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text:chomonju:s_chomonju276 [2020/04/06 22:12] – 作成 Satoshi Nakagawatext:chomonju:s_chomonju276 [2020/04/07 12:03] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 そもそも、序の奥八拍子は、絶えて久しくなれり。かの亜相((藤原成通))一人伝へられたることも、おぼつかなきことなり。されば、元正((大神基政))は伝へたりけるにや、このことおぼつかなし((「おぼつかなし」は底本「覚つかなし覚つかなし」。諸本により訂正))。 そもそも、序の奥八拍子は、絶えて久しくなれり。かの亜相((藤原成通))一人伝へられたることも、おぼつかなきことなり。されば、元正((大神基政))は伝へたりけるにや、このことおぼつかなし((「おぼつかなし」は底本「覚つかなし覚つかなし」。諸本により訂正))。
  
-蘇合三・四の帖(でふ)ともに奏する時、籠拍子(こめびやうし)両帖に打たずして、四帖に用ゐることは、頼能((戸部頼能))・是季((大神惟季。底本「是季季」。諸本により訂正。))・時元らの説なり。しかあるを、季通朝臣((藤原季通))言はれけるは、「蘇合は三帖を肝心とするがゆゑに、必ずこの帖に打つべし」とぞ侍りける。明暹・宗輔((藤原宗輔))等は両帖ともに打つべきよし申されけり。+蘇合三・四の帖(でふ)ともに奏する時、籠拍子(こめびやうし)両帖に打たずして、四帖に用ゐることは、頼能((頼能))・是季((大神惟季。底本「是季季」。諸本により訂正。))・時元らの説なり。しかあるを、季通朝臣((藤原季通))言はれけるは、「蘇合は三帖を肝心とするがゆゑに、必ずこの帖に打つべし」とぞ侍りける。明暹・宗輔((藤原宗輔))等は両帖ともに打つべきよし申されけり。
  
 堀河院((堀河天皇))の御時、御遊ありけるに、蘇合一具通されけり。三帖を奏して後、宗輔卿奏すべきよしを仰せ下されけり。これ天気なりけるにや。この時の楽人、元正以下、宗輔の与奪を聞きて、「この人、心おとりす」とぞつぶやきける。これは、三帖に打たずして、四帖に打つべき((「打つべき」は底本「たつへき」。諸本により訂正。))よしを思ひて、「さらば、三帖の時こそ言はれめ」と思ひて、かくつぶやきけるなるべし。この条はいはれなきことにや。 堀河院((堀河天皇))の御時、御遊ありけるに、蘇合一具通されけり。三帖を奏して後、宗輔卿奏すべきよしを仰せ下されけり。これ天気なりけるにや。この時の楽人、元正以下、宗輔の与奪を聞きて、「この人、心おとりす」とぞつぶやきける。これは、三帖に打たずして、四帖に打つべき((「打つべき」は底本「たつへき」。諸本により訂正。))よしを思ひて、「さらば、三帖の時こそ言はれめ」と思ひて、かくつぶやきけるなるべし。この条はいはれなきことにや。
text/chomonju/s_chomonju276.1586178775.txt.gz · 最終更新: 2020/04/06 22:12 by Satoshi Nakagawa