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| text:sesuisho:n_sesuisho3-040 [2021/10/01 18:34] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:sesuisho:n_sesuisho3-040 [2021/10/01 22:23] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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| - | 月迫(けつぱく)になり、殿の台所ととのひがたし。せんかたなさに家老(からう)の人たくみ出だし、有力(いうりよく)なる百姓のもとへ行き、「そちは貞心(ていしん)にことを沙汰する条、重宝の者なり。歳の暮れの祝ひに名字をつかはすべき旨なり。めでたきことや」と言ふ。「いや、ただ今の分にて、御許容(ごきよよう)あるやうに御とりなしを頼む」と言へど、とかく言ひなし、同心させけり。 | + | 月迫(げつぱく)になり、殿の台所ととのひがたし。せんかたなさに家老(からう)の人たくみ出だし、有力(いうりよく)なる百姓のもとへ行き、「そちは貞心(ていしん)にことを沙汰する条、重宝の者なり。歳の暮れの祝ひに名字をつかはすべき旨なり。めでたきことや」と言ふ。「いや、ただ今の分にて、御許容(ごきよよう)あるやうに御とりなしを頼む」と言へど、とかく言ひなし、同心させけり。 |
| 「さりながら、それは礼儀いかほどいり候はんや」と尋ぬる時、「三十石ほどがよからう」とあれば、なかなか隔心(きやくしん)の気色(けしき)なるまま、「さらば二十石にても苦しかるまじき」になりぬ。「さて、名字は野々村といふべし」と((「と」は底本「を」。諸本により訂正。))。 | 「さりながら、それは礼儀いかほどいり候はんや」と尋ぬる時、「三十石ほどがよからう」とあれば、なかなか隔心(きやくしん)の気色(けしき)なるまま、「さらば二十石にても苦しかるまじき」になりぬ。「さて、名字は野々村といふべし」と((「と」は底本「を」。諸本により訂正。))。 | ||
text/sesuisho/n_sesuisho3-040.1633080892.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa
