text:kohon:kohon001
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| text:kohon:kohon001 [2019/03/04 23:04] – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | text:kohon:kohon001 [2025/11/28 14:53] (現在) – Satoshi Nakagawa | ||
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| 今は昔、大斎院((選子内親王))と申すは、村上((村上天皇))の十の宮におはします。御門のあまたたびたび替らせ給へど、この斎院は動きなくておはしましけり。 | 今は昔、大斎院((選子内親王))と申すは、村上((村上天皇))の十の宮におはします。御門のあまたたびたび替らせ給へど、この斎院は動きなくておはしましけり。 | ||
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| 船岡ののおろしの風、冷やかに吹きたれば、御前の御簾の少しうち揺ぐにつけて、薫物(たきもの)の香のえもいはず香ばしく、冷ややかに匂ひ出でたる香を、かくに御格子は下されたらんに、薫物の匂ひのはなやかなれば、「いかなるにかあらむ」と思ひて見やれば、風に吹かれて御几帳少し見ゆ。御格子もいまだ下ろさぬなりけり。「月御覧ずとて、おはしましけるままにや」とおもふほどに、奥深き箏の琴の、平調に調(しら)められたる音(こゑ)の、ほのかに聞こゆるに、「さは、かかる事も世にはあるなりけり」と、あさましく思ゆ。 | 船岡ののおろしの風、冷やかに吹きたれば、御前の御簾の少しうち揺ぐにつけて、薫物(たきもの)の香のえもいはず香ばしく、冷ややかに匂ひ出でたる香を、かくに御格子は下されたらんに、薫物の匂ひのはなやかなれば、「いかなるにかあらむ」と思ひて見やれば、風に吹かれて御几帳少し見ゆ。御格子もいまだ下ろさぬなりけり。「月御覧ずとて、おはしましけるままにや」とおもふほどに、奥深き箏の琴の、平調に調(しら)められたる音(こゑ)の、ほのかに聞こゆるに、「さは、かかる事も世にはあるなりけり」と、あさましく思ゆ。 | ||
| - | よきほどに調められて、音もせずなりぬれば、「今は内裏(うち)へ帰り参りなん」と思ふほどに、人々の言ふやう「かくおかしくめでたき御有様を、『人聞きけり』とおぼしめされん料に知らればや」など言へば、「げに、さもある也」とて、寝殿の丑寅の隅の妻戸には、人の参りて女房にもの言ふ所也、住吉の姫君の物語のさうし、そこには立てられたる。そなたに、人二人ばかり歩み寄りて気色ばめば、かねてより女房二人ばかり、物語して出でたりけり。殿上人、女房、起きたらむとも知らぬに、かく居たれば、思ひかけず覚ゆ。女房は夜より物語して、月の明かかりければ、「居あかさむ」と思ひてゐたるに、かく思ひかけぬ人の参りたれば、いみじくあはれに思ひたるに、気色ばかり奥の方に、碁石笥に碁石を入るる音す。御前にも昔思し召し出でて、あはれに思しけむかし。 | + | よきほどに調められて、音もせずなりぬれば、「今は内裏(うち)へ帰り参りなん」と思ふほどに、人々の言ふやう「かくおかしくめでたき御有様を、『人聞きけり』とおぼしめされん料に知らればや」など言へば、「げに、さもあることなり」とて、寝殿の丑寅の隅の妻戸には、人の参りて女房にあひてもの言ふ所なり、住吉の姫君の物語のさうし、そこには立てられたる。そなたに、人二人ばかり歩み寄りて気色ばめば、かねてより女房二人ばかり、物語して出でたりけり。殿上人、女房、起きたらむとも知らぬに、かく居たれば、思ひかけず覚ゆ。女房は夜より物語して、月の明かかりければ、「居あかさむ」と思ひてゐたるに、かく思ひかけぬ人の参りたれば、いみじくあはれに思ひたるに、気色ばかり奥の方に、碁石笥に碁石を入るる音す。御前にも昔思し召し出でて、あはれに思しけむかし。 |
| - | 昔の殿上人は常に参りつつ、をかしき遊びなど琴・琵琶も常に弾きけるを、今はさやうの事する人も無ければ、参る人もなし。たまたま参れど、さやうの事する人もなきを、口惜しく思し召されけるに、今宵の月の明かければ、昔思し出でられて、ものあはれによろずにながめさせ給ひて、御物語などして、御殿籠らざりけるに、夜いたう更けにたれば、物語しつる人々も、御前にやがてうたたねに寝にけり。わが御めは覚めさせ給ひたりければ、御琴を手すさみに調めさせ給ひたりけるほどに、かく人々参りたれば、昔思えてなむあはれに思し召しける。 | + | 昔の殿上人は常に参りつつ、をかしき遊びなど琴・琵琶も常に弾きけるを、今はさやうの事する人も無ければ、参る人もなし。たまたま参れど、さやうの事する人もなきを、口惜しく思し召されけるに、今宵の月の明かければ、昔思し出でられて、ものあはれによろづにながめさせ給ひて、御物語などして、御殿籠らざりけるに、夜いたう更けにたれば、物語しつる人々も、御前にやがてうたたねに寝にけり。わが御めは覚めさせ給ひたりければ、御琴を手すさみに調めさせ給ひたりけるほどに、かく人々参りたれば、昔思えてなむあはれに思し召しける。 |
| 「この人々は、かやうのわざ少しす」と聞こしめしたるにやあらん、御琴・琵琶など出ださせ給へれば、わざとにはなくて、調(しら)めあはせつつ、もの一二(ひとつふたつ)ばかりづつ弾きて、夜明け方になりぬれば、内裏(うち)へ帰り参りぬ。殿上にて、あはれにやさしく面白かりつるよしを語れば、参らぬ人はいみじく口惜しかりけり。 | 「この人々は、かやうのわざ少しす」と聞こしめしたるにやあらん、御琴・琵琶など出ださせ給へれば、わざとにはなくて、調(しら)めあはせつつ、もの一二(ひとつふたつ)ばかりづつ弾きて、夜明け方になりぬれば、内裏(うち)へ帰り参りぬ。殿上にて、あはれにやさしく面白かりつるよしを語れば、参らぬ人はいみじく口惜しかりけり。 | ||
| 行 43: | 行 45: | ||
| 「『この世はめでたく、心にくく、優にて過ぎさせ給へるに、後の世いかが』と思ひ参らせしに、ひたぶるに御行ひたゆみなくせさせ給ひて、御有様あらはに、極楽疑ひなく、めでたくて失せさせ給ひしかば、『一定極楽へ参らせ給ひぬらん』となむ、入道の中将((源成信))よろこび給ひし」と語り給ひし。 | 「『この世はめでたく、心にくく、優にて過ぎさせ給へるに、後の世いかが』と思ひ参らせしに、ひたぶるに御行ひたゆみなくせさせ給ひて、御有様あらはに、極楽疑ひなく、めでたくて失せさせ給ひしかば、『一定極楽へ参らせ給ひぬらん』となむ、入道の中将((源成信))よろこび給ひし」と語り給ひし。 | ||
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| ===== 翻刻 ===== | ===== 翻刻 ===== | ||
| 行 138: | 行 142: | ||
| に人々のいふ様かくおかしくめてたき御有さま | に人々のいふ様かくおかしくめてたき御有さま | ||
| をひとききけりとおほしめされんれうにしら | をひとききけりとおほしめされんれうにしら | ||
| - | れはやなといへはけにさもある也とてしむ殿の | + | れはやなといへはけにさもある事也とてしむ殿の |
| うしとらのすみのつまとには人のまいりて女房に | うしとらのすみのつまとには人のまいりて女房に | ||
| - | ものいふ所也すみよしのひめ君のものかた | + | |
| りのさうしそこにはたてられたるそなたに | りのさうしそこにはたてられたるそなたに | ||
| 人ふたりはかりあゆみよりてけしきはめば | 人ふたりはかりあゆみよりてけしきはめば | ||
| 行 159: | 行 163: | ||
| するひともなきをくちをしくおほしめされけ | するひともなきをくちをしくおほしめされけ | ||
| るにこよひの月のあかけれはむかしおほし | るにこよひの月のあかけれはむかしおほし | ||
| - | いてられてものあはれによろすになかめさせ給て | + | いてられてものあはれによろつになかめさせ給て |
| 御ものかたりなとして御とのこもらさりけるに | 御ものかたりなとして御とのこもらさりけるに | ||
| 夜いたうふけにたれはものかたりしつる人々も | 夜いたうふけにたれはものかたりしつる人々も | ||
text/kohon/kohon001.1551708261.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa
