　不知姓与名
         化為路傍土　年々春草生
-      とそ口つけ給ける、後には上東門院よりよはせ給け／k46
+      トソ口ツケ給ケル、後ニハ上東門院ヨリヨハセ給ケ／k46
-      るには、かく申ける、
+      ルニハ、カク申ケル、
-        よをすてて家をいてにしみなれとも、猶こひしきはむ
+        ヨヲステテ家ヲイテニシミナレトモ、猶コヒシキハム
-        かしなりけり、
+        カシナリケリ、
-      後には上醍醐に住て、往生を遂にけり、同院御位
+      後ニハ上醍醐ニ住テ、往生ヲ遂ニケリ、同院御位
-      の時、此人いまた殿上人なりけるに、上東門院国母にて
+      ノ時、此人イマタ殿上人ナリケルニ、上東門院国母ニテ
-      入内有て御覧して故院隠させ給て幾程の年
+      入内有テ御覧シテ故院隠サセ給テ幾程ノ年
-      もへたてぬに、ももしきの内こそ、無下におとろへかは
+      モヘタテヌニ、モモシキノ内コソ、無下ニオトロヘカハ
-      りにけれと仰られけるに、帝の御心の中はつかしく
+      リニケレト仰ラレケルニ、帝ノ御心ノ中ハツカシク
-      思食たるに、顕基殿上人の方にて朗詠の一二句くち
+      思食タルニ、顕基殿上人ノ方ニテ朗詠ノ一二句クチ
-      すさみたりけるを、院聞食て、これこそ昔にかはらぬ
+      スサミタリケルヲ、院聞食テ、コレコソ昔ニカハラヌ
-      なさけの残りたりけれと仰られけるにそ、帝も御／k47
+      ナサケノ残リタリケレト仰ラレケルニソ、帝モ御／k47
-      力つく御心地して、うれしく思はせ給ける、此人遁世の後
+      力ツク御心地シテ、ウレシク思ハセ給ケル、此人遁世ノ後
-      大原に住けるころ、宇治殿彼庵室にむかひ訪はせ給て、
+      大原ニ住ケルコロ、宇治殿彼庵室ニムカヒ訪ハセ給テ、
-      終夜御物語ありけり、宇治殿は後世には国導せ
+      終夜御物語アリケリ、宇治殿ハ後世ニハ国導セ
-      給へと示給て、暁帰給なんとし給ける時、俊実は不
+      給ヘト示給テ、暁帰給ナントシ給ケル時、俊実ハ不
-      覚の者に候と申されけり、其時はなにとも思はせ給は
+      覚ノ者ニ候ト申サレケリ、其時ハナニトモ思ハセ給ハ
-      てかへりて後案給に、させる次もなきに、子息の事
+      テカヘリテ後案給ニ、サセル次モナキニ、子息ノ事
-      よもあしさまにはいはしみはなつましき由を存ける
+      ヨモアシサマニハイハシミハナツマシキ由ヲ存ケル
-      なりけりと思取て、世を遁といへとも、恩愛なを
+      ナリケリト思取テ、世ヲ遁トイヘトモ、恩愛ナヲ
-      すてかたき事なれは、思の余て云出られたりけり、哀
+      ステカタキ事ナレハ、思ノ余テ云出ラレタリケリ、哀
-      におほして、事にふれて芳心いたされけり、美乃大
+      ニオホシテ、事ニフレテ芳心イタサレケリ、美乃大
-      納言とは此の人の事也／k48
+      納言トハ此ノ人ノ事也／k48