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text:yomeiuji:uji133 [2014/04/17 02:02] – 作成 Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji133 [2019/08/04 11:55] (現在) Satoshi Nakagawa
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-====== 第133話(巻11・第9話) ======+宇治拾遺物語 
 + 
 +====== 第133話(巻11・第9話)空入水したる僧の事 ======
  
 **空入水シタル僧事** **空入水シタル僧事**
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 **空入水したる僧の事** **空入水したる僧の事**
  
-これも今は昔、桂川に身げんずる聖とて、まづ祇陀林寺にして、百日懺法おこなひければ、ちかき遠きものども、道もさりあへずおがきちがふ女房車などひまなし。 +===== 校訂本文 ===== 
- れば、卅余斗なる僧の、ほそやかなる目をも人にみあはせず、ねぶりにて、時々阿弥陀仏を申。そのはざまは脣ばかりはたらくは、念仏なんめりとゆ。また、時々そそといきはなつやうにして、つどひたるものどものかほみわたせば、その目に見はせんとつどひたるものども、こちし、あちし、ひしめきひたり。 + 
- さて、すでにその日のつとめては、堂へ入て、さきにさし入たる僧ども、おほあゆつづきたり。しりに雑役車に、この僧は、紙の衣袈裟などりたり。なにふにか、脣はたらく。人に目も見はせずして、時々大いきをぞはなつ。行道に立みたる見物のものども、うちきを霰のるやうになか道す。聖「いかにかく目鼻にる。へがたし。心ざしあらば、紙袋などに入て、我ゐたりつる所へをくれ」と時々ふ。これを無下の者は、手をすりておがむ。すこの心ある者は「など、かうは聖はふぞ。今水に入なんずるに、『きんだりへやれ。目鼻に入、へがたしなどふこそ、あやしけれ」など、ささめくもあり。 +これも今は昔、桂川に身げんずる聖とて、まづ祇陀林寺(ぎだりんじ)にして、百日懺法なひければ、き遠きども、道もさりあへず、拝に行きちがふ女房車などひまなし。 
- さて、やりもてゆきて、七条の末にやりだしければ、京よりはまさりて「入水の聖おがまん」とて、河原の石よりもおほつどひたり。ばたへ車やりせててれば、聖「ただいまなん時ぞ」と、いふ。ともなる僧ども「申のくだりになり候にたり」と、いふ。「往生の刻限には、まだしかんなるは。今すこしらせ」と、いふ。待かねて、遠くよりたるものは、帰などして、河原人すくなにぬ。「これをみはてん」と思たる者は、なをたてり。それが中に僧のあるが「往生には限やはさだむべき。心かな」と、いふ。 + 
- とかくふほどに、聖、たにて、西に向ひて川にざぶりと入に、舟ばたなる縄に足をかけて、づぶりともらでひしめくに、弟子の聖はづしたれば、さかさまに入て、ごぶごぶとするを、男の、川へりくだりて「よくん」とて、たてるが、此聖の手をとりて引あたれば、左右の手してかほはらひてみたる水をはきすててこの引上たる男にむかひて手をすりて広大の御恩蒙さらひぬこの御恩は極楽にて申さらはむいひて陸へ走のるをそこらあつまりたる者童部河原の石を取てまきかくるやうにかなる法師の河原くりに走をひたる者うけとりうけとり打ければ、頭うちわられにけり。 +れば、三十ばかりなる僧の、細(ほそ)やかなる目をも人に見合はせず、ねぶりにて、時々阿弥陀仏を申。その間(はざま)は脣ばかりはたらくは、念仏なんめりとゆ。また、時々そそとつやうにして、ひたるどもの見渡せば、その目に見はせん、集ひたるども、こちし、あちし、ひしめきひたり。 
- 此法師にやありけん大和より瓜を人のもとへやりける文のうはきにさきの入水の上人とかきたりけるとか+ 
 +さて、すでにその日のつとめては、堂へ入て、にさし入たる僧ども、きたり。に雑役車(ざふやくぐるま)に、この僧は、紙の衣袈裟などりたり。ふにか、脣はたらく。人に目も見はせずして、時々大をぞつ。行道に立ち並みたる見物のども、うちきを霰(あられ)るやうになか道す。 
 + 
 +「いかにかく目鼻にる。へがたし。心ざしあらば、紙袋などに入て、わが居たりつる所へれ」と時々ふ。これを無下の者は、手をすりてむ。ものの心ある者は「など、かうはこの聖はふぞ。今水に入なんずるに、『きんだりへやれ。目鼻に入へがたしなどふこそしけれ」など、ささめくもあり。 
 + 
 +さて、やりもてゆきて、七条の末にやりだしければ、京よりはまさりて「入水の聖まん」とて、河原の石よりもく人ひたり。ばたへ車やりせててれば、聖「ただ時ぞ」とふ。なる僧ども「申(さる)のくだりになり候にたり」とふ。「往生の刻限には、まだしかんなるは。今すこしらせ」とふ。待かねて、遠くよりたるは、帰などして、河原なになりぬ。「これを見果てん」と思たる者は、なほ立てり。それが中に僧のあるが「往生には限やはむべき。心ことかな」とふ。 
 + 
 +とかくふほどに、この聖、褌(ぎ)にて、西に向ひて川にざぶりと入るほどに、舟ばたなる縄に足をかけて、づぶりともらでひしめくほどに、弟子の聖したれば、さかさまに入て、ごぶごぶとするを、男の、川へりくだりて「よくん」とて立てるがこの聖の手を取りて引き上げれば、左右の手し顔払ひて、くぐみた水を吐き捨てて、この引き上げたる男に向ひて手をすりて、「広大の御恩かうぶり候ひぬ。この御恩は極楽にて申し候はむ」と言ひて、陸(く)へ走り上(のぼ)るをそこら集まりたる者ども、童部、河原の石を取りて、蒔きかくるやうに打つ。裸なる法師の、河原くだりに走るを、集ひたる者ども、受け取り受け取り打ちければ、頭打ち割られにけり。 
 + 
 +この法師にやありけん、大和より瓜を人のもとへやりける文の上書きに、「前(さき)の入水の上人」と書きたりけるとか。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  これも今は昔桂川に身なけんする聖とてまつ祇陀林寺にして 
 +  百日懺法おこなひけれはちかき遠きものとも道もさりあへす/下46ウy346 
 + 
 +  おかみにゆきちかふ女房車なとひまなしみれは卅余斗なる 
 +  僧のほそやかなる目をも人にみあはせすねふりめにて時々 
 +  阿弥陀仏を申そのはさまは脣はかりはたらくは念仏なんめり 
 +  とみゆまた時々そそといきをはなつやうにしてつとひたる者とも 
 +  のかほをみわたせはその目に見あはせんとつとひたるものともこ 
 +  ちをしあちをしひしめきあひたりさてすてにその日のつとめ 
 +  ては堂へ入てさきにさし入たる僧ともおほくあゆみつつきたり 
 +  しりに雑役車にこの僧は紙の衣袈裟なときてのりたり 
 +  なにといふにか脣はたらく人に目も見あはせすして時々大いきを 
 +  そはなつ行道に立なみたる見物のものともうちまきを霰の 
 +  ふるやうになか道す聖いかにかく目鼻にいるたへかたし心さしあらは 
 +  紙袋なとに入て我ゐたりつる所へをくれと時々いふこれを無下の 
 +  者は手をすりておかむすこし物の心ある者はなとかうは此聖は/下47オy347 
 + 
 +  いふそ今水に入なんするにきんたりへやれ目鼻に入たへ 
 +  かたしなといふこそあやしけれなとささめく物もありさてやりも 
 +  てゆきて七条の末にやりいたしけれは京よりはまさりて入水の 
 +  聖おかまんとて河原の石よりもおほく人つとひたり河はたへ 
 +  車やりよせてたてれは聖たたいまはなん時そといふともなる僧 
 +  とも申のくたりになり候にたりといふ往生の刻限にはまたし 
 +  かんなるは今すこしくらせといふ待かねて遠くよりきたるものは 
 +  帰なとして河原人すくなに成ぬこれをみはてんと思たる者は 
 +  なをたてりそれか中に僧のあるか往生には剋限やはさたむへ 
 +  き心えぬ事かなといふとかくいふほとに此聖たうさきにて西に向ひ 
 +  て川にさふりと入程に舟はたなる縄に足をかけてつふりとも 
 +  いらてひしめく程に弟子の聖はつしたれはさかさまに入てこふこふ 
 +  とするを男の川へおりくたりてよくみんとてたてるか此聖の手を/下47ウy348 
 + 
 +  とりて引あたれ左右の手してかほはらひてくみたる 
 +  水をはきすててこの引上たる男にむかひて手をすりて 
 +  広大の御恩蒙さらひぬこの御恩は極楽にて申さらはむ 
 +  といひて陸へ走のるをそこらあつまりたる者も童部 
 +  河原の石を取てまきかくるやうに打はかなる法師の河原 
 +  りに走をつひたる者もうけとりうけとり打けれ頭うちわられに 
 +  けり此法師にやありけん大和より瓜を人のもとへやりける文の 
 +  うはきにさきの入水の上人とかきたりけるとか/下48オy349 
text/yomeiuji/uji133.txt · 最終更新: 2019/08/04 11:55 by Satoshi Nakagawa