text:kankyo:s_kankyo028
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text:kankyo:s_kankyo028 [2015/08/03 04:45] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:kankyo:s_kankyo028 [2015/08/03 16:33] (現在) – Satoshi Nakagawa | ||
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===== 校訂本文 ===== | ===== 校訂本文 ===== | ||
- | | + | 唐土(もろこし)に侍りし時、人の語り侍りしは、昔、この国に卑しからぬ人ありけり。その家、極めて豊かなり。 |
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- | ゆたか也秋夜高楼にのほりて月おなかめてありけ | + | 秋夜、高楼に登りて、月を眺めてありけるに、夜静まり、人寝さだまりて、音する物なし。かかりけるに、そこなりける馬と牛と物語りをなんしける。馬の言ふやう、「あな、悲し、わびし。いかなる罪の報ひにて、この人に使はれて、昼は日暮しといふばかりに、かく使はれ居(お)るらん。夜も心よくうち休むべきに、杖目(つゑめ)ことに痛くわびしく、あまり苦しくて、心のままにもえ休まず。明日、またいかさまに使はれんとすらん。これを思ふに、とにかくに寝(い)ねも安からず」と言ふ。また、牛の言ふやう、「さればこそ。あはれ悲しきものかな。我、かかる身を受けたるとは思へども、さしあたりては、ただこの人の恨めしさ、するかた |
- | | + | なく思ゆる」と言ひけり。 |
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- | かたりをなんしける馬のいふやうあなかなし | + | |
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- | いたくわひしくあまりくるしくて心のままにもゑ/下22ウb194 | + | |
- | やすますあすまたいかさまにつかはれんとすらん | + | これを聞くに、心もあられず悲しくて、妻(め)と娘とに言ふやう、「我は、今夜(こよひ)忍びてこの家を出でんと思ふことあり。かかること侍るぞや。今、あり経んままには、かやうのことぞ積るべき。財(たから)は身の敵(あた)にて侍るにこそ。この家をば捨てて、いづくともなく行きて、人もなからん所の、静かならんに行きて、後世のこと思ひてあらむずるなり。そこたちは、ここに留(と)まるべし」と言ひければ、二人の人の言ふやう、「誰を頼みてある身なればか、残りては侍るべき。いづくにても、おはせん方にこそ慕ひ聞こえめ」と言ふ。「さらば、さにこそは侍るなれ」とて、親子三人、忍びに出でにけり。 |
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- | また牛のいふやうされはこそあはれかなしき | + | |
- | ものかな我かかる身をうけたるとはおもへともさし | + | |
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- | なくおほゆるといひけりこれをきくに心もあられす | + | |
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- | のひてこのいゑをいてんとおもふ事ありかかる/下23オb195 | + | |
- | 事侍そやいまありへんままにはかやうの事そつもる | + | さて、遥かに行きて、思ひかけぬ山の麓に、庵、形のやうに構へて、笊器(さうき)といふものを日に三つ作りて、この娘にて売りに出だしける。 |
- | へきたからは身のあたにて侍にこそこのいゑ | + | |
- | をはすてていつくともなくゆきて人もなからん | + | |
- | 所のしつかならんにゆきて後世の事おもひ | + | |
- | てあらむする也そこたちはここにとまるへしと | + | |
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- | もおはせんかたにこそしたひきこゑめといふ/下23ウb196 | + | |
- | さらはさにこそは侍なれとておやこ三人しのひに | + | かくて世を渡りけるほどに、ある時、この笊器を買ふ人なし。むなしく返りぬ。また次の日の分、具して持(も)て出でたれども、その日も買う者なし。また次の日の分、具して九の笊器を持て行きたりけれども、この日も買う者なし。娘、思ひ歎きて、かくてのみ日は重なる。我が父母の命も長らへがたかるべし。いかさまにせむ」と煩ひけるほどに、道に銭を一貫落したりけり。この女、笊器をこの銭に結び付けて、笊器の価(あたひ)を数へて、銭を取りて、残りの銭と笊器とをば、もとの所に置きて来にけり。 |
- | いてにけりさてはるかにゆきて思ひかけぬ山の | + | |
- | ふもとにいほりかたのやうにかまゑてさうきといふ | + | |
- | ものおひに三つくりてこのむすめにてうりに | + | |
- | いたしけるかくてよをわたりけるほとにある時 | + | |
- | | + | |
- | つきの日のふんくしてもていてたれともその日も | + | |
- | かうものなしまたつきの日のふんくして九の/下24オb197 | + | |
- | | + | さて、このよしを語りければ、父、大きに驚きて言ふやう、「何わざ営まんとて、持ちたる銭にかありつらむ。親のものにてもありつらむ、主(しう)のものにてもあるべし。たとひ取るにても、一つの笊器を置きて一の価をこそ取るべけれ。いかなる者か、一人して笊器を九つ買ふことあるべき。かかる濁りある心持たらん者は、踈ましく思ゆ。はや、みな持て行きて、もとの銭に貫き具して、ただ笊器を取りて来よ」と言ふ。娘、行きて見るに、この銭、なほありければ、もとのままにして、笊器を取りて来て見れば、父も母も共に手を合はせて、頭(かうべ)を垂れて死ににけり。「あな、悲しのわざや。我もありては何(なに)かせん」とて、娘もそばに居て死ににけりとなん。 |
- | なしむすめ思なけきてかくてのみ日はかさなる | + | |
- | わか父母の命もなからゑかたかるへしいかさまにせ | + | |
- | むとわつらひけるほとに道にせにを一貫おとした | + | |
- | りけりこの女さうきをこのせににむすひつけて | + | |
- | さうきのあたひをかそゑてせにをとりてのこり | + | |
- | のせにとさうきとをはもとの所におきてきにけり | + | |
- | さてこのよしをかたりけれは父おほきにおとろ/下24ウb198 | + | |
- | | + | これを聞き侍りしに、あはれ尽しがたく侍りき。まことに、さやうの心を持ちてこそ、仏の道をも願ふべきに、身にはわづかに道を学ぶやうにすれども、心は常に濁りに染みたらんは、さだめて三宝を欺く咎もあるべし。いかが侍るべからむと、悲しくあぢきなし。 |
- | 銭にかありつらむおやのものにてもありつらむし | + | |
- | うのものにてもあるへしたとひとるにても一の | + | |
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- | なるものかひとりしてさうきを九かう事あるへ | + | |
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- | おほゆはやみなもてゆきてもとの銭につらぬき | + | |
- | くしてたたさうきをとりてこよといふむすめゆき/下25オb199 | + | |
- | てみるにこのせになをありけれはもとのままにして | + | かの昔の三人、今いかなる菩薩にて、いづれの仏の御国(みくに)にかいまそかるらん。「願はくは、我心をあはれみて、念々に彼に等しからむと思ふ心を給へ」と、心の中(うち)に念じ侍りき。 |
- | さうきをとりてきてみれはちちも母もともにてを | + | |
- | あはせてかうへをたれてしににけりあなかな | + | |
- | しのわさや我もありてはなにかせんとてむす | + | |
- | めもそはにいてしににけりとなんこれをきき | + | |
- | 侍しにあはれつくしかたく侍きまことにさやうの心 | + | |
- | をもちてこそ仏のみちをもねかふへきに身にわつ | + | |
- | かに道をまなふやうにすれとも心はつねににこりに/下25ウb200 | + | |
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- | しみたらんは定て三宝をあさむくとかもある | + | |
- | へしいかか侍へからむとかなしくあちきなしかのむか | + | |
- | しの三人いまいかなる菩薩にていつれの仏のみ国 | + | |
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- | かれにひとしからむとおもふこころをたまへと | + | |
- | | + | |
- | をもゑにかきてうるとそかたり侍しすへても | + | |
- | ろこしはかやうの事はいみしくなけありてなき/下26オb201 | + | |
- | あとまても侍にやこのやまとの国にはさやうの | + | さても、この人どもの姿をも、絵に描きて売るとぞ、語り侍りし。すべて唐土は、かやうのことはいみじく情けありて、亡き後までも侍るにや。この日本(やまと)の国には、さやうの人の姿、買う者もよにあらじ。描きて売らんとする人も、また稀(まれ)なるべきにや。 |
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===== 翻刻 ===== | ===== 翻刻 ===== | ||
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ゆたか也秋夜高楼にのほりて月おなかめてありけ | ゆたか也秋夜高楼にのほりて月おなかめてありけ | ||
るに夜しつまり人ねさたまりておとする物なし | るに夜しつまり人ねさたまりておとする物なし | ||
- | かかりけるにそこなりけむむまとうしともの | + | かかりけるにそこなりけるむまとうしともの |
かたりをなんしける馬のいふやうあなかなし | かたりをなんしける馬のいふやうあなかなし | ||
わひしいかなるつみのむくひにてこの人につか | わひしいかなるつみのむくひにてこの人につか | ||
- | はれてひるは日くらしといふはかりによくつかはれたる | + | はれてひるは日くらしといふはかりにかくつかはれおる |
らんよるも心よくうちやすむへきにつゑめことに | らんよるも心よくうちやすむへきにつゑめことに | ||
いたくわひしくあまりくるしくて心のままにもゑ/下22ウb194 | いたくわひしくあまりくるしくて心のままにもゑ/下22ウb194 | ||
行 152: | 行 92: | ||
めもそはにいてしににけりとなんこれをきき | めもそはにいてしににけりとなんこれをきき | ||
侍しにあはれつくしかたく侍きまことにさやうの心 | 侍しにあはれつくしかたく侍きまことにさやうの心 | ||
- | をもちてこそ仏のみちをもねかふへきに身にわつ | + | をもちてこそ仏のみちをもねかふへきに身にはわつ |
かに道をまなふやうにすれとも心はつねににこりに/下25ウb200 | かに道をまなふやうにすれとも心はつねににこりに/下25ウb200 | ||
行 162: | 行 102: | ||
心のうちにねんし侍きさてもこの人とものすかた | 心のうちにねんし侍きさてもこの人とものすかた | ||
をもゑにかきてうるとそかたり侍しすへても | をもゑにかきてうるとそかたり侍しすへても | ||
- | ろこしはかやうの事はいみしくなけありてなき/下26オb201 | + | ろこしはかやうの事はいみしくなさけありてなき/下26オb201 |
あとまても侍にやこのやまとの国にはさやうの | あとまても侍にやこのやまとの国にはさやうの |
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