大和物語
この大徳(だいとく)1)、房にしける所の前(まへ)に、切懸(きりかけ)をなんせさせける。その削り屑に書き付けける。
籬(まがき)する飛騨の匠のたつき音(おと)のあなかしがましなぞや世の中
なむど言ひて、「行ひしに深き山に入りなんず」と言ひて往にけり。
ほど経て、「いづくにかあらむ」とて、「深き山にこもり給ひぬとありしは、いづくぞ」と言ひやり給ひたりければ、
なにばかり深くもあらず世のつねの比叡(ひえ)を外山(とやま)と見るばかりなり
横川といふところにあるなりけり。
このたいとく房にしける所のまゑに きりかけをなんせさせけるその けつりくつにかきつけける/d23r
まかきするひたのたくみのたつき をとのあなかしかましなそやよの中 なむといひてをこなひしにふかき山 にいりなんすといひていにけりほとへて いつくにかあらむとてふかきやまに こもりたまひぬとありしはいつくそ といひやりたまひたりけれは なにはかりふかくもあらすよのつ ねのひえおとやまとみるはかりなり よかはといふところにあるなりけり/d23l