text:shaseki:ko_shaseki01a-05
差分
このページの2つのバージョン間の差分を表示します。
両方とも前のリビジョン前のリビジョン | |||
text:shaseki:ko_shaseki01a-05 [2018/07/05 12:51] – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | text:shaseki:ko_shaseki01a-05 [2018/07/05 12:52] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
---|---|---|---|
行 6: | 行 6: | ||
春日の大明神の御託宣には、「明慧房((明恵))・解脱房((貞慶。[[ko_shaseki01a-02|巻1-2]]参照。))をば、わが太郎・次郎と思ふなり」とこそ仰せられけれ。 | 春日の大明神の御託宣には、「明慧房((明恵))・解脱房((貞慶。[[ko_shaseki01a-02|巻1-2]]参照。))をば、わが太郎・次郎と思ふなり」とこそ仰せられけれ。 | ||
- | ある此、両人、春日の御社((春日大社))へ参詣し給ひけるに、春日野の鹿の中に、膝を折りて伏して敬ひ奉りけり。 | + | あるころ、両人、春日の御社((春日大社))へ参詣し給ひけるに、春日野の鹿の中に、膝を折りて伏して敬ひ奉りけり。 |
明慧房上人、渡天のこと、心中ばかり思ひたち給ひけるに、湯浅にて、春日の大明神、御託宣ありて、留め給へり。かの御託宣の日記侍るとぞ承はれ。はるばると離れんことを歎き思し召すよしの仰せありて、御留めありけるこそ、あはれに思ゆれ。「もし思ひ立ち候はば、天竺へ安穏に渡りなんや」と申し給ひければ、「われだに守らば、などか」とこそ、仰せありけれ。その時、上人の手をねぶらせ給ひけるが、一期のほど香ばしかりけるとぞ。 | 明慧房上人、渡天のこと、心中ばかり思ひたち給ひけるに、湯浅にて、春日の大明神、御託宣ありて、留め給へり。かの御託宣の日記侍るとぞ承はれ。はるばると離れんことを歎き思し召すよしの仰せありて、御留めありけるこそ、あはれに思ゆれ。「もし思ひ立ち候はば、天竺へ安穏に渡りなんや」と申し給ひければ、「われだに守らば、などか」とこそ、仰せありけれ。その時、上人の手をねぶらせ給ひけるが、一期のほど香ばしかりけるとぞ。 |
text/shaseki/ko_shaseki01a-05.txt · 最終更新: 2018/07/05 12:52 by Satoshi Nakagawa