十訓抄 第一 人に恵を施すべき事
上東門院1)の御方に、琴弾く人の今参りしたりけり。院、紫式部に、「この女房に琴弾くよし、離れぬ名付よ」と仰せごとありけるに、「いはこす」と付けたりければ、ことに讃めさせ給ひけり。
琴柱(ことぢ)の先に、緒の当る所は「いはこす」と申すによりて、思ひ寄られけり。かの名をば知れる人、いとまれなり。
上東門院ノ御方ニ琴引人ノ今マイリシタリケリ、院 紫式部ニ此女房ニコトヒクヨシ離レヌ名付ヨト仰事 有ケルニ、イハコスト付タリケレハ殊ニホメサセ給ケリ/k55
コトチノサキニ緒ノアタル所ハイハコスト申スニヨリテ 思寄レケリ、彼名ヲハシレル人イト希ナリ、/k56