経に云はく、「果与因不倶、依因為果。(果と因と倶(とも)ならず、因に依つて果と為す。)」と云ふこと、もつとも信ずべし。有為(うゐ)の法無常にして、念々に落謝(らくしや)して、昔の物、今これなし。五穀の種子(しゆじ)は因(たね)なり。今の果(このみ)になれば、種子はみな失せながら、かの種子によりて今の果あり。昔の種子の因なければ、常(じやう)にあらず。種子あひ続いて今の果あれば、断(だん)にあらず。かくのごときの衆生の先世の業、落謝すといへども、業因(ごういん)によりて、今の世の貧富苦楽これあり。よしなきにあらず。
在世1)に、波斯匿王(はしのくわう)の女(むすめ)、善光と云ひける、人に愛せられ、富徳生まれかかれり。王の云はく、「わが女(むすめ)たるゆゑに、人愛敬(あいぎやう)なり。これを聞きて、「わが果報なり。王の恩にあらず」と云ひけり。王、聞きて怒りて、追ひ出だして、流浪する非人に取らせてけり。
善光、これを恨み憂へずして、あひ伴ひて遊行(ゆぎやう)しけり。長者の子なりけるが、親の跡を尋ねて見るに、地の下に伏蔵(ふくざう)ありけり。掘り出だして、家造りなどして、富貴になりて、王にもまされり。仏、そのゆゑを説き給ひけるは、「昔、夫婦なりしが、初めは二人ともに慳貪(けんどん)にして三宝(さんぼう)を供養せず。後に心を同じうして、仏僧を供養しき。このゆゑに、初めは貧しく後に栄えたり2)
漢土大臣の召し仕はるる官人、昼寝(ひるいね)して、主(あるじ)の召しに参ぜず。次の日、子細を問ふに、冥官(みやうくわん)に召し仕はるるよしを答ふ。何事に仕はる」と問へば、「三品(さんぼん)以上の食の沙汰を仕はる」と云ふ。「さらば、わが明日の食、勘(かんが)へよ」と云ふ。一紙に書いて、「封を後に御覧ぜよ」と云ふ。次の日、王に召され、食過ぎて瀉薬(しややく)を以て下して、小橘皮湯(せうきつぴたう)服(ぶく)したりける。日記に少しきも違はざりけり。
唐国(もろこし)に法慶と云ひける者、釈迦の像造立(ざうりふ)の願を立てたりけるが、病死して、冥途に行きてけり。炎王3)、彼の願を感じて、「人間(にんげん)へ返し、願を果たして来たるべき」よし、のたまひけるは、冥官、「命(いのち)は願に延べらるべく候ふ。人間に食(かて)尽きて侍る」よし奏しけり。よくよく勘(かんが)へさせけるに、「荷葉(かえう・はすのは)ばかり食に当たれり」と申しければ、さて帰されぬ。蘇生して、万物すべて食せず、吐き返しけり。荷葉ばかり食して、三年に仏像造立して終けりと、伝中4)に見えたり。
安然和尚(あんねんくわしやう)、天下の智者、なほ業貧(ごうひん)にして餓死せられけりと云へり。昔楊枝つかひけるついでに、飯(いひ)のかけを蟻に賜びたりけるが、今世に婢さい5)になりて、七日養ひ返したりと云へり。されば、天運にまかせて、一期は過ぐべし。
愚老、幼少より親しき人に養はれて、父母の養育かつてなし。棄て子のごとくなりしかども、八旬(はちじゆん)に及びて飢ゑず、寒からず。随分の果報なるべし。人の衣食(いしよく)乞ふことなく、諂(へつら)ひ求むることなくして、今日まで運に任せ、星霜送りおはんぬ。
昔の人の魚を釣りるが、針を曲げずして釣りけり。その志は、「われ食すべき分あらば釣らるべし」とて、釣らるるを食しけりと云へり。この意(こころ)を、
昔人(むかしびと)の曲げず針にて魚(うを)釣りし直(なほ)き心を今も学ばん
倶舎(くしや)6)の頌(じゆ)に曰はく、「一業為引生。多業能円満。(一業引生を為す。多業よく円満す。)。業(ごふ)に引(いん)と満(まん)とあり。報(ほう)に惣(そう)と別(べつ)とあり。知るべきことなり。十悪の三品(さんぼん)、三悪道と三善道とに生ずるは、引業と云ひて惣報を受く。譬(たと)へば、絵を画(えが)くに、墨画(すみゑ)の形は惣報のごとし。色どりは別法のごとし。同じ鬼畜なれども、果報善き悪(わろ)き、差別(しやべつ)せり。有財鬼(うざいき)などは、人より富めり。同じ人なれども、貧富貴賤(ひんふきせん)、形(かたち)いろいろなるは、多業の別報なり。種々(しゆじゆ)善悪の業の一生を感ずるほどなきが、とく集めて色どるごとく、種々の果報あひまじはるなり。人間に生まれて、所知(しよち)もあり、大きなる人の内に、わびしきあり。させる所帯なきも、こと欠けぬあり。これ人の惣報・別報の種々なるゆゑなり。
洛陽に、ある真言師の、高僧の内に乱行にして、後見の外戚(ぐわいせき)なるが、妹(いもと)の腹に女(むすめ)ありける。所願(しよぐわん)など持ちながら、世間不階にして、後見の者を年々(としどし)に借りて、無沙汰(ぶさた)なるほどに、年貢をおさへて進ぜず。
よつて、年老いたる母の尼公を質に取りたりけるを、山僧7)の知るを語らひて、取り返さむとするほどに、尼公は見えず。女(むすめ)の姫御前、十三になるを取りて、ある人の庵室に置きたるを見たる同法(どうぼふ)語り侍りし。
冬十一月、帷(かたびら)を三つ着たり。つきたる女房は帷二つ着たりける。中に一つは破れたるを紙にてつづれり。これを聞くに、非人のごとくなる身の、昔より冬帷ばかり着たることなし。たのしく覚え侍り。
先年、三井寺8)の金堂を、山門より焼き払ふべきこと聞きしに、近国の武士警固しける中に、ある武士、外居(ほかゐ)を山中へ持たせて食しける。あやしみて伺ひ見けければ、小麦餅(こむぎもち)なりけり。河内にゆかりたる俗、まのあたり見て語り侍りし。かれ、さだめて所領あればこそ、公役(くやく)勤めつらむ。惣報は人間、別報は餽鬼(きき)に似たり。ただ、便宜(びんぎ)の遁世(とんせい)すべかりける。これを聞きて詠める。
小麦武士(こむぎぶし)帷姫(かたびらひめ)を思ひつれば寒さひだるさ忘られにけり
古人の云はく、「藿食(くわくしよく)飢夫を思ふ。それ食するはすなはち飽。草衣、凍民を念(おも)ふ。それ衣ぬる時はすなはち温。(取意)」。また云はく、「足を知る常に足れり。身終はるまで辱ぢず。富むればすなはち求むること多く、貴きはすなはち憂へ多し。事寡(すく)なく心泰(やす)く、情累薄を忘る。唯寂唯莫。怗然(でふぜん)の楽しみ。云々」。
古人の意詞、多くは大権(たいごん)の垂迹(すいじやく)のゆゑ、仏法の旨(むね)を含めり。忽緒(いるがせ)にすべからず。孔子の五常は仮諦(けたい)、戒門の方便なり。老子の虚無(きよぶ)は真諦(しんたい)、禅の方便なり。荘子は実相(じつさう)、中道の方便なり。自然(しぜん)の道理を示すと云へり。悪しく心得ば、自然の見に落つ。良く心得ば、法々如々なる、一如平等の理を悟りぬべし。
古人の云はく、「青松緑蕙(せいしようりよくけい)、短長を見ず。鵬翥蜎飛(ぼうしよゑんひ)おのづから大小を忘る。(取意)」。その意(こころ)、高松・短草、大きなる鵬・少き蜎、互ひに差別(しやべつ)して、相を報じ、相対(さうだい)の思ひを堅くすれば、長短大小歴然たり。法々みな如々なれば、自然に平等なり。これ「諸法従本来、常自寂滅相」の法華の法門、荘子の心おのづからこの法門の下地なり。
ある人、山中に材木のため直木(なほき)を切り置けり。これを見て、ある人のもとに宿(しゆく)す。その家の主、客人(きやくじん)のため鵞(が)を殺す。多き中に音(こゑ)悪(わろ)きをえりて殺しけり。このことを見て、知る人に問ひて云はく、「昨日の山中の木は、曲れるよくて命を全(まつた)うし、今夜の鵞は音悪(わろ)きゆゑ命を亡ぼす。されば、いかがあるべき」と問ひし返事に、「われ常に才と不才との中にあり」と答へし。人の能・才学(さいがく)、人に優れたるは、人もしはそねみ、もしはこのことによりて得分多きゆゑに、また多く災難来たる。
昔、肇法師(でうほふし)9)、才学勝れたりしゆゑに、国王召して、還俗(げんぞく)して召し仕ふべきのよし仰せ下せしに、随(したが)はずして、首(かうべ)を刎(は)ねられおはんぬ。謝霊運、文筆天下に秀でて、そのゆゑに災(わざは)ひにあへり。一行(いちぎやう)、左遷せられ、王昭君、北国へ行く。北野の天神、流され給ひしこと、みな人に優れて秀いでたることあれば、またその下に災ひあり。また悪賊等、悪名によりて誅(ちゆう)せらるること、世上の習ひと云ひながら、天然の理なり。されば、才もよしなし、悪しき者・不才の者もいたづらものなり。
古人の申ししは、人は、何事も人のするほどのことは習ひ存知して、「われ才能あり」とも思はず、また憍慢(けうまん)なく、人にもあながちに知られず、さて自然になすべきことあれば事を欠かず、声明(しやうみやう)なども、あながちに声明師とも人に知られず、みづからもその心なくして、仏事もあれは事欠かず行ずる、これ人の本なり。僧としては、必ず四箇(しか)の法用、伽陀(かだ)等の常の僧のするほどの声明・懺法(せんぽふ)・式(しき)等、形のごとく習ひ存知して、あながちに「われ声明師」とも思はず、人にも知られで、寺の仏事・法事、次(なみ)によりて行ずべき所作をばこと欠かざる、これ僧の法なり。
昔、四条大納言公任卿10)出仕の時、出〓11)とて、歌うたひの歌ふこと侍りけり。上座の人出だして歌ひ侍るが、不堪(ふかん)の人は辞すれば、その仁、下座なれども歌ひ侍るなるを、公任の卿の座の上郎にておはしけるを、公人(くにん)案内(あんない)申しけるに、違乱なく出だされてけり。その中に歌うたひ仁、このこと思はずに覚えて、後に、「歌御稽古候ひけるや」と申されければ、「公事(こうじ)にて候へば、これほどのことは存知仕れり」と答へられける。
これ人の本なり。僧などは、法事に何事も、かたのごとく存知し習ひ知りて、こと欠かずして、このことを行ずべし。
律の中に、信施(しんぜ)消(せう)ずる徳を云へるに、「律師・禅師・法師、唄嘔多聞(ばいおうたもん)。僧事料理」とて、三学の行業、まことあるは云ふに及ばず、知事声明はあながちにさしも徳あるべしとも覚えねども、在世より法用(ほふよう)にて、唄・散華等これあり。諸天感じ給ふ。ことに、真言の声明、四智の讃等、甚深(じんじん)の法門なり。諸仏・賢聖(げんじやう)、諸天感じ給ふと云へり。凡心をして聖心を推(すい)すべし。畜類の鳥虫(とりむし)等の仏名(ぶつみやう)、陀羅尼(だらに)なと誦(じゆ)せん、貴(たつと)かるべし。まして伽陀(かだ)を誦し、真言の讃などせん、いかばかり貴く、あはれ感じ思はん。われらは畜類のごとし。しかるに、読誦し、念仏し、座禅し、説法し、声明せん、いかでか、賢聖・天人感じ給はざらん。法事に人の心閑かにして、法音(ほふおん)の耳に入り、義理の心に染むことは、四箇の法用、伽陀讃などの序分(じよぶん)にて、正宗の益(やく)あり。法華の六瑞(ろくずい)のごとし。されば信施を消する徳、などかなからむや。
知事は僧の後見し、利他の益大なり。僧は六和をもつて本とす。戒見利身口意なり。その中に、口和(くわ)は誦経・声明等なり。ただ食の口はかり和して声明和すとも、意(こころ)信敬なくは、蛙(かいる)の音の和せるがごとしと云へり。礼拝(らいはい)し恭敬(くぎやう)の心ある、これ三業の和せる形なり。
万事その心を得て、中道に行ずべし。相対して不同の相は現ずるなり。平等の法門もつとも存知すべし。荘子の意も、中道の下地、平等の法門の方便なり。古人の云はく、「平等と云ふは、嶽(だけ)を夷(たひら)げて、淵を実(み)て、鳬(かも)を続(つ)ぎ、鶴を截(き)つて、後に平等と云はず」。されば、南花経12)に云はく、「長き者も余りありとせず、短き者も足らずとせず。ゆゑに、鳬(かも)の脛(はぎ)短しといへども、これを続がばすなはち憂ふ。鶴の脛長しといへども、これを断たばすなはち悲しむ。ゆゑに、性長きは断つ所にあらず、性短きは続ぐ所にあらず。云々」。かくのごとく意(こころ)得れば、法々必ずも観心の成ずるを待たずして、自然に平等なるべし。法華13)に「非如非異」と説ける、この意なり。
凡夫は異(い)と見る。差別の執(しゆ)による。二乗は如と見る。但空(たんぐう)一分を得て、平等と思へり。差別の法を観達し、折空(しやくくう)の解了(げれう)、一空の理を実と思へり。大乗は折(くじ)くことなし。ただ法々如々のゆゑに。差別の法、すなはち自然に法位に住して如々なり。高き処は高きままにて如なり。下るは下る形のままにて如なり。彼此(ひし)を見ず、分別せず、本来不動、自然に本分に相応すべし。
されば、ただ貧家(ひんけ)は貧を安くして、安穏(あんおん)に行学すべし。自然に福徳来たれども、貪著(とんぢやく)せず、憍慢(けうまん)ならず、取らず、捨てず、道行を志すべし。これ随分の自己の法門なり。
天運之事 経ニ云果与因不倶依テ因ニ為ト果云フ事尤モ可信ス有為ノ法無常ニシテ/3-7r
念々ニ落謝シテ昔ノ物今コレナシ五穀ノ種子ハ因ナリ今ノ果ニナレハ 種子ハミナ失ナカラカノ種子ニヨリテ今ノ果アリ昔ノ種子ノ 因無ケレハ不常ニ種子相続テ今ノ果アレハ不断ニ如此ノ衆生ノ 先世ノ業落謝スト云ヘトモ業因ニヨリテ今ノ世ノ貧富苦楽コレ アリヨシナキニアラス在世ニ波斯匿王ノ女メ善光ト云ケル人ニ愛 セラレ冨徳ムマレカカレリ王ノ云ク我カ女メタル故ニ人愛敬也コレヲ 聞テ我果報也王ノ恩ニアラスト云ケリ王聞テイカリテ追 出シテ流浪スル非人ニトラセテケリ善光コレヲ恨ミ憂ヘスシテ相伴ヒテ 遊行シケリ長者ノ子ナリケルカオヤノ跡ヲ尋テミルニ地ノ下ニ伏 蔵アリケリホリイタシテ家ツクリナトシテ冨貴ニナリテ王ニモ マサレリ仏其故ヲ説給ヒケルハ昔シ夫婦ナリシカ初ハ二人トモニ 慳貪ニシテ三宝ヲ供養セス後ニ心ヲ同フシテ仏僧ヲ供養シキコノ故ニ/3-7l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/7
初ハマツシク後ニサカヘタリ ○漢土大臣ノ召仕ルル官人 昼寝シテ主ノ召ニ不参セ次ノ日子細ヲ問フニ冥官ニ召仕ハルルヨシヲ 答フ何事ニ被仕問エハ三品以上ノ食ノ沙汰ヲ仕ルト云サラハ 我明日ノ食勘ヘヨト云一紙ニ書テ封ヲ後ニ御覧セヨト云フ 次ノ日王ニ被召食スキテ瀉薬ヲ以テ下テ小橘皮湯服シ タリケル日記ニスコシキモタカハサリケリ ○唐国ニ法慶ト 云ケル物釈迦ノ像造立ノ願ヲ立タリケルカ病死シテ冥途ニ行テ ケリ炎王彼ノ願ヲ感シテ人間ヘ返シ願ヲ果シテ来ルヘキヨシノ給 ケルハ冥官命ハ願ニノヘラルヘク候人間ニ食ツキテ侍ルヨシ奏シ ケリヨクヨク勘ヘサセケルニ荷葉ハカリ食ニ当レリト申ケレハサテ カヘサレヌ蘇生シテ万物スヘテ食セス吐キ返シケリ荷葉ハカリ食シテ 三年ニ仏像造立シテ終ケリト伝中ニ見ヘタリ/3-8r
○安然和尚天下ノ智者猶業貧ニシテ餓死セラレケリト云ヘリ 昔楊枝ツカヒケル次ニ飯ノカケヲ蟻ニタビタリケルカ今世ニ婢 サイニナリテ七日養返シタリト云ヘリサレハ天運ニマカセテ一 期ハスクヘシ愚老幼少ヨリ親シキ人ニ養ハレテ父母ノ養育カツテ ナシ棄子ノコトクナリシカトモ八旬ニ及テ不飢ヱ不寒カラ随分ノ果 報ナルヘシ人ノ衣食乞フ事ナク諂ヒ求ムル事ナクシテ今日マテ 任セ運ニ送リ星霜了ヌ昔ノ人ノ魚ヲ鈎ケルカ針ヲ曲スシテ鈎ケリ 其ノ志ハ我レ可キ食ス分アラハツラルヘシトテツラルルヲ食シケリト 云ヘリ此ノ意ヲ 昔人ノマケス針ニテ魚ツリシナヲキ心ヲ今モマナハン 倶舎ノ頌ニ曰一業為引生多業能円満ス業ニ引ト満トアリ報ニ 惣ト別トアリ可キ知ル事也十悪ノ三品三悪道ト三善道トニ/3-8l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/8
生スルハ引業ト云テ惣報ヲ受ク譬ハ絵ヲ画クニ墨画ノ形ハ 惣報ノ如シ色トリハ別法ノ如シ同シ鬼畜ナレトモ果報ヨキ ワロキ差別セリ有財鬼ナトハ人ヨリ冨メリ同シ人ナレトモ貧 冨貴賤形チ色々ナルハ多業ノ別報也種々善悪ノ業ノ一生ヲ 感スルホトナキカトクアツメテ色トルコトク種々ノ果報アヒマ シハルナリ人間ニ生テ所知モアリ大ナル人ノ内ニワヒシキアリサセル 所帯ナキモコトカケヌアリコレ人ノ惣報別報ノ種々ナル故ヘ也 ○洛陽ニ或真言師ノ高僧ノ内ニ乱行ニシテ後見ノ外戚ナルカ 妹ノ腹ニ女アリケル所願ナトモチナカラ世間不階ニシテ後見ノ 者ヲ年ニ借テ無沙汰ナル程ニ年貢ヲヲサエテ不進仍テ年 老タル母ノ尼公ヲ質ニトリタリケルヲ山僧ノ知ルヲカタラヒテ トリカヘサムトスルホトニ尼公ハミエスムスメノ姫御前十三ニ/3-9r
ナルヲトリテ或人ノ庵室ニヲキタルヲミタル同法カタリ侍シ冬 十一月帷ヲ三ツキタリツキタル女房ハ帷二ツキタリケル中ニ一ハ ヤフレタルヲ紙ニテツツレリコレヲ聞ニ非人ノコトクナル身ノ昔ヨリ 冬帷ハカリキタル事ナシタノシク覚侍リ先年三井寺ノ金 堂ヲ山門ヨリ可キ焼キ払フ事聞シニ近国ノ武士警固シケル中ニ 或武士外居ヲ山中ヘモタセテ食シケルアヤシミテ伺ヒミケレハ 小麦餅ナリケリ河内ニユカリタル俗マノアタリミテカタリ侍リシ カレ定テ所領アレハコソ公役ツトメツラム惣報ハ人間別報ハ 餽鬼ニ似タリ只便宜ノ遁世スヘカリケルコレヲ聞テヨメル コムキ武士帷姫ヲヲモヒツレハサムサヒダルサワスラレニケリ 古人ノ云藿食思飢夫其レ食スルハ則飽草衣念フ凍民ヲ其レ衣ヌル時ハ則温 取意又云知足ヲ常ニ足レリ終ルマテ身不辱冨レハ則チ求コト多ク貴ハ則/3-9l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/9
憂ヘ多事寡ク心泰ク情忘ル累薄ヲ唯寂唯莫怗然ノ楽ミ云々古 人ノ意詞多クハ大権ノ垂迹ノ故仏法ノ旨ヲ含メリ忽緒ス ヘカラス孔子ノ五常ハ仮諦戒門ノ方便也老子ノ虚無ハ真 諦禅ノ方便也荘子ハ実相中道ノ方便也自然ノ道理ヲ 示スト云ヘリアシク心得ハ自然ノ見ニヲツヨク心得ハ法々如 如ナル一如平等ノ理ヲ悟リヌヘシ古人ノ云青松緑蕙不見 短長ヲ鵬翥蜎飛自ラ忘ル大小取意其意高松短草大ナル鵬 少キ蜎タカヒニ差別シテ相ヲ報シ相対ノ思ヲ堅クスレハ長短大 小歴然タリ法々皆ナ如々ナレハ自然ニ平等也コレ諸法従本 来常自寂滅相ノ法華ノ法門荘子ノ心ヲノツカラ此ノ法門ノ 下地也或人山中ニ材木ノタメ直木ヲ切ヲケリコレヲミテ或 人ノ許ニ宿ス其ノ家ノ主客人ノタメ鵞ヲ殺ス多キ中ニ音ワロキヲ/3-10r
エリテ殺シケリ此ノ事ヲ見テ知ル人ニ問テ云昨日ノ山中ノ木ハ曲レル ヨクテ命ヲ全フシ今夜ノ鵞ハ音悪キ故ヘ命ヲ亡スサレハイカカアル ヘキト問シ返事ニ我レ常ニ才ト不才トノ中ニアリト答シ人ノ能才 学人ニスクレタルハ人モシハソネミモシハ此ノ事ニヨリテ得分多キ 故ニ又多ク災難来ル昔シ肇法師才学勝レタリシ故ニ国王召シテ 還俗シテ可召仕フ之由仰セ下セシニ不随ハシテ刎ラレ首ヲ了謝霊運文 筆天下ニ秀テ其ノ故ニ災ニアヘリ一行左遷セラレ王昭君北 国ヘ行北野天神流サレ給シ事皆人ニスクレテ秀テタル事アレハ又 ソノ下ニ災ヒアリ又悪賊等悪名ニヨリテ被誅セ事世上ノナラヒト 云ナカラ天然ノ理也サレハ才モヨシナシ悪キ物不才ノ物モイタ ツラ物也古人ノ申シハ人ハ何ニ事モ人ノスルホトノ事ハ習ヒ存知シテ 我レ才能アリトモ思ハス又憍慢ナク人ニモ強ニシラレスサテ自然ニ/3-10l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/10
ナスヘキ事アレハ事ヲ闕カス声明ナトモ強チニ声明師トモ人ニ シラレス自モ其ノ心ナクシテ仏事モアレハ事カカス行スルコレ人ノ 本也僧トシテハ必ス四箇ノ法用伽陀等ノ常ノ僧ノスル程ノ 声明懺法式等如形ノ習ヒ存知シテ強チニ我レ声明師トモ思ハス人ニモ シラレテ寺ノ仏事法事次ニヨリテ可行ス所作ヲハ事カカサルコレ 僧ノ法也昔四条大納言公任卿出仕ノ時出〓トテ歌ウタヒ ノウタウ事侍ケリ上座ノ人イタシテウタヒ侍ルカ不堪ノ人ハ辞 スレハ其ノ仁下座ナレトモウタヒ侍ルナルヲ公任ノ卿ノ座ノ上郎ニテ ヲハシケルヲ公人案内申ケルニ無ク違乱イタサレテケリ其ノ中ニ歌 ウタヒ仁此ノ事思ハスニ覚ヘテ後ニ歌御稽古候ケルヤト被申 ケレハ公事ニテ候ヘハ是レ程ノ事ハ存知仕レリト答ラレケルコレ人ノ 本也僧ナトハ法事ニ何事モカタノ如ク存知シ習ヒ知テ事闕スシテ/3-11r
此ノ事ヲ可行ス律ノ中ニ信施消スル徳ヲ云ヘルニ律師禅師法師 唄嘔多聞僧事䉼理トテ三学ノ行業マコトアルハ云ニ不及バ 知事声明ハ勝チニサシモ徳アルヘシトモヲホヘネトモ在世ヨリ法用ニテ 唄散華等コレアリ諸天感シ給フコトニ真言ノ声明四智ノ讃 等甚深ノ法門也諸仏賢聖諸天感シ給フト云ヘリ凡心ヲシテ 聖心ヲ推スヘシ畜類ノ鳥虫等ノ仏名陀羅尼ナト誦セン貴カル ヘシマシテ伽陀ヲ誦シ真言ノ讃ナトセンイカハカリ貴クアハレ感シ 思ハン我等ハ畜類ノ如シ然ニ読誦シ念仏シ坐禅シ説法シ声 明センイカテカ賢聖天人感シ給ハサラン法事ニ人ノ心閑ニシテ法音ノ 耳ニ入リ義理ノ心ニ染ム事ハ四箇ノ法用伽陀讃ナトノ序分ニテ 正宗ノ益アリ法華ノ六瑞ノ如シサレハ信施ヲ消スル徳ナトカ ナカラムヤ知事ハ僧ノ後見シ利他ノ益大也僧ハ六和ヲ以テ/3-11l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/11
本トス戒見利身口意也其ノ中ニ口和ハ誦経声明等也只食ノ 口ハカリ和シテ声明和ストモ意信敬ナクハ蛙ノ音ノ和セルカ如シト 云ヘリ礼拝シ恭敬ノ心アルコレ三業ノ和セル形也万事其ノ心ヲ得テ 中道ニ行スヘシ相対シテ不同ノ相ハ現スル也平等ノ法門尤モ可存知ス 荘子ノ意モ中道ノ下地平等ノ法門ノ方便也古人ノ云ク平等ト 云ハ嶽ヲ夷ゲテ淵ヲ実テ鳬ヲ続キ鶴ヲ截テ後ニ平等ト云ハスサレハ 南花経云長キ者ノモ不為有ト餘リ短キ者モ不為不スト足ラ故ニ鳬ノ脛雖 短シト続ハ之則憂ウ鶴ノ脛雖長シト断之則悲ム故ニ性長キハ非所断性短キハ 非所ニ続云々如此意ロ得レハ法々必シモ観心ノ成スルヲマタスシテ 自然ニ平等ナルヘシ法華ニ非如非異ト説ケル此意也凡夫ハ異ト 見ル差別ノ執ニヨル二乗ハ如トミル但空一分ヲ得テ平等ト思エリ 差別ノ法ヲ観達シ折空ノ解了一空ノ理ヲ実ト思ヘリ大乗ハ/3-12r
折クコトナシ只法々如々ノ故ニ差別ノ法即チ自然ニ法位ニ住シテ 如々ナリ高キ処ハ高キママニテ如也下ルハ下ル形ノママニテ如也彼 此ヲミス分別セス本来不動自然ニ本分ニ相応スヘシサレハ 只貧家ハ貧ヲ安クシテ安穏ニ行学スヘシ自然ニ福徳来レトモ不貪著セ 不憍慢不取ラ不捨テ道行ヲ志スヘシコレ随分ノ自己ノ法門也/3-12l