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text:takafusa:s_takafusa001 [2024/02/27 21:33] – 作成 Satoshi Nakagawatext:takafusa:s_takafusa001 [2024/03/19 18:04] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 それよりこのかた、百夜(ももよ)を経て、鴫(しぎ)の羽根掻(はねがき)を数へ、千束(ちつか)まで錦木(にしきぎ)を立て、富士の高嶺の煙(けぶり)をば、わが思ひより立つかと驚き、清見が関の白波は、袖師(そでし)の浦よりもりにけるかとぞ騒ぎける。芹(せり)つむ人も、鯛釣る海人(あま)も、わぎもこがために心を尽すと言へり。 それよりこのかた、百夜(ももよ)を経て、鴫(しぎ)の羽根掻(はねがき)を数へ、千束(ちつか)まで錦木(にしきぎ)を立て、富士の高嶺の煙(けぶり)をば、わが思ひより立つかと驚き、清見が関の白波は、袖師(そでし)の浦よりもりにけるかとぞ騒ぎける。芹(せり)つむ人も、鯛釣る海人(あま)も、わぎもこがために心を尽すと言へり。
  
-業平(なりひら)の中将((在原業平))は、「わが身ひとつはもとの身にして(([[:text:ise:sag_ise004|『伊勢物語』第四段]]参照。))」と悲しびき。敏行(としゆき)のひょうえのかみ兵衛督(ひやうゑのかみ)((藤原敏行))は、「夢の通路人目よくらむ」と恨みたり。「三輪の山いかにまち見ん」は伊勢が言葉なり。「色見えでうつろふもの」は小町((小野小町))が思ひなるべし。+業平(なりひら)の中将((在原業平))は、「わが身ひとつはもとの身にして(([[:text:ise:sag_ise004|『伊勢物語』第四段]]参照。))」と悲しびき。敏行(としゆき)の兵衛督(ひやうゑのかみ)((藤原敏行))は、「夢の通路人目よくらむ」と恨みたり。「三輪の山いかにまち見ん」は伊勢が言葉なり。「色見えでうつろふもの」は小町((小野小町))が思ひなるべし。
  
 さぞな昔の人だにも、かかる歎きはありけりと、思ひとれどもとられねば、過ぎにしかたより今日までに、尽きぬ思ひの数々を、藻塩草(もしほぐさ)かき集めても見せたらば、ささがにのいとほしともや、言ふとてなるべし。 さぞな昔の人だにも、かかる歎きはありけりと、思ひとれどもとられねば、過ぎにしかたより今日までに、尽きぬ思ひの数々を、藻塩草(もしほぐさ)かき集めても見せたらば、ささがにのいとほしともや、言ふとてなるべし。
text/takafusa/s_takafusa001.1709037197.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa