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text:yomeiuji:uji019 [2014/09/27 17:21] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji019 [2025/05/01 18:10] (現在) Satoshi Nakagawa
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 **清徳聖、奇特の事** **清徳聖、奇特の事**
  
-今は昔、せいとくひじりといふ聖のありけるが、母の死にたりければ、ひつぎにうち入て、ただひとりあたごの山に持て行て、大なる石を四のすみにをきて、その上にこのひつぎをうちをきて、千手陀羅尼を片時やすむ時もなく、うちねる事もせず、物もくはず、湯水ものまで、こはたえもせず、誦したてまつりて、此ひつぎをめぐる事、三年に成ぬ。+===== 校訂本文 =====
  
-その年の春に、夢ともなくうつつともなく、ほのかに母の声にて「此陀羅尼をかくよるひる誦給へば、我ははやく男子となりて天にむまれにしかども、おなじくは仏になりて告申さんとて、今まではつげ申さざりつるぞ。今は仏になりて、告申也」といふときこゆるとき、「さ思つる事なり。今ははやう成給ぬらん」とて、とりいでて、そこにてゆきて、骨とりあつめてうづみて、上に石のそとばなどたてて、例のやうにして、京へいづる道に、なぎいとおほくおひたる所あり。+[[uji018|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺物語』TOP]] [[uji020|NEXT>>]]
  
-此聖こうじて物いとほしかりければ、道すがら折て食ほどに、ぬし男出きてみればいとたうとげなる、かくずろ折くへば「あさまし」と思て「いかかくはめすぞ」といふ。聖「こうて、くるしきままにくふなり」いふ。「時にさらばまいりぬべくは、めさまほからんほどせ」いへば、三十筋ばか「むずむず」と、折くふ+今は昔清徳聖(せいとくひじり)といふ聖のありけるが、母の死にたりければ、棺(ひつぎ)うち入れてただ一人、愛宕山に持(も)て行きて、大きなる石を四つ隅(み)置きてその上にこの棺をち置きて、千手陀羅尼を片時休む時もな、うち寝(ぬ)もせず物も食湯水も飲で、声絶(はだ)えせず、誦奉りて、この棺をぐること、三年にな
  
-のなぎは三町斗ぞへたりけるに、かくへば、いとあさましくくうもみまほして「めつべくはいくらめせ」といへば「あたうと」とて、うちゐりうちゐざりおりつ三町をあがらくひつ。主の男ましう物くひつべき聖かな」とて、「しばしゐさせ給へ。物してめさせん」とて、白米一とりいでて、にしてくはせたれば「年比物もくはでこうじたるに」とて食てでていぬ+年の春、夢ともく、つつともなく、ほのか母の声にて。「この陀羅尼を、かく夜昼(よるひる)誦し給へば、われは、はやく男子(なん)となりて天に生まれにしかども、『同じくは仏にりて告げ申さん』とて、今までは告げ申さざりつるぞ。今は仏になりて告げ申すり」と言ふと聞こゆる時、「さひつることり。今ははやうなり給ひぬらん」とて、取り出で、そこにて焼きて、骨取り集めて、埋(うづ)みて、上にの卒塔婆など立てて、例のやうにして、京へ出づに、なと多く生ひたる所あり
  
-男「いとまし」と、思てこれを人にかたりけるをきつつ、坊城の右のおほ殿に人のかたり参らせければ「いかでかさはあらん。心かな。びて物はせてみん」と、おぼして、「結縁のために物まいらせてん」とて、ばせ給ければ、いみじげなる聖あゆまいる。そのしりに餓鬼・畜生・とらおほかみ・犬・からす・万の鳥獣、千万とあゆつづきてきけるを、こと人の目にかたえずただ聖ひとりとのみ見けるに、おとどみつけ給て「さればこそ、いみじき聖にこそありけれ。めでたし」と、おぼして白米十石をおものにして、あたらしき莚・薦におしき・をけひつなどに入て、いくいくときてはせさせ給ければ、しりにちたる物どもにはすれば、あつまりて手をささげてみなひつ。聖はつゆはで、悦てでぬ。「さればこそ、ただ人にはあらざりけり。仏などの変てありき給や」とおぼしけり。こと人の目には、唯聖ひとりして食とのみみえければ、いといとあさましき事に思けり+この聖、困(こう)じて、物いと欲しかりければ、道すがら折りて食くほどに、主(ぬし)の出で来て見れば、いと貴げなる聖の、かくすずろに折り食へば、「あさまし」と思て、「いかに、かくは召すぞ」言ふ。聖、「困じて、苦しきまに食ふなり」と言ふ時に、「さらば、参りぬべくは、いま少も、召さまほしからんほど召せ」といへば三十筋ばかり、「むずむず」と折り食ふ。 
 + 
 +このなぎは三町ばかりぞ植ゑたりけるに、かく食へば、いとあさましく、食はんやうも見まほしくて、「召しつべくは、いくらも召せ」と言へば、「あな、貴(たふと)」とて、うちゐざりうちゐざり、折りつつ、三町をさながら食ひつ。主(ぬし)の男、「あさましう、物食ひつべき聖かな」と、「しばし居させ給へ。物して召させん」とて、白米一石取り出でて、飯にして食はせたれば、「年ごろ物も食はで困じたるに」とて、みな食ひて、出でて往ぬ。 
 + 
 +この男「いとあさまし」と思ひて、これを人にりけるをきつつ、坊城の右の殿((藤原師輔))人のり参らせければ「いかでかさはあらん。心ことかな。びて物はせてみん」として、「結縁のためにらせてん」とて、ばせ給ければ、いみじげなる聖、歩る。その後(しり)餓鬼・畜生・・犬・・万(よろづ)の鳥獣ども、千万ときて来()けるを、こと人の目におほかたえずただ聖一人とのみ見けるに、この大臣(おとど)、見付け給「さればこそ、いみじき聖にこそありけれ。めでたし」として白米十石をおものにして、しき莚(むしろ)・薦(こも)、折敷(おしき)などに入て、いくいくときて、食はせさせ給ければ、後(しり)ちたる物どもにはすれば、まりて手をささげてみなひつ。聖はつゆはで、悦でぬ。 
 + 
 +「さればこそ、ただ人にはあらざりけり。仏などの変歩(あり)き給や」としけり。こと人の目には、ただ聖一人して食ふとのみ見えければ、いといとあさましきことに思ひけり。 
 + 
 +さて、出でて行くほどに、四条の北なる小路に、穢土(ゑど)をまる。この後(しり)に具したるもの、し散らしたれば、ただ墨のやうに黒きゑどを、ひまもなく((底本「ひまもなし」。諸本により訂正。))、はるばるとし散らしたれば、下種なども汚ながりて、その小路を「糞の小路」と付けたりけるを、御門((村上天皇))、聞かせ給ひて、「その四条の南をば、何といふ」と問はせ給ひければ、「綾小路となん申すす」と申しければ、「さらば、これをば錦小路と言へかし。あまり汚なき名かな」と仰せられけるよりしてぞ、錦小路とは言ひける。 
 + 
 +[[uji018|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺物語』TOP]] [[uji020|NEXT>>]] 
 + 
 +===== 万治二年版本挿絵 ===== 
 + 
 +{{:text:yomeiuji:ujipic06.jpg?600|}} 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今は昔せいとくひしりといふ聖のありけるか母の死たりけれはひ 
 +  つきにうち入てたたひとりあたこの山に持て行て大なる石を四の 
 +  すみにをきてその上にこのひつきをうちをきて千手陀羅尼 
 +  を片時やすむ時もなくうちぬる事もせす物もくはす湯水も 
 +  のまてこはたえもせす誦したてまつりて此ひつきをめくる事 
 +  三年に成ぬその年の春夢ともなくうつつともなくほのかに母の声 
 +  にて此陀羅尼をかくよるひる誦給へは我ははやく男子となりて 
 +  天にむまれにしかともおなしくは仏になりて告申さんとて今ま 
 +  てはつけ申ささりつるそ今は仏になりて告申也といふときこゆる/23ウy50 
 + 
 +  ときさ思つる事なり今ははやう成給ぬらんとてとりいててそこ 
 +  にてやきて骨とりあつめてうつみて上に石のそとはなとたてて例 
 +  のやうにして京へいつる道になきいとおほくおひたる所あり此聖こ 
 +  うして物いとほしかりけれは道すから折て食ほとにぬしの男出きて 
 +  みれはいとたうとけなる聖のかくすすろに折くへはあさましと思ていかにかく 
 +  はめすそといふ聖こうしてくるしきままにくふなりといふ時にさらはまいり 
 +  ぬへくはいますこしもめさまほしからんほとめせといへは三十筋はかり 
 +  むすむすと折くふこのなきは三町斗そうへたりけるにかくくへはいと 
 +  あさましくくはんやうもみまほしくてめしつへくはいくらもめせといへ 
 +  はあなたうととてうちゐさりうちゐさりおりつつ三町をさなからくひつ主 
 +  の男あさましう物くひつへき聖かなと思てしはしゐさせ給へ物して 
 +  めさせんとて白米一石とりいてて飯にしてくはせたれは年比物も 
 +  くはてこうしたるにとてみな食ていてていぬ此男いと浅ましと思て/24オy51 
 + 
 +  これを人にかたりけるをききつつ坊城の右のおほ殿に人のかたり参らせ 
 +  けれはいかてかさはあらん心えぬ事かなよひて物くはせてみんとおほして 
 +  結縁のために物まいらせてみんとてよはせ給けれはいみしけなる聖あ 
 +  ゆみまいるそのしりに餓鬼畜生とらおほかみ犬からす万の鳥獣共 
 +  千万とあゆみつつきてきけるをこと人の目に大かたみえすたた聖ひ 
 +  とりとのみ見けるに此おととみつけ給てされはこそいみしき聖に 
 +  こそありけれめてたしとおほして白米十石をおものにしてあたらしき 
 +  莚薦におしきをけひつなとに入ていくいくとをきてくはせさせ給 
 +  けれはしりにたちたる物ともにくはすれはあつまりて手をささけて 
 +  みなくひつ聖はつゆくはて悦ていてぬされはこそたた人にはあらさり 
 +  けり仏なとの変してありき給にやとおほしけりこと人の目には唯聖 
 +  ひとりして食とのみみえけれいといとあさましき事に思けり 
 +  さて出て行程に四条の北なる小路にゑとをまるこのしりにくしたるもの/24ウy52 
 + 
 +  しちらしたれはたた墨のやうにくろきゑとをひまもなしはるはるとしち 
 +  らしたれはけすなともきたなかりてその小路を糞の小路と付たり 
 +  けるを御門きかせ給てその四条の南をは何といふと問せ給けれは 
 +  綾小路となん申すと申けれはさらは是をは錦小路といへかしあまりきた 
 +  なき名哉と仰られけるよりしてそ錦小路とはいひける/25オy53
  
-さて出て行程に、四条の北なる小路に、ゑどをまる。このしりにぐしたるものしちらしたれば、ただ墨のやうにくろきゑどを、ひまもなし、はるばるとしちらしたれば、げすなどもきたながりて、その小路を「糞の小路」と付たりけるを、御門きかせ給て「その四条の南をば何といふ」と問せ給ければ、「綾小路となん申す」と申ければ、「さらば、是をば錦小路といへかし。あまりきたなき名哉」と仰られけるよりしてぞ、錦小路とはいひける。 
text/yomeiuji/uji019.1411806083.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa