ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:jikkinsho:s_jikkinsho00-00

差分

このページの2つのバージョン間の差分を表示します。

この比較画面へのリンク

次のリビジョン
前のリビジョン
text:jikkinsho:s_jikkinsho00-00 [2015/08/17 00:00] – 作成 Satoshi Nakagawatext:jikkinsho:s_jikkinsho00-00 [2016/04/27 21:55] (現在) Satoshi Nakagawa
行 1: 行 1:
 十訓抄 十訓抄
-====== 序 ======+====== 十訓抄序======
  
 ===== 校訂本文 ===== ===== 校訂本文 =====
行 8: 行 8:
 それ、世の中にある人、ことわざしげき振舞につけて、高き賤しき品を分かず、賢なるは得多く、愚なるは失多し。しかるに、今何となく、聞き見るところの、昔今の物語を種として、万の言の葉の中より、いささかその二つの跡を取りて、良き方をばこれを勧め、悪しき筋をばこれを誡めつつ、いまだこの道を学び知らざらん少年のたぐひをして、心をつくる便りとなさしめんがために、試みに十段の篇を別かちて、十訓抄と名づく。すなはち、三巻の文として、三余の窓に置かむとなり。 それ、世の中にある人、ことわざしげき振舞につけて、高き賤しき品を分かず、賢なるは得多く、愚なるは失多し。しかるに、今何となく、聞き見るところの、昔今の物語を種として、万の言の葉の中より、いささかその二つの跡を取りて、良き方をばこれを勧め、悪しき筋をばこれを誡めつつ、いまだこの道を学び知らざらん少年のたぐひをして、心をつくる便りとなさしめんがために、試みに十段の篇を別かちて、十訓抄と名づく。すなはち、三巻の文として、三余の窓に置かむとなり。
  
-その詞(ことば)、和字を先として、必ずしも筆の費(つひえ)多からず。見る者、目安からんことを思ふゆゑなり。その例、漢家を次(ついで)として、広く文の道を訪(とぶら)はず。聞く者、耳近からんことを思ふゆゑなり。すべてこれを言ふに、空しき詞を飾らず、ただ実のためしを集む。道の傍らの碑の文をば、こひ願はざるところなり。+その詞(ことば)、和字を先として、必ずしも筆の費(つひえ)多からず。見る者、目安からんことを思ふゆゑなり。その例、漢家を次(ついで)として、広く文の道を訪(とぶら)はず。聞く者、耳近からんことを思ふゆゑなり。すべてこれを言ふに、空しき詞を飾らず、ただ実の例(ためし)を集む。道の傍らの碑の文をば、こひ願はざるところなり。
  
 ただし、つたなき身を顧みるに、秋の蛍の光を集めずして、風月の望みに暗く、春の鶯のさへづりを学ばざれは、糸竹の曲に踈し。芸なく能欠けたり。なすことなくして、いたづらにあまたの露霜を送るばかりなり。かかるにつけては、藻塩草書き誤れる言の葉も数積り、梓弓引きみん人の嘲(あざけ)りも外れがたく思えながら、志のゆくところ、ただにはいかが止むとてならし。 ただし、つたなき身を顧みるに、秋の蛍の光を集めずして、風月の望みに暗く、春の鶯のさへづりを学ばざれは、糸竹の曲に踈し。芸なく能欠けたり。なすことなくして、いたづらにあまたの露霜を送るばかりなり。かかるにつけては、藻塩草書き誤れる言の葉も数積り、梓弓引きみん人の嘲(あざけ)りも外れがたく思えながら、志のゆくところ、ただにはいかが止むとてならし。
text/jikkinsho/s_jikkinsho00-00.1439737200.txt.gz · 最終更新: 2015/08/17 00:00 by Satoshi Nakagawa