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雑談集

巻5第3話(38) 中道義の事

校訂本文

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八不中道は法門の義理の至極なり。三論に専(もつぱ)らこれを用ゆ。三論宗は天台の法門に大概あひ似たり。中道と中諦(ちうたい)とは、同体と云ひながら、少分異なり。中諦は一往、別教離辺(べつけうりへん)の中に合(がつ)せり。雲外(うんぐわい)の月のごとし。中道は法々全く円満して、煩悩即菩提(ぼんなうそくぼだい)、生死即涅槃(しやうじそくねはん)なり。一色一香無非中道(いつしきいつかうむひちうだう)と釈し給へり。世間の法、実に中道なるほどに、迷ひの前の陰陽・五行・三科等、いづれかその義なからむ。まこと陽も陰も偏(へん)なれば、五穀等成就せず、日照り水まさるがごとし。

中道なること、何につけても得(とく)なるべし。火に当たるも、遠きは寒し、近きは熱し。食物(しよくもつ)も過ぎて病ひおこる。不足にて力なし。経に云はく、「多く食すれば、病苦を致し、小(すこ)し食せば気力衰ふ。中に処して食せば科のごとく、高下無し。云々」。八斎闌戒の中の不過中食は、五道の因を断じて中道に住せしむためなりと云へり。「地獄は夜中に食し、餓鬼は初夜に食し、修羅は日晡(じつほ)に食し、畜生は時尅(じこく)なし、諸天は朝食す」と云へり。仏1)は中国に出世し、中夜に城(じやう)を越え、中夜に御入滅、みな中道を表(へう)する御事なり。

四十二章経に、「仏弟子、夜、経を誦するあり。声高く急(きふ)なりけり。仏、召して問ひて云はく、『なんぢ、家に在りて何事を作(な)す。云々』。答ふ、『琴を弾ず』。仏の言はく、『琴の絃、急なるよしや、緩(くわん)なるよしや』。答ふ、『ともに悪しく侍り。中なるよし』。仏の言はく、『経の音(こゑ)急なり。中に読誦すべし。云々』。急なれば退し、緩なれば成らず」と云へり。

志を堅くして行ずれば、久しく退かざるよし。道を行くも、遠き道は、初めは漸々(ぜんぜん)行(ゆ)いて遠く行かるる。急なれば足を病むなり。座禅・行法等も、日久しくすれは身をよくよく調練して、久しく行ぜらるることなり。薬を丸(ぐわん)し、料理(れうり・しつらひ)をし、的を射る等のこと、みな心なるよし。これらを下地として、仏法に入るべし。

断常有無(だんじやううむ)の二見、みな中道にあるべし。遮詮(しやせん)は無を宗として、空門なり。凡夫の有執(うしふ)深きゆゑなり。三十年の般若、空門の遮詮の法門なり。表詮(へうせん)は有門なり。仮諦(けたい)の相用なり。遮詮の後は、必ず表詮なり。この二門を偏(へん)に用ゆれば、ややもすれは有無の二見に堕す。肇公(でうかう)の云はく、「非有非無と云ふは、中道の義なり」。しかるに無を愛する人の意(こころ)は非有と云ふ。この有にあらず無にあらずと云ふは、また無をも非ずと。これただ一向遮詮なり。中道にあらず。経に、顛倒して諸法の有無を分別す。

ある上人、「有をば妄語なり。無は実語なり」と執(しつ)して、一向(いつかう)空門を執し侍りし。「多く遮詮の法門を執して、非心仏無為無相を貴び、即ち心仏等の表詮を軽(かろ)く思へること、世もつてみな尓(しか)なり」と、智覚禅師2)の誡めたり。

中道の法門、もつとも信ずべし。法華の衣座室(えざしつ)は三諦(さんだい)の法門の本説なり。諸法の空は座なり。凡夫はこれを知らず。ただ有に執するなり。大慈悲の室、妙仮(めうけ)なり。二乗は入らず、忍辱は中道なり。初心の菩薩、なほ着(ちやく)せず。凡夫、二乗着すべからず。諸法空の座を地として、大慈家を建立し、煩悩即菩提、生死即涅槃の忍衣(にんえ)を着する、これまことの菩薩なり。中道と云ふは一心の本性なり。一色一香、森羅万象(しんらまんざう)、ただ一箇の円融(ゑんゆ)法界なり。一塵一毛も外に見ざる物を。

一心法界、人のため分別する時は三大義となる。中諦(ちうたい)・仮諦(けたい)・空諦(くうたい)なり。されば、中諦は一往(いちわう)は異なり。分別の時の法門なり。空道仮の名、昔よりなし。これをもて知るべきことなり。別教の中道は中諦なり。双非を宗として、雲外の月のごとし。義、中諦に似、空仮に対す。円教の中道は即辺の中なり。無相対物、今の経の正体なり。天台の御釈3)に見えたり。無住の心体、純一円満の処なり。

楽天4)、「大隠は朝市にまじはり、小隠は深山に入る。深山もすさまじ、朝市もさはがし。われは中隠を造らん」と云ひて、わづかの禄(ろく)をもつて身を助けて、出入(しゆつにふ)心に任せ、仏法を信じ、跡学びたく侍り。よつて、小庵を寺の辺(へん)に構へて、心に任せて出入し、昏蒙(こんもう)を散じ喧鬧(けんたう)5)を離る。荊渓大師6)も、「末世の住処(ぢゆうしよ)は寺辺(じへん)の独住(とくじゆう)勝(すぐ)れたり」とほめ給へり。

おほかた万事中道なること、世間出世神妙(しんべう)にすべきものなり。およそ昔の上人、機強く志堅くして、衣食・住処、頭陀の行人のごとし。今の代の上人、年を逐(お)ひて名僧のごとし。これも中道にありたく覚え侍り。

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  中道義ノ事
八不中道ハ法門ノ義理ノ至極也三論ニ専用ユ之ヲ三論宗ハ天
台ノ法門ニ大概相ヒ似タリ中道ト中諦トハ同体ト云ナカラ少
分異ナリ中諦ハ一往別教離辺ノ中ニ合セリ如雲外ノ月ノ中道ハ法
法全ク円満シテ煩悩即菩提生死即涅槃也一色一香無非
中道ト釈シ給ヘリ世間ノ法実ニ中道ナル程ニ迷ノ前ノ陰陽五
行三科等イツレカ其ノ義ナカラム真ニ陽モ陰モ偏ナレハ五穀/3-12l

https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/12

等不成就日テリ水マサルカ如シ中道ナル事ナニニツケテモ得ナル
ヘシ火ニアタルモ遠キハ寒シ近キハ熱シ食物モ過テ病ヒヲコル不足
ニテ力ナシ経ニ云多ク食スレハ致シ病苦ヲ小シ食ハ気力衰フ処シテ中ニ而食セハ者
如科無高下云々八斎闌戒ノ中ノ不過中食ハ五道ノ因ヲ
断シテ中道ニ住セシムタメナリト云ヘリ地獄ハ夜中ニ食シ餓鬼ハ初
夜ニ食シ修羅ハ日晡ニ食シ畜生ハ時尅ナシ諸天ハ朝食スト
云ヘリ仏ハ中国ニ出世シ中夜ニ城ヲ越ヘ中夜ニ御入滅皆中道ヲ
表スル御事也四十二章経ニ仏弟子夜ル経ヲ誦スル有リ声
高ク急ナリケリ仏召テ問テ云汝在テ家ニ何事ヲ作ス云々答弾ス
琴ヲ仏ノ言ハク琴ノ絃急ナルヨシヤ緩ナルヨシヤ答倶ニアシク侍リ
中ナルヨシ仏ノ言ク経ノ音急也中ニ可読誦ス云々急ナレハ退シ
緩ナレハ不成ト云ヘリ志ヲ堅クシテ行スレハ久ク不退ヨシ道ヲ行クモ/3-13r
遠キ道ハ初ハ漸々行テ遠ク行カルル急ナレハ足ヲヤムナリ坐禅行
法等モ日久スレハ身ヲ能々調練シテ久ク行セラルル事也薬ヲ
丸シ䉼理ヲシ的ヲイル等ノ事皆ナ心ナルヨシコレラヲ下地トシテ
仏法ニ入ルヘシ断常有無ノ二見ミナ中道ニ有ルヘシ遮詮ハ無ヲ
宗トシテ空門也凡夫ノ有執深キ故ヘ也三十年ノ般若空門ノ遮
詮ノ法門也表詮ハ有門也仮諦ノ相用也遮詮ノ後ハ必表詮
也此ノ二門ヲ偏ニ用ユレハ動モスレハ堕ダス有無ノ二見ニ肇公ノ云非有
非無ト云ハ中道ノ義也然ルニ愛無人ノ意ハ非有ト云非此ノ有ニ非
無ト云ハ又無ヲモ非スト是只一向遮詮也非中道ニ経ニ顛倒シテ分
別ス諸法ノ有無或ル上人有ヲハ妄語也無ハ実語也ト執シテ一
向空門ヲ執シ侍シ多ク遮詮ノ法門ヲ執シテ非心仏無為無相ヲ
貴ヒ即チ心仏等ノ表詮ヲ軽ク思ヘル事世以テ皆尓也ト智覚禅師ノ/3-13l

https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/13

誡タリ中道ノ法門尤モ可信ス法華ノ衣坐室ハ三諦ノ法門ノ本
説也諸法ノ空ハ座也凡夫ハ不知之ヲ只有ニ執スル也大慈悲ノ室
妙仮也二乗ハ不入忍辱ハ中道也初心ノ菩薩猶ヲ不著セ凡夫
二乗不可著ス諸法空ノ座ヲ地トシテ大慈家ヲ建立シ煩悩即菩
提生死即涅槃ノ忍衣ヲ著スルコレマコトノ菩薩也中道ト云ハ
一心ノ本性也一色一香森羅万象只一箇ノ円融法界也
一塵一毛モ外ニ不見物ヲ一心法界為人ノ分別スル時ハ三大
義トナル中諦仮諦空諦也サレハ中諦ハ一往ハ異也分別ノ
時ノ法門也空道仮ノ名昔ヨリナシコレヲモテ可キ知ル事也別教ノ
中道ハ中諦也双非ヲ宗トシテ如雲外ノ月ノ義似中諦ニ対空仮ニ
円教ノ中道ハ即辺ノ中也無相対物今ノ経ノ正体也天台ノ御
釈ニ見ヘタリ無住ノ心体純一円満ノ処也/3-14r
○楽天大隠ハ朝市ニマシハリ小隠ハ深山ニ入ル深山モスサマシ朝
市モサハカシ我ハ中隠ヲ造覧ト云テ纔ノ禄ヲ以テ身ヲ助テ出入
心ニマカセ仏法ヲ信シ跡マナヒタク侍リ仍テ小庵ヲ寺ノ辺ニ構テ
心ニ任テ出入シ昏蒙ヲ散シ喧閙ヲハナル荊渓大師モ末世ノ
住処ハ寺辺ノ独住勝レタリトホメ給ヘリ大方万事中道ナル
事世間出世可神妙者也凡ソ昔ノ上人機強ク志堅クシテ衣食住処
如頭陀ノ行人ノ今ノ代ノ上人逐テ年ヲ如名僧ノコレモ中道ニアリタク
ヲホエ侍リ/3-14l

https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/14

1)
釈迦
2)
永明延寿
3)
智顗の『摩訶止観』
4)
白居易
5)
底本「喧閙」に「ケンクワイ・カマヒソシクイソカハシ」と左右に傍書。
6)
湛然