text:yomeiuji:uji030
差分
このページの2つのバージョン間の差分を表示します。
次のリビジョン | 前のリビジョン次のリビジョン両方とも次のリビジョン | ||
text:yomeiuji:uji030 [2014/04/08 14:16] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji030 [2015/01/31 14:46] – [翻刻] Satoshi Nakagawa | ||
---|---|---|---|
行 1: | 行 1: | ||
- | ====== 第30話(巻2・第12話) ====== | + | 宇治拾遺物語 |
+ | ====== 第30話(巻2・第12話)唐、卒都婆に血付く事 | ||
**唐卒都婆ニ血付事** | **唐卒都婆ニ血付事** | ||
- | **唐に卒都婆ニに血付く事** | + | **唐、卒都婆に血付く事** |
むかし、もろこしに大なる山ありけり。その山のいただきに大きなる卒塔婆一たてりけり。 | むかし、もろこしに大なる山ありけり。その山のいただきに大きなる卒塔婆一たてりけり。 | ||
行 13: | 行 14: | ||
「此女は、何の心ありてかくはくるしきにするにか」と、あやしがりて「けふみえば、此事をとはん」といひ合ける程に、常の事なれば、此女、はうはうのぼりけり。男ども、女にいふやう「わ女は何の心によりて、我らがすずみにくるだに、あつくくるしく大事なる道を、『すずまん』とおもふによりてのぼりくるにこそあれ、すずむ事もなし、別にする事もなくて、そとばをみめぐるを事にて、日々にのぼりおるるこそ、あやしき女のしわざなれ。此ゆへしらせ給へ」といひければ、此女「わかきぬしたちはげに『あやし』と思ひ給らん。かくまうできて、此そとばみる事は此比の事にしも侍らず。物の心しりはじめてより後、此七十余年、日ごとにかくのぼりて、そとばを見たてまつる也」といへば、「その事のあやしく侍なり。そのゆへをのたまへ」ととへば、「をのれが親は、百廿にてなんうせ侍にし。祖父は百卅斗にてぞうせ給へりし。それが又、父、祖父などは二百余斗までぞ、いきて侍ける。その人々のいひをかれたりけるとて、『此卒塔婆に血のつかんおりに、なん此山はくづれて、ふかき海となるべき』となん、父の申をかれしかば、『麓に侍る身なれば、山崩なば、うちおほはれて死もぞする』と思へば、『もし血つかば逃げてのがん』とて、かく日毎に見侍なり」といへば、此きく男ども、おこがり、あざけりて、「おそろしき事哉。崩ん時は告給へ」など笑けるをも、我をあざけりていふとも心えずして「さら也。いかでかは我独逃がんと思て告申さざるべき」といひて帰くだりにけり。 | 「此女は、何の心ありてかくはくるしきにするにか」と、あやしがりて「けふみえば、此事をとはん」といひ合ける程に、常の事なれば、此女、はうはうのぼりけり。男ども、女にいふやう「わ女は何の心によりて、我らがすずみにくるだに、あつくくるしく大事なる道を、『すずまん』とおもふによりてのぼりくるにこそあれ、すずむ事もなし、別にする事もなくて、そとばをみめぐるを事にて、日々にのぼりおるるこそ、あやしき女のしわざなれ。此ゆへしらせ給へ」といひければ、此女「わかきぬしたちはげに『あやし』と思ひ給らん。かくまうできて、此そとばみる事は此比の事にしも侍らず。物の心しりはじめてより後、此七十余年、日ごとにかくのぼりて、そとばを見たてまつる也」といへば、「その事のあやしく侍なり。そのゆへをのたまへ」ととへば、「をのれが親は、百廿にてなんうせ侍にし。祖父は百卅斗にてぞうせ給へりし。それが又、父、祖父などは二百余斗までぞ、いきて侍ける。その人々のいひをかれたりけるとて、『此卒塔婆に血のつかんおりに、なん此山はくづれて、ふかき海となるべき』となん、父の申をかれしかば、『麓に侍る身なれば、山崩なば、うちおほはれて死もぞする』と思へば、『もし血つかば逃げてのがん』とて、かく日毎に見侍なり」といへば、此きく男ども、おこがり、あざけりて、「おそろしき事哉。崩ん時は告給へ」など笑けるをも、我をあざけりていふとも心えずして「さら也。いかでかは我独逃がんと思て告申さざるべき」といひて帰くだりにけり。 | ||
- | 此男ども「此女はけふはよもこじ。あす又きてみんに、おどしてはしらせてわらはん」といひ合て、血をあやして、卒塔婆によくぬりつけて、此男共、帰おりて里の物どもに「此麓なる女の、日ごとに峰にのぼりてそとばみるをあやしさにとへば、しかじかなんといへば『あすおどしてはしらせん』とて、そとばに血を塗つる也。さぞくずるらんものや」など、いひ笑を、里の物どもきき伝て、おこなる事のためしにひき笑けり。 | + | 此男ども「此女はけふはよもこじ。あす又きてみんに、おどしてはしらせてわらはん」といひ合て、血をあやして、卒塔婆によくぬりつけて、此男共、帰おりて里の物どもに「此麓なる女の、日ごとに峰にのぼりてそとばみるをあやしさにとへば、しかじかなんいへば『あすおどしてはしらせん』とて、そとばに血を塗つる也。さぞくづるらんものや」など、いひ笑を、里の物どもきき伝て、おこなる事のためしにひき笑けり。 |
- | かくて又の日に、女、のぼりてみるに、そとばに、血のおほらかに付たりければ、女うちみるままに色をたがへて、たうれまろびはしり帰て、さけびいふやう、「此里の人々、とくにげのきて、命いきよ。此山はただ今崩て、ふかき海となりなんとす」と、あまねく告まはして、家に行て、子孫共に家の具足どもおほせもたせて、をのれも持て、手まどひして里うつりしぬ。是をみて血つけし男ども、手を打て笑などする程に、その事ともなく、ささめきののしりあひたり。 | + | かくて又の日、女、のぼりてみるに、そとばに、血のおほらかに付たりければ、女うちみるままに色をたがへて、たうれまろびはしり帰て、さけびいふやう、「此里の人々、とくにげのきて、命いきよ。此山はただ今崩て、ふかき海となりなんとす」と、あまねく告まはして、家に行て、子孫共に家の具足どもおほせもたせて、をのれも持て、手まどひして里うつりしぬ。是をみて血つけし男ども、手を打て笑などする程に、その事ともなく、ささめきののしりあひたり。 |
風のふきくるか、雷のなるかと、あやしむ程に、空もつつやみに成て、あさましく、おそろしげにて此山ゆるぎたちにけり。「こはいかに。こはいかに」とののしりあひたる程に、ただくづれに崩もてゆけば、「女はまことしける物を」などいひて、にげにげえたる物もあれども、親のゆくゑもしらず、子をもうしなひ、家の物の具もしらずなどして、おめきさけびあひたり。此女ひとりぞ、子まごも引ぐして、家の物の具一もうしなはずして、かねて逃のきて、しづかにゐたりける。 | 風のふきくるか、雷のなるかと、あやしむ程に、空もつつやみに成て、あさましく、おそろしげにて此山ゆるぎたちにけり。「こはいかに。こはいかに」とののしりあひたる程に、ただくづれに崩もてゆけば、「女はまことしける物を」などいひて、にげにげえたる物もあれども、親のゆくゑもしらず、子をもうしなひ、家の物の具もしらずなどして、おめきさけびあひたり。此女ひとりぞ、子まごも引ぐして、家の物の具一もうしなはずして、かねて逃のきて、しづかにゐたりける。 | ||
かくてこの山みなくづれて、ふかき海と成にければ、これをあざけり笑し物どもは、皆死けり。あさましき事なりかし。 | かくてこの山みなくづれて、ふかき海と成にければ、これをあざけり笑し物どもは、皆死けり。あさましき事なりかし。 | ||
+ | |||
+ |
text/yomeiuji/uji030.txt · 最終更新: 2017/12/21 00:01 by Satoshi Nakagawa