text:sanboe:ka_sanboe2-02
差分
このページの2つのバージョン間の差分を表示します。
| 両方とも前のリビジョン前のリビジョン | |||
| text:sanboe:ka_sanboe2-02 [2024/09/01 13:39] – [翻刻] Satoshi Nakagawa | text:sanboe:ka_sanboe2-02 [2024/09/05 21:57] (現在) – Satoshi Nakagawa | ||
|---|---|---|---|
| 行 4: | 行 4: | ||
| ===== 校訂本文 ===== | ===== 校訂本文 ===== | ||
| - | [[ka_sanboe2-01g|<< | + | [[ka_sanboe2-01g|<< |
| 役優婆塞(えんのうばそく)、俗姓(ぞくしやう)は賀茂役公(かものえのきみ)、今は賀茂朝臣と((底本「もとのえのきみ、いまはたたもの朝臣」に「賀茂役公今は賀茂朝臣と云或」と異本注記。異本注記に従う。))と云ふ氏なり。名をば小角(をづぬ)といひき。大和国葛城の上郡(かみのこほり)千原村の人なり。 | 役優婆塞(えんのうばそく)、俗姓(ぞくしやう)は賀茂役公(かものえのきみ)、今は賀茂朝臣と((底本「もとのえのきみ、いまはたたもの朝臣」に「賀茂役公今は賀茂朝臣と云或」と異本注記。異本注記に従う。))と云ふ氏なり。名をば小角(をづぬ)といひき。大和国葛城の上郡(かみのこほり)千原村の人なり。 | ||
| 行 28: | 行 28: | ||
| 古人伝へて云はく、「役行者、みづからは草座に乗りて、母をば鉢に乗せて唐へ渡りにけり」と言へり。葛木山の谷の底には、常に物の呻(によ)ふ声聞こゆるを、人尋ね至りて見れば、大きなる岩を大きなる藤纏(もと)ひ縛れるを疑ひて、その藤を切れども、すなはちまた元のごとくに成りわたりぬ。また橋の料(れう)にせし石は、削り造りて今に峰谷に多かりといへり。 | 古人伝へて云はく、「役行者、みづからは草座に乗りて、母をば鉢に乗せて唐へ渡りにけり」と言へり。葛木山の谷の底には、常に物の呻(によ)ふ声聞こゆるを、人尋ね至りて見れば、大きなる岩を大きなる藤纏(もと)ひ縛れるを疑ひて、その藤を切れども、すなはちまた元のごとくに成りわたりぬ。また橋の料(れう)にせし石は、削り造りて今に峰谷に多かりといへり。 | ||
| - | [[ka_sanboe2-01g|<< | + | [[ka_sanboe2-01g|<< |
| ===== 翻刻 ===== | ===== 翻刻 ===== | ||
text/sanboe/ka_sanboe2-02.1725165585.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa
