text:kohon:kohon065
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| text:kohon:kohon065 [2025/12/15 13:50] – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | text:kohon:kohon065 [2025/12/15 13:58] (現在) – Satoshi Nakagawa | ||
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| さて、飛び上るほどに、人々、見ののしり、あさみ、騒ぎ合ひたり。倉主もさらにすべきやうもなければ、「この倉の行かむ所を見む」とて、尻に立ちて行く。そのわたりの人々、皆行きけり。 | さて、飛び上るほどに、人々、見ののしり、あさみ、騒ぎ合ひたり。倉主もさらにすべきやうもなければ、「この倉の行かむ所を見む」とて、尻に立ちて行く。そのわたりの人々、皆行きけり。 | ||
| - | さて見れば、やうやう飛びて、河内(かうち)の国に、この聖の行ふ傍らに、どうと落ちぬ。「いといとあさまし」と思ひて、さりとて、あるべきならねば、聖のもとにこの倉主寄りて申すやう、「かかるあさましきことなむ候ふ。この鉢の常に詣(ま)で来れば、物入れつつ参らするを、今日、まぎらはしく候ひつるほどに、倉に置きて忘れて、取りも出でで、錠をさして候ひければ、倉ただ揺るぎに揺るぎて、ここになむ飛びて詣で来て、落ち立ちて候ふ。この倉返し給ひ候はん」と申す時に、「まことに怪しきことなれど、さ飛びて来にければ、倉はえ返し取らせじ。ここにもかやうの物も無きに、をのづからさやうの物も置かん。よしよし、内ならむ物は、さながら取れ」とのたまへば、主の言ふやう、「いかにしてか、たちまちには運び取り候ふべからむ。物千石積みて候ひつるなり」と言へば、「それはいとやすき事なり。たしかに、我運びて取らせむ」とて、この鉢に米一俵(ひとたわら)を入れて飛すれば、雁(かり)などの続きたるやうに、残りの米ども、続きたり。群雀(むらすずめ)などのやうに飛び続きたるを見るに、いといとあさましく貴ければ、主の言ふやう、「しばし皆な遣(つか)はしそ。米二三百は留めて使はせ給へ」と言へば、聖、「あるましきことなり。それ、ここに置きては、何にかせん」と言へば、「さは、ただ使はせ給ふばかり、十廿をも」と言へど、「さまでも、要るべき事あらばこそ留めめ」とて、主の家にたしかに皆落ちゐにけり。 | + | さて見れば、やうやう飛びて、河内(かうち)の国に、この聖の行ふ傍らに、どうと落ちぬ。「いといとあさまし」と思ひて、さりとて、あるべきならねば、聖のもとにこの倉主寄りて申すやう、「かかるあさましきことなむ候ふ。この鉢の常に詣(ま)で来れば、物入れつつ参らするを、今日、まぎらはしく候ひつるほどに、倉に置きて忘れて、取りも出でで、錠をさして候ひければ、倉ただ揺るぎに揺るぎて、ここになむ飛びて詣で来て、落ち立ちて候ふ。この倉返し給ひ候はん」と申す時に、「まことに怪しきことなれど、さ飛びて来にければ、倉はえ返し取らせじ。ここにもかやうの物も無きに、をのづからさやうの物も置かん。よしよし、内ならむ物は、さながら取れ」とのたまへば、主の言ふやう、「いかにしてか、たちまちには運び取り候ふべからむ。物千石積みて候ひつるなり」と言へば、「それはいとやすき事なり。たしかに、我運びて取らせむ」とて、この鉢に米一俵(ひとたわら)を入れて飛すれば、雁(かり)などの続きたるやうに、残りの米ども、続きたり。群雀(むらすずめ)などのやうに飛び続きたるを見るに、いといとあさましく貴ければ、主の言ふやう、「しばし皆な遣(つか)はしそ。米二三百は留めて使はせ給へ」と言へば、聖、「あるまじきことなり。それ、ここに置きては、何にかせん」と言へば、「さは、ただ使はせ給ふばかり、十廿をも」と言へど、「さまでも、要るべき事あらばこそ留めめ」とて、主の家にたしかに皆落ちゐにけり。 |
| かやうに貴く行なひて過ぐすほどに、その頃、延喜の御門、重くわづらはせ給ひて、さまざまの御祈りども、御修法(ずをう)、御読経など、よろづにせらるれど、さらにえ怠らせ給はず。ある人の申すやう、「河内に信貴(しんぎ)と申す所に、この年ごろ行ひて里へ出づる事もせぬ聖候ふなり。それこそ、いみじく貴く、験(しるし)ありて、鉢を飛ばし、さて居ながらよろづの有難きことをし候ふなれ。それを召して祈らせさせ候はば、怠らせ給ひなむかし」と申せば、「さは」とて、蔵人を使ひにて召しに遣はす。 | かやうに貴く行なひて過ぐすほどに、その頃、延喜の御門、重くわづらはせ給ひて、さまざまの御祈りども、御修法(ずをう)、御読経など、よろづにせらるれど、さらにえ怠らせ給はず。ある人の申すやう、「河内に信貴(しんぎ)と申す所に、この年ごろ行ひて里へ出づる事もせぬ聖候ふなり。それこそ、いみじく貴く、験(しるし)ありて、鉢を飛ばし、さて居ながらよろづの有難きことをし候ふなれ。それを召して祈らせさせ候はば、怠らせ給ひなむかし」と申せば、「さは」とて、蔵人を使ひにて召しに遣はす。 | ||
text/kohon/kohon065.1765774220.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa
