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text:yomeiuji:uji101

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text:yomeiuji:uji101 [2014/10/06 22:20] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji101 [2025/05/17 10:47] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 **信濃国の聖の事** **信濃国の聖の事**
  
-今はむかし、信濃国に法師有けり。さる田舎にて法師になりにければ、まだ受戒もせで、「いかで京にのぼりて、東大寺といふ所にて受戒をせん」と思て、とかくしてのぼりて受戒してけり。+===== 校訂本文 =====
  
-さて、「もとの国へ帰らん」と思けれども、「よしなし。さる無仏世界のやうなる所に帰らじ。ここにゐなん」とおもふ心付て、東大寺の仏の御前に候て「いづくにか、行してのどやかに住ぬべき所ある」と、よろづの所を見まはしけるに、坤のかたにあたりて、山かすかにみゆ。「そこらにおこなひてすまん」と思て行て、山の中にえもいはず行て過す程に、すずろにちいさやかなる厨子仏をおこなひいだしたり。毘沙門にてぞおはしましける。+[[uji100|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺物語』TOP]] [[uji102|NEXT>>]]
  
-そこちいき堂をたてて、すへたてりて、えもはず行ひて年月をる程、此山のふもいみじき下す徳人あけり、そこに聖の鉢はつねに飛行つつ、物は入けり。+今は昔、信濃国法師((通常「命蓮」と表記する。[[:text:k_konjaku:k_konjaku11-36|『今昔物語集』11-36]]では明練))ありけり。る田舎に法師になりにければ、まだ受戒もせで、「いかで京に上りて、東大寺といふて受戒をせん」思ひてとかくして上りて受戒してけり。
  
-大なるあぜ倉のあるをあけて、りいだす程に、此鉢飛て、例物こにきたりるを、「鉢きたりゆゆしく、くつけ鉢よ」とて取て、すみなげをき、とみに物もれざりければ鉢は待ゐたりける程に、て、主帰ぬに、とばりありて、この、すずろにゆさゆさと+て、「もとの国へ帰らん」と思ひけれども、「よしなし。さる無仏世界やうなる所帰らじここに居なん」と思心付きて、東大寺仏の御前候ひづくにか行ひしてのどやか住みぬべき所ある」とよろづ見回るに、坤(ひつじさる)の方(た)に当りて、山かすかに見ゆ。「そらに行なひて住まん」と思ひて、行きて、山中に、えもいはず行ひて過ぐすほどに、すずろにやかなる厨子仏(づしぼけ)を行ひ出だしたり。毘沙門((毘沙門天))にてぞ、おはしましける。
  
-「いかいかに」と見はぐ程にゆるぎゆるぎて、土より一尺斗ゆぎあがる時に、かなる事ぞ」とあやしがりてさはぐ。「まことにありつる鉢をわすれて、といでずなりぬる。それがしわざにや」などいふ程に、鉢、蔵よりもりいで、此鉢に蔵のて、ただのぼりに空ざまに一二丈ばかりのぼる+そこき堂を建てて据ゑ奉りて、えもいはず行ひて、年月を経ほどに、この山の麓(ふもと)に、みじき下種徳人(げすん)ありり。そに、聖のはつねに飛行つつ物は入きけり。
  
-て、飛行程に、人々みののり、あさみさはぎあひたり。蔵のぬさらにすべきやうもなれば「此倉のいかん所をん」とて、てゆく。そのわたりの人々も、みなはしけり。てみればやうやう飛て、河内国に此聖のおこのふ山の中飛行て、聖の坊かたどうおちぬ+大きなる校倉(あぜくら)のあるを開けて、物取り出だすほどに、鉢飛びて、例物乞ひに来たけるを「例の鉢、来にたり。ゆゆふくつき鉢よ」とて、取りて、倉のに投げ置きて、とみ物も入れざりければ、鉢は待たりけるほどに、物どもしたため果てて、こ鉢を忘れて、物入れずも出だ倉の戸をさして、主(ぬし)帰りぬるほど、とばかりありて、蔵、すずろゆさゆさ揺(ゆる)ぐ
  
-いとどあさましく思て、とてあるべきならねば、この蔵ぬし、聖のもによりて申やう、かかるあさしき事なんさぶらふ。此鉢のつねにまうでくれば物入つまいらするを、まぎらはしく候つる程に、倉にうちをきて忘て、もいださ、じやうをさして候ければ、この蔵、ただゆぎにゆるぎて、ここになん飛てまうできておちて候此くら返給候はん」と申時、「まことにあしき事、飛てきければ蔵はえ返しとらせじ。こにか様ものもなきにおのづから物をもをかんにし。中ならん物はさながらとれ」と給へば、ぬしのいふやう、「いか、たちまちにはこびと返さん。千石つみて候也」といへば、「それはいとやすき事也。たしか我はこびてとらせん」とて此鉢に一俵を入て飛すれ、雁などのつづきたやうに、のこりの俵どもつづきたり+かにいかに」見騒ぐほに、揺ぎ揺ぎて、土よ一尺かり揺ぎ上がる時に「こはいかなることぞ」と怪しがりて騒ぐ。「まことにまことにありつるを忘て、ずなりぬる。それがわざにやなど言ふほどに、このり漏り出でて蔵乗りて、ただ昇りに、空ざまに一・二丈かり昇る。
  
-むらすずめなどのやうに、飛つづきたるをみるに、いとどあさましく、たうとければ、ぬしのいふやう、「しばしみなつかはし候そ。米二三百は、とどめてつかはせ給へ」といへば、あるまじき事也。それ、こにをきては、なににはせん」といへば、「さらば、ただつかはせ給斗十廿をまつらん」といへば、「さまでも入べき事あらばそ」とて、家にたしみなおゐにけり+さて、飛び行くほどに、人々、見ののしり、あさ騒ぎあひり。蔵の主(ぬし)も、さらにすべきやうければ、「この倉の行ん所を見ん」と尻に立ちて行く。そのわりの人々、みな走りけり。さ、見れば、やうやう飛びて、河内国に、こ聖の行(おの)ふ山の中に飛び行きて、坊のかしに、どうと落
  
-かやうにたうとくすぐす程に其比延喜御門くわづらはせ給て、さまざまの御祈ども、御修法、御読経ど、よろづらるれど更にえおこたせ給ず。あ人の申やう「河内信貴と申所に、此年里へ出る事もせぬ聖それいみじくたうとくしるしあて、し、さて、ゐながらよろづありがき事をし候なれ。それを召て祈せさせ給ば、おこたらせ給なかし」と申せば、「さらば」とて、蔵人を御使にて、めしつかはす+どあさまし思ひて、さりとてあるべきならねばこの蔵主、聖のとに寄り申すやう「かかるあさましきことん候(さぶら)ふ。この鉢の常詣で来れば、物入れつつ参まぎらはしく候ひつほどに、倉にうち置きて、忘れて、取りも出ださで、錠(じやう)をさして候ひければ、こ蔵、ただ揺ぎ揺ぎてここになん飛びて詣で来て、落ちて。この蔵給ひ候はん」と申す時に、「まことにやしきことなれど、飛び来にければ蔵はえ返し取らせじ。ここにかやうのものもなきに、おのづから物も置かんによ。中ならん物は、さながら取れ」とのまへば、主の言ふやう、「いかにてか、たちまちに運び取り返さん。千石積みてり」と言へば、「それはいとやすきとなり。しかに、われ運びて取らせん」とて、この鉢一俵を入れ飛ばすれば雁などの続きたるやう、残りの俵ども続きたり
  
-てみるに、聖のさま、ことに貴くめでた「かうかう宣旨にてめす也。とくとくまいるべきよしへば、聖「なにしにめすぞ」とて、うごきげもなければ、「かうかう御悩大事におします。祈まいらせ給」とへば、「それがいらずとも、ここなが祈まいらせ候はん」といふ+むら雀などのやうに、飛び続たるを見るに、いとどあさましく、尊ければ、主の言ふやう、しばし、みななつはし候ひそ米二・三百は、どめてつかはせ給へと言へば、聖あるまじきことり。それ、ここ置きかはせん」といへば、「さらば、ただつかはせ給ふばかり、十・二十をも奉らん」とへば、「も、入るべきとのあばこそ」とて、主の家に、たしかにみな落ち居にけり
  
-「さもしおたらせおはしましたりともいかでか聖しるしとはしるべき」といへば「それはたがしるしといふ事、知せ給ずとも、ただ御心ちだにおこたらせ給なばよく候なん」といへば、蔵人、「るにても、いかでかあの御祈の中にも、そのるしとみえんこそめ」といふにさらばいのりまいらせん、剣の護法をまいらせづから御夢まぼしにも御らんぜばはしら給へ。剣をあみつつきにきたる護法なり。我は更に京へはえ」といへば勅使帰まいりて「かうかう」と申程に三日といふひるつかたちとまどろませ給ふともなきにらきある物のみえければ、「いかる物にか」とて御覧ずれば、「あの聖のいひけん剣の護法なり」とおぼしめすより、御心ちさはさはとなりて、いささか心くるき御こともなく、例ざまならせ給ぬ+かやうに尊く行ひ過ぐすほどにその延喜御門((醍醐天皇))重くわづらはせ給ひて、さまざまの御祈りども、御修法(みほふ)、御読経など、ろづにせるれど、さらにえおこたらせ給はずある人申すやう、「河内の信貴と申す所に、この年ご行ひて里へ出でるこせぬ聖候ふなり。それこそ、く尊くしるしありて、鉢を飛ばしさて居ながよろづありがたをし候ふなれ。そを召して祈りせさせ給はば、おこたらせ給ひ」と申せば、「さらば」と蔵人を使にて、しにつかはす
  
-人々悦て、聖をたうがりめであひ御門もぎりなくたとくおぼしめして、人をつはして「僧正僧都なるべき。又その寺庄などやよべき」と仰つかはす。聖、うけ給はり「僧都僧正、更候まじ事也。又、かかる所庄などよぬれば、別当なにくれなどいできて、中々むつかしく罪得ましく候。ただ、かくて候はん」とてやみにけり+行き見るに、聖のさま、こに貴くめでた。かうか宣旨て召すり。とくとく参るべきよし言へば聖、「何し」とて、さらげもなければう御悩(ごなう)大事おはします。祈参らせ給へ」と言へば、「そが参らずとも、ここながら祈り参らせ候はん」と言ふ
  
-かかる程に、こ聖の姉ぞ一人ありけ。此聖受戒せん」とて、のりしまま見えぬ。「うまで年比みえぬはいかになぬるやらん。おぼつなきに((底本「」衍字))尋てみん」とてのぼりて東大寺山階寺のわたを、れんこいんといふ人やある」尋ぬれど、「しず」とのて、「たる」といふ人なし。+「さてはもしおたらせおはしましたりとも、いかでか聖のしとは知るべき」と言へば、それは誰(た)がしるしといふこと、知ら給はずとも、ただ御心地だにおこたらせ給ひなば、よく候ひなん」と言へば、蔵人、「さるにいかでか、あまた御祈の中にも、そのるしと見えんこそよらめ」と言ふに「さらば祈せんに、剣の護法を参らせん。おのづら、御夢も、幻(まぼろし)にも御覧ぜば、さとは知らせ給へ。剣を編みつつ衣(きぬ)着たる護法なり。われは、さらに京へはえ出でじ」と言へば勅使参りてかう」と申すほどに、三日といふ昼つかた、ちろませ給ふともなきにきらきらとある者見えければ、「かなる者にか」と御覧ずれば、「あの聖の言ひけん剣の護法なり」と思し召すより、御心地さはさはとりて、いささか心苦き御こともなく、例ざまにならせ給ひぬ
  
-尋わびて、「いかにせん。これ行ゑききてこそ帰ら」と思て、その夜、東大寺の大仏の御前にて、「此まうれんが所、をしへさせ給へ」と夜一夜申て、うちどろみる夢に仏仰らるるやう、「たづぬるのあり所は、これよひつじさの方山あ。其山のもたびきる所を行尋よ」と仰らるるとてさめければ、暁方に成にけり。+人々、悦びて、聖を尊り、であひたり。御門もかぎりなく尊くし召して、つかはして、「僧正・僧都にやなるべき。また、寺に庄など寄すべき」と仰せつかはす。聖、け給はりて、「僧都・僧正さらに候ふまじきとな。また、かか庄など寄ぬれば、別当なにど出で来て、なかなかむつかしく、罪得がましく候ふ。だ、かく候はん」とてやみにけり。
  
-「いつしとく夜かし」て見ゐたればほのぼのと明がたになりぬ。じさるのをみたれば、山かすかにみゆたなびきたり+かる程に、こ聖の姉ぞ一人ありる。「この聖、『受戒せん』とて、上りしままえぬ。「かうまで年ごろ見えぬはいかになりぬるやらんおぼつかなきに((「おぼつかなきに」は底本「おぼつかなきにに」。衍字とみて「に」削除))、尋ねてん」とて、上東大寺・階寺のわたりを、「まうれん小院といふ人やあ」と尋ぬれど「知らず」とみ言ひて、「知りる」といふ人
  
-くてなたをさし行たればまこと堂などあり。人ありとみゆる所へよりて、「まうれんこいんやいまする」といへばたそ」とて出てみれば、信濃なりしわが姉なり。「こはかにて尋いまたるぞ。思がけず」といへば、つる有さまたる。+尋ねわびて、「いかにせん。こが行方(ゆへ)聞き帰らめ」と思ひて、その夜、東大寺の大仏の御前にて、「このまうれんが所、教へさせ給へ」と夜一夜申してうちまどろみる夢に、この仏、仰せらるるやう、「尋ぬる僧のあり所は、これより坤(ひつじさる)の方に山あり。の山の雲たなびきたる所を行きて尋ねよ」と仰せらるると見覚めければ、暁方になりにけり。「いか、とく夜の明けよかし」と思ひて、見居たれば、ほのぼのと明け方になぬ。坤の方見やりれば、山かすかに見ゆに、紫の雲たなびきたり
  
-て、いかにさくておはしつらん。これをたてまつらんとて、たりつる物」とて、引出たるをみれば、ふくたいといふ物を、なべてにも似ずふといとして、あつあつとこまかにつよげにしたるをたり。悦てりてたり。もとは紙ぬ一重をぞたりける。さて、いとさむかりけるに、これをしたたりければ、あたたかにてよかりけり。+嬉しくて、そなたを指して行きたれば、まことに堂などあり。人ありと見ゆる所へ寄りて、まうれん小院やいまする」と言へば、「誰(た)そ」と、出でて見れば、信濃なりしわが姉なり。「こは、いかにして尋ねいましたるぞ。思ひがけず」と言へば、ありつるありまを語る。「さて、いかに寒くておはしつらん。これをらんとて、たりつる物なり」とて、引たるをみれば、ふくたいといふ物を、なべてにも似ずして、厚々(あつあつ)かにげにしたるをたり。悦、取りてたり。もとは紙衣(かみぎ)一重をぞたりける。さて、いとかりけるに、これをたりければ、かにてよかりけり。
  
-さて、おほくの年比おこなひけり。さて、この姉の尼ぎみももとの国へ帰ずとまりて、そこにおこなひてぞありける。+さて、おほくの年ごろ行ひけり。さて、この姉の尼ぎみももとの国へ帰とまりて、そこにひてぞありける。
  
-さて、おほくの年ふくたいをのみ行ひければ、てにはやれれとなしてありけり。鉢にりてたりし蔵をば、「飛くら」とぞひける。その蔵にぞ、ふくたいのれなどはおさめてまだあんなり。そのれのはしを、つゆなどのづから縁にれてたる人は、まもりにしけり。+さて、くの年ごろこのふくたいをのみて行ひければ、てには破()れとなしてありけり。鉢にりてたりし蔵をば、「飛蔵(とびくら)」とぞひける。その蔵にぞ、ふくたいのれなどはめてまだあんなり。そのれの端(はし)を、つゆばかりなど、おのづから縁にれてたる人は、りにしけり。
  
-その蔵も朽ちやぶれていまだあんなり。その木のはしを露斗えたる人はまもりにし毘沙門を作たてまつりて持たる人はかなら徳つかぬはなかりけりされば、きく人縁を尋て其倉の木のはしを買とりける+その蔵も朽ちれていまだあんなり。その木の端をつゆばかり得たる人は、守りにし、毘沙門を作り奉りて、持たる人は、必ず徳付かぬはなかりけり。されば、聞く人、縁を尋ねて、その倉の木の端をば買ひ取りける。 
 + 
 +さて、信貴とて、えもいはず験ある所にて、今に人々明け暮れ参る。この毘沙門は、まうれん聖の行ひ出だし奉りけるとか。 
 + 
 +[[uji100|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺物語』TOP]] [[uji102|NEXT>>]] 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今はむかし信濃国に法師有けりさる田舎にて法 
 +  師になりにけれはまた受戒もせていかて京にのほりて東大 
 +  寺といふ所にて受戒をせんと思てとかくしてのほりて受戒 
 +  してけりさてもとの国へ帰らんと思けれともよしなしさる無仏 
 +  世界のやうなる所に帰らしここにゐなんとおもふ心付て東 
 +  大寺の仏の御前に候ていつくにか行してのとやかに住ぬへ/113オy229 
 + 
 +  き所あるとよろつの所を見まはしけるに坤のかたにあたり 
 +  て山かすかにみゆそこらにおこなひてすまんと思て行て山 
 +  の中にえもいはす行て過す程にすすろにちいさやかなる厨子 
 +  仏をおこなひいたしたり毘沙門にてそおはしましけるそこにちいさき 
 +  堂をたててすへたてまつりてえもいはす行ひて年月をふる程に 
 +  此山のふもとにいみしき下す徳人ありけりそこに聖の鉢は 
 +  つねに飛行つつ物は入てきけり大なるあせ倉のあるをあけ 
 +  て物とりいたす程に此鉢飛て例の物こひにきたりけるを例 
 +  の鉢きにたりゆゆしくふくつけき鉢よとて取て倉のすみに 
 +  なけをきてとみに物もいれさりけれは鉢は待ゐたりける程に 
 +  物ともしたためはてて此鉢をわすれて物もいれすとりもいたさて 
 +  倉の戸をさして主帰ぬる程にとはかりありてこの蔵すすろに 
 +  ゆさゆさとゆるくいかにいかにと見さはく程にゆるきゆるきて土より/113ウy230 
 + 
 +  一尺斗ゆるきあかる時にこはいかなる事そとあやしかりて 
 +  さはくまことにまことにありつる鉢をわすれてとりいてすなり 
 +  ぬるそれかしわさにやなといふ程に此鉢蔵よりもりいてて 
 +  此鉢に蔵のりてたたのほりに空さまに一二丈はかりのほる 
 +  さて飛行程に人々みののしりあさみさはきあひたり蔵 
 +  のぬしもさらにすへきやうもなけれは此倉のいかん所をみんとて 
 +  尻にたちてゆくそのわたりの人々もみなはしりけりさてみれ 
 +  はやうやう飛て河内国に此聖のおこのふ山の中に飛行て聖の 
 +  坊のかたはしにとうとおちぬいととあさましく思てさりとてあるへ 
 +  きならねはこの蔵ぬし聖のもとによりて申やうかかるあさましき 
 +  事なんさふらふ此鉢のつねにまうてくれは物入つつまいら 
 +  するをまきらはしく候つる程に倉にうちをきて忘てとりもいた 
 +  さてしやうをさして候けれはこの蔵たたゆるきにゆるきてここ/114オy231 
 + 
 +  になん飛てまうてきておちて候此くら返し給候はんと申 
 +  時にまことにあやしき事なれと飛てきにけれは蔵はえ返し 
 +  とらせしここにか様のものもなきにおのつから物をもをかんによし 
 +  中ならん物はさなからとれとの給へはぬしのいふやういかにしてかたち 
 +  まちにはこひとり返さん千石つみて候也といへはそれはいと 
 +  やすき事也たしかに我はこひてとらせんとて此鉢に一俵 
 +  を入て飛すれは雁なとのつつきたるやうにのこりの俵ともつつ 
 +  きたりむらすすめなとのやうに飛つつきたるをみるにいととあさま 
 +  しくたうとけれはぬしのいふやうしはしみななつかはし候そ米二三 
 +  百はととめてつかはせ給へといへは聖あるましき事也それここに 
 +  をきてはなににかはせんといへはさらはたたつかはせ給斗十廿をも 
 +  たてまつらんといへはさまても入へき事のあらはこそとて主の 
 +  家にたしかにみなおちゐにけりかやうにたうとく行てすくす/114ウy232 
 + 
 +  程に其比延喜御門をもくわつらはせ給てさまさまの御祈とも 
 +  御修法御読経なとよろつにせらるれと更にえおこたらせ給 
 +  はすある人の申やう河内の信貴と申所に此年来行て里へ出る 
 +  事もせぬ聖候也それこそいみしくたうとくしるしありて鉢を 
 +  飛しさてゐなからよろつありかたき事をし候なれそれを召 
 +  て祈せさせ給ははおこたらせ給なんかしと申せはさらはとて蔵 
 +  人を御使にてめしにつかはすいきてみるに聖のさまことに貴く 
 +  めてたしかうかう宣旨にてめす也とくとくまいるへきよしいへは聖 
 +  なにしにめすそとて更にうこきけもなけれはかうかう御悩大事 
 +  におはします祈まいらせ給へといへはそれかまいらすともここ 
 +  なから祈まいらせ候はんといふさてはもしおこたらせおはしまし 
 +  たりともいかてか聖のしるしとはしるへきといへはそれはたかしる 
 +  しといふ事知らせ給はすともたた御心ちたにおこたらせ給/115オy233 
 + 
 +  なはよく候なんといへは蔵人さるにてもいかてかあまたの御祈 
 +  の中にもそのしるしとみえんこそよからめといふにさらはいのり 
 +  まいらせんに剣の護法をまいらせんおのつから御夢にもまほ 
 +  ろしにも御らんせはさとはしらせ給へ剣をあみつつきぬにきた 
 +  る護法なり我は更に京へはえいてしといへは勅使帰まいりて 
 +  かうかうと申程に三日といふひるつかたちとまとろませ給ふ 
 +  ともなきにきらきらとある物のみえけれはいかなる物にかとて御 
 +  覧すれはあの聖のいひけん剣の護法なりとおほしめすより 
 +  御心ちさはさはとなりていささか心くるしき御事もなく例さまに 
 +  ならせ給ぬ人々悦て聖をたうとかりめてあひたり御門もか 
 +  きりなくたうとくおほしめして人をつかはして僧正僧都にやなる 
 +  へき又その寺に庄なとやよすへきと仰つかはす聖うけ給はりて 
 +  僧都僧正更に候ましき事也又かかる所に庄なとよりぬれ/115ウy234 
 + 
 +  は別当なにくれなといてきて中々むつかしく罪得かまし 
 +  く候たたかくて候はんとてやみにけりかかる程にこの聖の姉 
 +  そ一人ありける此聖受戒せんとてのほりしまま見えぬかう 
 +  まて年比みえぬはいかになりぬるやらんおほつかなきにに尋 
 +  てみんとてのほりて東大寺山階寺のわたりをまうれん 
 +  こいんといふ人やあると尋ぬれとしらすとのみいひてしりたる 
 +  といふ人なし尋わひていかにせんこれか行ゑききてこそ 
 +  帰らめと思てその夜東大寺の大仏の御前にて此まうれんか 
 +  所をしへさせ給へと夜一夜申てうちまとろみたる夢にこの 
 +  仏仰らるるやうたつぬる僧のあり所はこれよりひつしさるのかたに 
 +  山あり其山のくもたなひきたる所を行て尋よと仰らるると 
 +  みてさめけれは暁方に成にけりいつしかとく夜の明よかし 
 +  と思て見ゐたれはほのほのと明かたになりぬひつしさるのかたを/116オy235 
 + 
 +  みやりたれは山かすかにみゆるに紫の雲たなひきたりうれしくて 
 +  そなたをさして行たれはまことに堂なとあり人ありとみゆる所へ 
 +  よりてまうれんこいんやいまするといへはたそとて出てみれは 
 +  信濃なりしわか姉なりこはいかにして尋いましたるそ思かけす 
 +  といへはありつる有さまをかたるさていかにさむくておはし 
 +  つらんこれをきせたてまつらんとてもたりつる物也とて引出 
 +  たるをみれはふくたいといふ物をなへてにも似すふときいとして 
 +  あつあつとこまかにつよけにしたるをもてきたり悦てとりてきたり 
 +  もとは紙きぬ一重をそきたりけるさていとさむかりけるに 
 +  これをしたにきたりけれはあたたかにてよかりけりさておほく 
 +  の年比おこなひけりさてこの姉の尼きみももとの国へ帰す 
 +  とまりゐてそこにおこなひてそありけるさておほくの年比 
 +  此ふくたいをのみきて行ひけれははてにはやれやれときなして/116ウy236 
 + 
 +  ありけり鉢にのりてきたりし蔵をは飛くらとそいひける 
 +  その蔵にそふくたいのやれなとはおさめてまたあんなりその 
 +  やれのはしをつゆ斗なとをのつから縁にふれてえたる人は 
 +  まもりにしけりその蔵も朽ちやふれていまたあんなりその木 
 +  のはしを露斗えたる人はまもりにし毘沙門を作たてまつ 
 +  りて持たる人はかなら徳つかぬはなかりけりされきく人 
 +  縁を尋て其倉の木のはしを買とりけるさて信貴 
 +  とてえもいはす験ある所にて今に人々あけくれ参此毘沙 
 +  門はまうれん聖のおこなひいたしたてまつりけるとか/117オy237
  
-さて、信貴とて、えもいはず験ある所にて、今に人々あけくれ参。此毘沙門は、まうれん聖のおこなひいだしたてまつりけるとか。 
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