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text:yomeiuji:uji119 [2014/04/15 03:10] – 作成 Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji119 [2016/11/03 02:28] – [第119話(巻10・第6話)吾嬬人、生贄を止むる事] Satoshi Nakagawa
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-====== 第119話(巻10・第6話) ======+宇治拾遺物語 
 +====== 第119話(巻10・第6話)吾嬬人、生贄を止むる事 ======
  
 **吾嬬人止生贄事** **吾嬬人止生贄事**
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 さて、女是をきくに「我にかはりてこの男のかくしていぬるこそ、いとあはれなれとおもふに、又、無為にこといでこば、わがおやたちいかにおはせん」と、かたがたになげきゐたり。されども、父母のいふやうは、「身のためにこそ神も仏もおそろしけれ。しぬる君の事なれば、今はおそろしき事もなし。おなじことを。かくてをなくなりなん。今はほろびんもくるしからず」といひゐたり。 さて、女是をきくに「我にかはりてこの男のかくしていぬるこそ、いとあはれなれとおもふに、又、無為にこといでこば、わがおやたちいかにおはせん」と、かたがたになげきゐたり。されども、父母のいふやうは、「身のためにこそ神も仏もおそろしけれ。しぬる君の事なれば、今はおそろしき事もなし。おなじことを。かくてをなくなりなん。今はほろびんもくるしからず」といひゐたり。
  
-かくていけにゑを御社にもてまいり神主のといみじく申て、神の御まへの戸をあけて、この長櫃をさし入て戸をもとのやうにさして、それより外のかたに、宮つかさをはじめて、次々の司ども、次第にみなならびゐたり。 +かくていけにゑを御社にもてまいり神主のといみじく申て、神の御まへの戸をあけて、この長櫃をさし入て戸をもとのやうにさして、それより外のかたに、宮つかさをはじめて、次々の司ども、次第にみなならびゐたり。 
- さる程に、この櫃を刀のさきしてみそかに穴をあけて、あづま人みければ、まことにえもいはず大きなる猿の、たけ七八尺ばかりなる、かほとしりとはあかくして、むしり綿をきたるやうにいらなくしろきが、毛はおひあがりたるさまにて、よこ座により居たり。つぎつぎの猿ども、左右に二百斗なみゐて、さまざまにかほをあかくなし、眉をあげ、こゑごゑになきさけびののしる。いと大なるまないたに、ながやかなる包丁刀をぐして置たり。めぐりには、す、酒、しほ入たる瓶どもなめりとみゆる、あまた置たり。 + 
- さて、しばしばかりあるほどに、この横座に居たるをけ猿、よりきて長櫃のゆひををときて、ふたをあけんとすれば、次々のさるども、みなよらんとする程に、此男「犬どもくらへ。をのれ」といへば、二の犬おどりいでて、なかに大なる猿をくひてうちふせて、ひきはりて食ころさんとする程に、此男、髪をみだりて櫃よりおどりいでて、氷のやうなる刀をぬきて、そのさるをまな板の上にひきふせて、くびにかたなをあてていふやう「わおのれが人の命をたち、そのししむらを食などする物は、かくぞある。をのれらうけ給はれ。たしかにしやくび切て犬にかひてん」といへば、かほをあかくなして、目をしばたたきて、歯をましろにくひ出して、目より血の泪をながして、まことにあさましきかほつきして、手をすり、かなしめども、さらにゆるさずして「をのれがそこばくのおほくの年比、人の子どもをくひ、人のたねをたつかはりに、しや頭きりてすてん事、ただ今にこそあめれ。をのれが身、さらば、我をころせ。更にくるしからず」といひながら、さすがにくびをばとみにきりやらず。 +さる程に、この櫃を刀のさきしてみそかに穴をあけて、あづま人みければ、まことにえもいはず大きなる猿の、たけ七八尺ばかりなる、かほとしりとはあかくして、むしり綿をきたるやうにいらなくしろきが、毛はおひあがりたるさまにて、よこ座により居たり。 
- さる程に、この二の犬どもにおはれて、おほくの猿ども、みな木のうへに逃のぼり、まどひさはぎさけびののしるに、山もひびきて地もかへりぬべし。かかる程に、一人の神主に神つきていふやう「かふより後、さらにさらにこの生贄をせじ。ながくとどめてん。人をころす事、こりともこりぬ。命をたつこと、今よりながくし侍らじ。又、我をかくしつとて、この男、とかくし、又、けふの生贄にあたりつる人のゆかりを、れうじわづらはすべからず。あやまりて、その人の子孫のすゑずゑにいたるまで、我まもりとならん。ただ、とくとく此たびのわが命をこひうけよ。いとかなし。我をたすけよ」とのたまへば、宮司、神主より初て、おほくの人ども、おどろきをなして、みな社の内に入たちてさはぎあはてて、手をすりて「ことはりおのづからさぞ侍る。ただ御神にゆるし給へ。御神もよくぞ仰らるる」といへるも、このあづま人「さなすかされそ。人の命をたち、ころす物なれば、きやつにもののわびしさしらせんとおもふなり。我身こそあなれ、ただころされん、くるしからず」といひて、更にゆるさず。かかる程に、此猿のくびはきりはなされぬと見ゆれば、宮つかさも手まどひして、まことにすべきかたなければ、いみじきちかごとどもをたてて、祈申て「今より後はかかる事、更に更にすべからず」など神もいへば「さらばよしよし。今より後はかかる事なせそ」といひふくめてゆるしつ。さて、それよりのちは、すべていけにゑにせずなりにけり。 + 
- さて、その男、家に帰ていみじう男女あひ思て、年比の妻夫に成てすぐしけり。男はもとよりゆへありける人のすゑなりければ、くちおしからぬさまにて侍りけり。そののちは、かの国に猪、鹿をなん生贄にし侍りけるとぞ。+つぎつぎの猿ども、左右に二百斗なみゐて、さまざまにかほをあかくなし、眉をあげ、こゑごゑになきさけびののしる。いと大なるまないたに、ながやかなる包丁刀をぐして置たり。めぐりには、す、酒、しほ入たる瓶どもなめりとみゆる、あまた置たり。 
 + 
 +さて、しばしばかりあるほどに、この横座に居たるをけ猿、よりきて長櫃のゆひををときて、ふたをあけんとすれば、次々のさるども、みなよらんとする程に、此男「犬どもくらへ。をのれ」といへば、二の犬おどりいでて、なかに大なる猿をくひてうちふせて、ひきはりて食ころさんとする程に、此男、髪をみだりて櫃よりおどりいでて、氷のやうなる刀をぬきて、そのさるをまな板の上にひきふせて、くびにかたなをあてていふやう「わおのれが人の命をたち、そのししむらを食などする物は、かくぞある。をのれらうけ給はれ。たしかにしやくび切て犬にかひてん」といへば、かほをあかくなして、目をしばたたきて、歯をましろにくひ出して、目より血の泪をながして、まことにあさましきかほつきして、手をすり、かなしめども、さらにゆるさずして「をのれがそこばくのおほくの年比、人の子どもをくひ、人のたねをたつかはりに、しや頭きりてすてん事、ただ今にこそあめれ。をのれが身、さらば、我をころせ。更にくるしからず」といひながら、さすがにくびをばとみにきりやらず。 
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 +さる程に、この二の犬どもにおはれて、おほくの猿ども、みな木のうへに逃のぼり、まどひさはぎさけびののしるに、山もひびきて地もかへりぬべし。 
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 +かかる程に、一人の神主に神つきていふやう「かふより後、さらにさらにこの生贄をせじ。ながくとどめてん。人をころす事、こりともこりぬ。命をたつこと、今よりながくし侍らじ。又、我をかくしつとて、この男、とかくし、又、けふの生贄にあたりつる人のゆかりを、れうじわづらはすべからず。あやまりて、その人の子孫のすゑずゑにいたるまで、我まもりとならん。ただ、とくとく此たびのわが命をこひうけよ。いとかなし。我をたすけよ」とのたまへば、宮司、神主より初て、おほくの人ども、おどろきをなして、みな社の内に入たちてさはぎあはてて、手をすりて「ことはりおのづからさぞ侍る。ただ御神にゆるし給へ。御神もよくぞ仰らるる」といへるも、このあづま人「さなすかされそ。人の命をたち、ころす物なれば、きやつにもののわびしさしらせんとおもふなり。我身こそあなれ、ただころされん、くるしからず」といひて、更にゆるさず。 
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 +かかる程に、此猿のくびはきりはなされぬと見ゆれば、宮つかさも手まどひして、まことにすべきかたなければ、いみじきちかごとどもをたてて、祈申て「今より後はかかる事、更に更にすべからず」など神もいへば「さらばよしよし。今より後はかかる事なせそ」といひふくめてゆるしつ。さて、それよりのちは、すべて人をいけにゑにせずなりにけり。 
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 +さて、その男、家に帰ていみじう男女あひ思て、年比の妻夫に成てすぐしけり。男はもとよりゆへありける人のすゑなりければ、くちおしからぬさまにて侍りけり。 
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 +そのは、かの国に猪、鹿をなん生贄にし侍りけるとぞ。
text/yomeiuji/uji119.txt · 最終更新: 2019/03/15 02:56 by Satoshi Nakagawa