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text:yomeiuji:uji057 [2015/02/12 15:30] – [第57話(巻4・第5話)石橋の下の蛇の事] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji057 [2018/02/25 14:56] – [第57話(巻4・第5話)石橋の下の蛇の事] Satoshi Nakagawa
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 **石橋の下の蛇の事** **石橋の下の蛇の事**
  
-此ちかくのなるべし。女ありけり。雲林院の菩提講に、大宮をのぼりにまいりけるに、西院のへんちか成て、石橋あけり。水のほとりを廿あまり、卅ばかりの女房、中ゆひあゆみゆくが、石はしをふみかえして過ぬるあとに、ふみかへされたるのしたにまだらなるこくちなはの、きりきりとしてゐたれば、「石のしたにくちなはのありける」とみるほどに、此ふみ返したる女のしりに立て、ゆらゆらとこのくちなはのゆけば、しりなる女のみるにあやしくて、「いかに思て行にかあらん。ふみいだされたるを『あし』と思て、『それが報答せん』と思ふにや。これがせんやうみむ」とてしりにたちて行に、此女、時々は見かへりなどすれども、我ともにくちなはのあるともしらぬげなり。又おなじやうに行人あれども、くちなはの女にぐして行くを、みつけいふ人もなし。ただ、最初みつけつる女の目にのみみえければ、「これがしなさんやうみん」と思て、この女の尻をはなれずあゆみ行程に、うりん院に、まいつきぬ+この近くのことなるべし。女ありけり。雲林院(うりんゐん)の菩提講に、大宮をりにりけるほどに、西院のへんりて、石橋ありけり。
  
-いた敷にわだかまり此女居ぬれ、此蛇ものぼりて、はらわだかまりてふしたれこれを見つけさはぐ人なし。希有わざかな」と、目をはなたずみるに、かうはぬれば、女たちいづるにしたがひて、くちなはもつづきて此女「これがしなさんやうみん」とて尻にちて京ざまにいでぬ。下ざまにとまりて家あり。その家いればくちなもぐして入りぬ。+ほとりを二十あまり、三十の女房、中結ひ歩み行くが石橋を踏み返して過ぎぬるあとに、踏み返される橋の下だらなる小蛇(こくちなは)の、ききりとて居たれ、「したにくちはのありける」とみるほどに、この踏み返したる女の尻に立ち、ゆらゆらとこの蛇の行けば、尻なるの見るにくて、「いかに思ひて、にかあらん。踏みだされたるを『悪し』と思ひて、『それが報答せん』と思ふにや。これがんやう見む」とて尻にちて行に、この女、時々見返などすれども、わがともに蛇のあるとも知らげなり
  
-「これぞこれが家なりける」とおもふ、「ひるは、するかたなきなめり。よるこそ、とかする事もらんずらめ、こがよるのありさまを見ばや」とおふにみるべきやうもなければ、そあゆみよりて、「ゐ中よりのぼるの、ゆきとまるべき所候はぬを、こよひ斗やどさせ給んや」といへばこのくちなはのきたる女を、家あるじとおもふ、「ここにやどり給人あり」といへば、老たる女いできて「たかの給ぞ」といへば、「これぞ家あるじりける」と思て、「こよひ斗どかり申なり」といふ。「よく侍な。入ておはせ」と、いふ。「うれし」と、思て入りてみれば板敷あるにのぼりて、此女のゐたり。ちなはは、板敷のしもに、柱のもとわだかまりてあり。めをつけてみれば此女をまもあげて、此くちなははゐたり。蛇つたる女、「殿にあるやうは」など物がたりしゐたり。「宮仕する物也」とみる+また同じやうあれも、具し行くを見付け言ふ人もなし。ただ最初見付けつる女の目のみ見えければ、「これがしさんう見ん」と思て、の女の尻を離れず歩み行ほどに、雲林院に、
  
-かかるほどに、ただくれに暮て、くらく成ぬれば、くちなはさまを、みるべきやうもなくて、此家主とおぼゆる女いふやう、「くやどさせ給へるかはりに、緒やある。うみてたてつらん。火ともし給へ」といへば、「うれしくの給た」とて、火ともつ。お取出して、あづけたれれをうみつつみれば、「此女、ふぬめり。いまや、よらんずらん。」とみれども、ちかくはよらず。「事やがてもつげばや」と思へども、「つげたらば、我ためにもあしくやあらん」と思て、物もいえで、「しさんやうみん」と夜中の過るまで、まもりゐれ共、つゐにみゆかたもなき程に、火消ぬれば、女もぬ。+寺の板敷上りてこの女ぬれば、蛇も上りて、傍らわだかまりしたれれを見付け騒ぐ人なし。「希有わざかな」と、目を放ず見ほどに、講果てぬれば、女、立ち出づるに従ひて、蛇続きて出でぬ。
  
-明て後、「いかがあらん」と思て、まどひおきてみれば、此女、よき程にねおきて、ともかくもなげにて、家あるじとおぼゆる女にいふやう「こよひ夢をこそみつ」といへば、「いかに見給へばぞ」ととへば、「『このねたる枕上に、人のゐる』と思てみれば、こしよりかみは人にて、しもはくちなはなる女の、きよげなるゐていふやう『をのれは、人をうらめと思ひし程に、かくくちはの身をうけて、石橋の下におほくのとしをすぐして、わびしとおもひゐたる程に、昨日、をのれがをもしの石をふみ返し給しにたすけられて、石のその苦をまぬがれて、うれしと思ひ給しかば、『この人のおはしつら所を、みをきたてまつりて、よろこびも申さむ』と思て、御供にまいりしほどに、菩提講の庭にまいり給ければ、その御供にまいりたるによりて、あひがたき法をけ給たるによりて、おほく罪をさへほろぼして、その力にて人にむまれ侍べき功徳のちかくなり侍れば、いよいよ悦をいただきてかくてまいりたる也。このむくひには、物よくあらせたてまつりて、よきおとこなど、あはせたてまつるべきなり』といふとなみつる」とかたるに、あさましくなりて、此やどりたる女のいふやう、「まことは、をのれはゐ中よりのぼりたるにも侍らず。そこそこに侍るもの也。それが、昨日菩提講に参り侍し道に、その程に行あひ給たりしが、しりに立て、あゆみいりし、大宮のその程に川の石橋をふみ返されたりしより、だらなりしこくちなはのいでて、御供に参しを、かくとつげ申さむと思しかども、つげたてりては我ためも悪事にてもやらむずらんと、おそろしくて、え申さざし也誠に講の庭にもそのくちなは侍しかども、人もえみつけざりし也。はてて出給しおり、又ぐしたてまつりたりしかば、成はてんやうゆかしくて思もかけず、こよひここて夜を明し侍りつる也。この夜中過るまでは、此蛇、柱のもとに侍つるが、明てみ侍つれば、くちなはみえ侍らざり也。それにあはせ、かかる夢がたりをし給へば、あさましく、おそろしくて、かくあらはし申なり。今よりは、これをついでにて、なに事も申さん」などいひかたらひて、後はつねに行かよひつつ、しる人になん成にけり。+この女、「これがしなん」とて、に立て、京ざまに出でぬ。に行まりてあり。そのれば、して
  
-さてこの女、よに物よくて、このはなにとはしらず、大殿の下家司のいみじく徳あるが妻にて、よろづてぞける。尋ばかくれあらじかしとぞ。+「これぞ、これが家なりける」と思ふに、「昼は、するかたなきなめり。夜こそ、とかくすることもあらんずらめ。これが夜のありまを見ばや」と思ふに、見るべきやうもなければ、その家に歩み寄り、「田舎より上る人の、行き泊るべき所も候はぬを、こよひばかり宿させ給ひなんや」と言へば、この蛇の憑きたる家主(いへあるじ)と思ふに、「ここに宿り給ふ人あり」と言へば、老ひたる女、出で来て、「誰(たれ)か、のたまふぞ」と言へば、「これぞ家主なりける」と思ひて、「今宵ばかり、宿借り申すなり」と言ふ。「く侍りなん。入りておはせ」と言ふ。「嬉し」と思ひて、入りて見れば、板敷のある上りて、この女の居たり。蛇は板敷の下(しも)に、柱のもとにわだかまりてあり。目をつけて見れば、この女をまもり上げて、この蛇は居たり。蛇憑きたる女、「殿にあるやうは」など、語しゐたり。「宮仕へする者なり」と見る。 
 + 
 +かかるほどに、日ただ暮れに暮て、暗くなりぬれば、蛇のありさまを見るべきやうもなくて、この家主と思ゆる女に言ふやう、「かく宿させ給へるかはりに、緒やある。績(う)みて奉らん。火ともし給へ」と言へば、「うれしくのたまひたり」とて、火ともしつ。緒取り出だして、預けたれば、それを績みつつ見れば、この女、臥しぬめり。「いまや、寄らんずらん」と見れども、近くは寄らず。「このこと、やがても告げばや」と思へども、「告げたらば、わがためにも悪しくやあらん」と思ひて、物も言はで、「しなさんやう見ん」とて、夜中の過ぐるまで、まもり居たれども、つひに見ゆるかたもなきほどに、火消えぬれば、この女も寝ぬ。 
 + 
 +明けて後、「いかがあらん」と思ひて、まどひ起きて見れば、この女、きほどに寝起きて、ともかもなげにて、家主と思ゆる女に言ふやう、「今宵、夢をこそ見つれ」と言へば、「いかに見給へばぞ」と問へば、「『この寝たる枕上に、人の居る』と思ひて、見れば、こしより上(かみ)人にて、下は蛇る女の清げなるが居て、言ふやう、『おのれは、人を、『恨めし』と思ひしほど、かく蛇の身を受けて、石橋の下に多くの年を過ぐして、『わびし』思ひ居たるほどに、昨日、おのれが重しの石を踏み返し給ひしに助けられて、石のその苦をまぬがれて、『嬉し』と思ひ給へしかば、『この人のおはしつらん所を、見置き奉りて、悦びも申さむ』と思ひて、御供に参りしほどに、菩提講の庭に参り給ひければ、その御供に参りたるによりて、会ひがたき法を承はりたるによりて、多く罪をさへ滅ぼして、その力にて、人に生まれ侍るべき功徳の近くなり侍れば、いよいよ悦びをいただきて、かくて参りたるなり。この報ひには、物よくあらせ奉りて、良き男など、逢はせ奉るべきなり』と言ふとなん見つる」と語るに、あさましくなりて、この宿りたる女の言ふやう、「まことは、おのれは田舎より上りたるにも侍らず。そこそこに侍るものなり。それが昨日、菩提講に参り侍りし道に、そのほどに行き合ひ給ひたりしかば、尻に立て、歩み参りしに、大宮のそのほどに、川の石橋を踏み返されたりし下より、まだらなりし小蛇(こくちなは)の出で来て、御供に参りしを、『かくと告げ申さむ』と思ひしかども、告げ奉りては、『わがためも悪事にてもやあらむずらん』と恐しくて、え申さざりしなり。まことに、講の庭にもその蛇侍りしかども、人もえ見付けざりしなり。果てて出で給ひし折、また具し奉りたりしかば、なり果てんやうゆかしくて、思ひもかけず、今宵、ここにて夜を明かし侍りつるなり。この夜中過ぐるまでは、この蛇、柱のもとに侍りつるが、明けて見侍りつれば、蛇も見え侍らざりしなり。それにあはせて、かかる夢語りをし給へば、あさましく、恐しくて、かくあらはし申すなり。今よりは、これをついでにて、何事も申さん」など、言ひ語らひて、後は常に行き通ひつつ、知る人になんなりにけり。 
 + 
 +さてこの女、よにもの良くなりて、このごろは、何とは知らず、大殿の下家司のいみじく徳あるが妻になりて、よろづ事かなひてぞありける。尋ばかくれあらじかしとぞ。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  此ちかくの事なるへし女ありけり雲林院の菩提講に大宮を 
 +  のほりにまいりける程に西院のへんちかく成て石橋ありけり 
 +  水のほとりを廿あまり卅はかりの女房中ゆひてあゆみゆくか 
 +  石はしをふみかえして過ぬるあとにふみかへされたる橋のしたに 
 +  またらなるこくちなはのきりきりとしてゐたれは石のしたにくち 
 +  なはのありけるとみるほとに此ふみ返したる女のしりに立てゆらゆら 
 +  とこのくちなはのゆけはしりなる女のみるにあやしくていかに思て 
 +  行にかあらんふみいたされたるをあしと思てそれか報答せんと 
 +  思ふにやこれかせんやうみむとてしりにたちて行に此女時々は 
 +  見かへりなとすれとも我ともにくちなはのあるともしらぬけなり又 
 +  おなしやうに行人あれともくちなはの女にくして行くをみつけいふ 
 +  人もなしたた最初みつけつる女の目にのみみえけれはこれか/64ウy132 
 + 
 +  しなさんやうみんと思てこの女の尻をはなれすあゆみ行程に 
 +  うりん院にまいりつきぬ寺のいた敷にのほりて此女居ぬれ 
 +  は此蛇ものほりてかたはらにわたかまりふしたれとこれを見つけ 
 +  さはく人なし希有のわさかなと目をはなたすみる程にかう 
 +  はてぬれは女たちいつるにしたかひてくちなはもつつきて出ぬ 
 +  此女これかしなさんやうみんとて尻にたちて京さまにいてぬ下 
 +  さまに行とまりて家ありその家にいれはくちなはもくして入ぬ 
 +  これそこれか家なりけるとおもふにひるはするかたなきなめり 
 +  よるこそとかくする事もあらんすらめこれかよるのありさまを 
 +  見はやとおもふにみるへきやうもなけれはその家にあゆみよりて 
 +  ゐ中よりのほる人のゆきとまるへき所も候はぬをこよひ斗 
 +  やとさせ給なんやといへはこのくちなはのつきたる女を家あるしと 
 +  おもふにここにやとり給人ありといへは老たる女いてきてたれか/65オy133 
 + 
 +  の給そといへはこれそ家あるしなりけると思てこよひ斗やとかり 
 +  申なりといふよく侍なん入ておはせといふうれしと思て入てみれは 
 +  板敷のあるにのほりて此女のゐたりくちなはは板敷のしもに柱の 
 +  もとにわたかまりてありめをつけてみれは此女をまもりあけて此 
 +  くちなははゐたり蛇つきたる女殿にあるやうはなと物かたりしゐたり 
 +  宮仕する物也とみるかかるほとに日たたくれに暮てくらく成ぬ 
 +  れはくちなはのありさまをみるへきやうもなくて此家主とおほ 
 +  ゆる女にいふやうかくやとさせ給へるかはりに緒やあるうみてたて 
 +  まつらん火ともし給へといへはうれしくの給たりとて火ともし 
 +  つお取出してあつけたれはそれをうみつつみれは此女ふしぬ 
 +  めりいまやよらんすらんとみれともちかくはよらすこの事やかても 
 +  つけはやと思へともつけたらは我ためにもあしくやあらんと思て物 
 +  もいはてしなさんやうみんとて夜中の過るまてまもりゐたれ共/65ウy134 
 + 
 +  つゐにみゆるかたもなき程に火消ぬれは此女もねぬ明て後 
 +  いかかあらんと思てまとひおきてみれは此女よき程にねおきて 
 +  ともかくもなけにて家あるしとおほゆる女にいふやうこよひ夢 
 +  をこそみつれといへはいかに見給へはそととへはこのねたる枕上に 
 +  人のゐると思てみれはこしよりかみは人にてしもはくちなはなる女 
 +  のきよけなるかゐていふやうをのれは人をうらめしと思ひし程に 
 +  かくくちなはの身をうけて石橋の下におほくのとしをすくして 
 +  わひしとおもひゐたる程に昨日をのれかをもしの石をふみ返し 
 +  給しにたすけられて石のその苦をまぬかれてうれしと思ひ 
 +  給しかはこの人のおはしつらん所をみをきたてまつりてよろこひ 
 +  も申さむと思て御供にまいりしほとに菩提講の庭にまいり 
 +  給けれはその御供にまいりたるによりてあひかたき法をうけ給 
 +  たるによりておほく罪をさへほろほしてその力にて人に/66オy135 
 + 
 +  むまれ侍へき功徳のちかくなり侍れはいよいよ悦をいたたきて 
 +  かくてまいりたる也このむくひには物よくあらせたてまつりてよき 
 +  おとこなとあはせたてまつるへきなりといふとなんみつるとかたるに 
 +  あさましくなりて此やとりたる女のいふやうまことはをのれはゐ中 
 +  よりのほりたるにも侍らすそこそこに侍るもの也それか昨日菩提講 
 +  に参り侍し道にその程に行あひ給たりしかはしりに立てあゆみま 
 +  いりしに大宮のその程に川の石橋をふみ返されたりし下より 
 +  またらなりしこくちなはのいてきて御供に参しをかくとつけ 
 +  申さむと思しかともつけたてまつりては我ためも悪事にてもや 
 +  あらむすらんとおそろしくてえ申ささりし也誠に講の庭 
 +  にもそのくちなは侍しかとも人もえみつけさりし也はてて 
 +  出給しおり又くしたてまつりたりしかは成はてんやうゆかしくて 
 +  思もかけすこよひここにて夜を明し侍りつる也この夜中過る/66ウy136 
 + 
 +  まては此蛇柱のもとに侍つるか明てみ侍つれはくちなはもみえ 
 +  侍らさりし也それにあはせてかかる夢かたりをし給へはあさま 
 +  しくおそろしくてかくあらはし申なり今よりはこれをつい 
 +  てにてなに事も申さんなといひかたらひて後はつねに 
 +  行かよひつつしる人になん成にけりさてこの女よに物よく 
 +  成てこの比はなにとはしらす大殿の下家司のいみしく徳 
 +  あるか妻に成てよろつ事叶てそ有ける尋はかくれあらしかしとそ/67オy137
  
text/yomeiuji/uji057.txt · 最終更新: 2018/03/08 21:25 by Satoshi Nakagawa