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text:zotanshu:zotan01-09 [2025/09/08 00:38] – 作成 Satoshi Nakagawatext:zotanshu:zotan01-09 [2025/10/22 10:21] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 同法等、機生しきことは、呵責(かしやく)及ぶべからず。孔子、弟子の誡めがたきことを云へる、「朽ちたる木をば、彫(ゑ)るべからず。糞土の墻(かき)をば朽(なだら)かにすべからず」((『論語』公冶長第五))。この言(こと)明誡(めいかい)なり。 同法等、機生しきことは、呵責(かしやく)及ぶべからず。孔子、弟子の誡めがたきことを云へる、「朽ちたる木をば、彫(ゑ)るべからず。糞土の墻(かき)をば朽(なだら)かにすべからず」((『論語』公冶長第五))。この言(こと)明誡(めいかい)なり。
  
-仏菩薩の慈悲方便、一切衆生を頓(とん)に道に入るべし。しかるに、機時を待ちて、漸々(ぜんぜん)に方便し、和光同塵(わくわうどうぢん)し給ふなり。いはんや、凡夫(ぼんぶ)の師、頓に教誡すべからず。肇公(でうこう)、「天沢(てんたく)私(わたくし)無しといへども、枯木を生ぜず。仏慈平等なりといへども、無機を益せず。(取意)」。わが身に随分に学解(がくげ)有る、なほ如法ならず。いはんや弟子をや。+仏菩薩の慈悲方便、一切衆生を頓(とん)に道に入るべし。しかるに、機時を待ちて、漸々(ぜんぜん)に方便し、和光同塵(わくわうどうぢん)し給ふなり。いはんや、凡夫(ぼんぶ)の師、頓に教誡すべからず。肇公(でうこう)((僧肇))、「天沢(てんたく)私(わたくし)無しといへども、枯木を生ぜず。仏慈平等なりといへども、無機を益せず。(取意)」。わが身に随分に学解(がくげ)有る、なほ如法ならず。いはんや弟子をや。
  
 律の中に、弟子を教訓すべきことを云へるには、内に慈悲に住し、外(ほか)に威怒(ゐぬ)を現ず。これすなはち、仏菩薩の儀なり。正法輪身は、慈悲に住すること母のごとく、観音等なり。教令輪身は、威怒を現じて父のごとし。不動等なり。内外隠顕(ないげおんけん)差別に似たりといへども、悲智必ず具するなり。よつて、仏教を禀(う)くるの輩(ともがら)、仏化を効(なら)ひて、内に慈悲に住し、弟子を見ること子のごとし。外(ほか)に威怒を現じ、方便に住すること父のごとし。降伏(がうぶく)し摂受(せふじゆ)すべし。これすなはち仏法を守護するの貌(かたち)なり。 律の中に、弟子を教訓すべきことを云へるには、内に慈悲に住し、外(ほか)に威怒(ゐぬ)を現ず。これすなはち、仏菩薩の儀なり。正法輪身は、慈悲に住すること母のごとく、観音等なり。教令輪身は、威怒を現じて父のごとし。不動等なり。内外隠顕(ないげおんけん)差別に似たりといへども、悲智必ず具するなり。よつて、仏教を禀(う)くるの輩(ともがら)、仏化を効(なら)ひて、内に慈悲に住し、弟子を見ること子のごとし。外(ほか)に威怒を現じ、方便に住すること父のごとし。降伏(がうぶく)し摂受(せふじゆ)すべし。これすなはち仏法を守護するの貌(かたち)なり。
text/zotanshu/zotan01-09.1757259507.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa