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text:jikkinsho:s_jikkinsho07-03 [2016/01/30 22:02] (現在)
Satoshi Nakagawa 作成
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 +十訓抄 第七 思慮を専らにすべき事
 +====== 7の3 白河院は花盛り雪の朝必ず御覧じてもてなさせおはしましけり・・・ ======
 +
 +===== 校訂本文 =====
 +
 +白河院は、花盛り、雪の朝、必ず御覧じて、もてなさせおはしましけり。
 +
 +ある時、雪の夜中ばかりより、かきたれて降りければ、上達部・殿上人、われさきに参りて、見参に入むと急ぎ参りあはれけり。御随身敦季((下毛野敦季))、参りて見れば、御車さし寄せて、人々深沓履きて下りあへり。
 +
 +敦季、思ふやう、「雪は北に深く積もれば、疑ひなく北ざまへぞ、御幸はならむずらむ」と思ひて、小野皇太后宮((藤原歓子))へ、時々参りければ、従者を走らせて、「御幸すでになり候ふ。さだめて北ざまへぞ候はんずらむ」と申したりければ、宮の女房の中に、紅の薄様(うすやう)着たるが、三人候ひけるを、「その衣、せなかより解き分けて、三間に出だせ」と、宮の仰せごとありけるを、女房申すやう、「院、入らせおはしまして、御覧あらんに、見苦しく候ひなん」と申しければ、「雪御覧ぜむに、内へ入らせ給ふこと、さらにあるまじ」と仰せごとありければ、解きて三間に二具づつ出だしたりけり。
 +
 +ほどなく御幸ならせ給ふ。「雪は北ざまがめでたきなり。小野の方へ」と仰せありければ、殿上人・上達部、うちむれてつかうまつる。「皇太后宮の御方へ」と仰せあれば、人々、つかふまつりて、門外に下り立ちたりければ、御車をばかきはづし、門より引き入れて、中門に御榻立てて、庭ざまを御覧ずるに、寝殿の南面に、紅の打出でを三間に出だされたり。「いかに、かくはまうけられたりけるぞ」と御覧ずるほとに、童の十七八ばかりなるが、縁青に色どりたる折敷(をしき)に、金の御盃すゑて、紺瑠璃の御皿に、銀にて((「銀にて」は底本「に」なし。諸本により補入))したるは餅(もちひ)を盛りたり。葉をば青く色どりて、いま片つ方(かた)は、同じ御皿に柘榴(ざくろ)を盛られたる、右の手に持ちて、左の手に扇(あふぎ)さして、雪の上に汗衫(かざみ)長く引き散らして、階(はし)より下りたる。下(しも)に同様なる童、御銚子に御酒(みき)入れて、また、扇さして続きて、庭の雪に並びて参りて、御車の前より参らすれば、御盃をとりて御酒を入れさせて、少しきこしめして、御盃をば折敷に置かせおはしましぬれば、二人ながら階の上にのぼりぬ。
 +
 +とばかりあるほどに、裳(も)・唐衣(からぎぬ)着たる女房の、扇さしたる、また階より下りて参る。「いかに」と思へば、松の枝に、なににか、錦に包みたる物つけたるを持ちて、庭の雪の上に、袴踏みちらして、御車へ参る。時しも、淡雪(あはゆき)かきたれ降りて、物語などのやうなり。かの小野の尼((『源氏物語』手習巻の浮舟))、「かきくらす野山の雪を」と詠めるを、思ひ出づる人もありけり。
 +
 +女房、御車へ参りて、もとのやうに帰り上りぬれば、院の御車、引き出で参らせて、帰らせおはしましぬ。「雪は内にて御覧ずるやうはなきぞ((「なきぞ」底本、「な」無し。諸本により補入。))」と、宮((藤原歓子))、仰せられけるに、たがはざりけり。
 +
 +この宮は、後冷泉院の后、大二条関白((藤原教通))の御女(むすめ)なり。入内の夜、院、隠れさせ給ふによりて、やがて尼になりて、小野にこもり居させ給ひて後、かすかなる御ありさまなりけれども、御もてなし優(いう)に、用意深くましましけり。
 +
 +===== 翻刻 =====
 +
 +  三白河院ハ、花サカリ雪ノ朝必御ラムシテ、モテナサ
 +    セオハシマシケリ、或時雪ノ夜中ハカリヨリカキタ
 +    レテ降ケレハ、上達部殿上人、我サキニ参テ見参
 +    ニ入ムト急キ参リアハレケリ、御随身敦季参テ
 +    ミレハ、御車サシヨセテ人々深沓ハキテオリアヘリ、
 +    敦季思フヤウ、雪ハ北ニ深ク積レハ、疑ナク北サマヘソ
 +    御幸ハナラムスラムト思テ、小野皇太后宮ヘ時々参ケ
 +    レハ、従者ヲ走セテ御幸ステニナリ候、定テ北サマヘ
 +    ソ候ハンスラムト申タリケレハ、宮ノ女房ノ中ニ紅ノウ/k115
 +
 +    スヤウキタルカ三人候ケルヲ、其衣セナカヨリトキワケ
 +    テ三間ニ出セト宮ノ仰事有ケルヲ、女房申ヤウ、院入
 +    セオハシマシテ御覧アランニ見苦ク候ナント申ケレハ、雪御
 +    ランセムニ内ヘ入セ給事更ニアルマシト仰事アリケレハ、
 +    トキテ三間ニ二具ツツ出シタリケリ、程ナク御幸ナラ
 +    セ給雪ハ北サマカ目出也小野方ヘト仰有ケレハ、殿
 +    上人上達部ウチムレテツカフマツル皇太后宮ノ御
 +    方ヘト仰アレハ、人々ツカフマツリテ、門外ニオリタチ
 +    タリケレハ、御車ヲハカキハツシ門ヨリ引入テ、中門ニ
 +    御榻タテテ庭サマヲ御覧スルニ、寝殿ノ南面ニ紅ノ
 +    打出ヲ三間ニ出サレタリ、何ニカクハマウケラレタリ/k116
 +
 +    ケルソト御覧スルホトニ、ワラハノ十七八斗ナルカ、縁青ニ
 +    色トリタル折敷ニ、金ノ御サカツキスヘテ、コンルリノ
 +    御サラニ、銀テシタルハモチヰヲモリタリ、葉ヲハ青
 +    ク色トリテ、今カタツカタハ、同御サラニ、サクロヲモ
 +    ラレタル、右ノ手ニモチテ、左ノ手ニアフキサシテ、雪ノ上
 +    ニカサミナカクヒキチラシテ、ハシヨリオリタルシモニ
 +    同様ナルワラハ、御テウシニミキ入テ、又扇サシテツツ
 +    キテ庭ノ雪ニナラヒテ参テ、御車ノ前ヨリマイ
 +    ラスレハ、御盃ヲトリテミキヲ入サセテ、スコシ聞食
 +    テ、御盃ヲハヲシキニヲカセオハシマシヌレハ、フタリ
 +    ナカラハシノ上ニ登ヌ、トハカリアルホトニ、モカラキ/k117
 +
 +    ヌキタル女房ノ、アフキサシタル、又橋ヨリオリテ参
 +    ル、イカニト思ヘハ、松ノ枝ニナニニカ錦ニツツミタル物ツ
 +    ケタルヲモチテ、庭ノ雪ノ上ニ袴フミチラシテ御車ヘ
 +    参ル、時シモアハ雪カキタレフリテ、物語ナトノヤウ也、
 +    彼ヲノノ尼カキクラス野山ノ雪ヲトヨメルヲ、思出ル人モ有
 +    ケリ、女房御車ヘ参テ、モトノヤウニ帰リノホリヌレハ、
 +    院ノ御車引出マイラセテ帰ラセオハシマシヌ、雪ハ
 +    内ニテ御覧スルヤウハキソト宮仰ラレケルニ、タカハ
 +    サリケリ、此宮ハ後冷泉院后大二条関白ノ御女
 +    也、入内ノ夜院カクレサセ給ニヨリテ、ヤカテ尼ニナリ
 +    テ、小野ニコモリヰサセ給テ後カスカナル御有様也ケ/k118
 +
 +    レトモ御モテナシユフニ用意フカクマシマシケリ、/k119
  
text/jikkinsho/s_jikkinsho07-03.txt · 最終更新: 2016/01/30 22:02 by Satoshi Nakagawa
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