醒睡笑 巻5 婲心
久しくあひなれし夫婦の中に、思ひよらずいさかふことありて、妻(つま)に暇(いとま)をやりぬ。家を離れんとする日、けしからず大雨降りしかば、あひなれたるわりなき友集まり、「いたはしや」など言ふに、
降らば降れ曇らば曇れ照るとても濡らさで行かん袖ならばこそ
と詠みしを、「あはれ」と、え去りがたくてとどめけるこそ心あれ。
これを誰(た)そと、しづかに聞けば、和泉式部がいにしへ丹後の国にてのことかやいふ。
一 久相馴(あいなれ)し夫婦(ふうふ)の中におもひよらずいさかふ 事ありて妻(つま)にいとまをやりぬ家をはなれんと する日けしからす大雨ふりしかばあひ馴たる/n5-11l
わりなき友あつまりいたはしやなどいふに ふらはふれくもらはくもれてるとても ぬらさてゆかん袖ならはこそ とよみしをあはれとえさりがたくてととめける こそ心あれこれをたそとしつかにきけは和泉式 部かいにしへ丹後の国にての事かやいふ/n5-12r