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text:yotsugi:yotsugi001 [2014/05/26 19:04] – 作成 Satoshi Nakagawatext:yotsugi:yotsugi001 [2014/09/25 02:12] (現在) – [第1話 一条院御堂の御聟にならせ給ひにければ・・・] Satoshi Nakagawa
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-====== 第1話 ======+世継物語 
 +====== 第1話 一条院御堂の御聟にならせ給ひにければ・・・ ======
  
-今は昔、一条院、御堂の御聟にならせ給にければ、もとの堀河右大臣殿女御歎かせ給事いへばをろか也。上陽人の春行秋くれども、年をしらずはといひたるやうに、明くるるもしらず、浅ましくなげかせ給て、やすく御とのこもる事なければ、残のともし火、かべをそむけるかげも心ぼそく覚さるるに、おまへの梅の心にくくひらけにけるも、是を今まで知らざりけるも、我身よにふると詠させ給。+===== 校訂本文 =====
  
-  いづこより春()来(んみし人もたにし宿に梅ぞかほれる+昔、一条院、御堂の御聟にならせ給ひにければ、もとの堀河右大臣殿、女御、歎かせ給ふこと、いへばをろかなり。上陽の「春行き、秋暮れど、年を知らずは」と言ひるやう、明くるるもらず、浅ましく嘆かせ給ひて、やすく御殿籠ることなければ、残りの灯火、壁をそむける影も心ぼそく覚さるる、御前のの、心にくくひらけにけるも、こを今まで知らざりけるも、「我身世に経」と詠まさせ給ふ。
  
-日比へて、院からうじて堀河殿におはしまして御覧ずれば、道見えぬまであれた。哀に御覧じていらせ給へれば、女御御木丁のうち、御硯の箱を枕にして、ふさせ給へる御まへに、女房二三さぶらひけれど、みな出はててさらぬ人ばかりぞ残りて侍ける。見たてまつらせ給へば、しろき御ぞ六七ばかり奉りて、御腰の程御ふすま曳かけておはます。御ぐしいとうるはしく目出度て、たけ二尺ばかりあまり給へり。只今廿ばかりにや。さどわかくさかりにきよげに見えさせ給。なをふりがたきかたちなりかしや。御覧じてやと、おどろかし奉らせ給へば、なに心なく見あげさせ給へに、院におはしませば、浅ましくて御かほを引入させ給へる御かたはらにそひふさせ給て、よろづになきみわらひみ、なぐさめ奉らせ給へど、それにつけても御なみだのみながれ出くれば、よろづに申させ給へどかひもなし。+  いづこよ((底本「は」欠))来((底本「」欠))けん見し人も絶えにし宿梅ぞ香れる
  
-「一宮いづこにか」と申させ給へば、おはしましてうち恥しらひておはしませば、「此宮もぢける物を」とて、御をしのごはせ給もいみじうあはれ也御おんその方に、たたうがみのやうなる物のみゆるをとりて御覧ずれば、思召ける事どもをかかせ給へり+日ごろ経て院、からうじて堀河殿におはしまして御覧ずれば、道見えぬで荒れたり。哀れに御覧じて入ら給へれば、女御御几帳の内に、御硯の箱枕にて、臥させ給へる。御前に、女房二三人さぶらひけれど、はしませ引き入れけり。めやすき人々あま候ひけど、皆出で果てて、え去らぬ人かりぞ残りて侍りける。
  
-  過にける年月何を思ひけん今も物のなげしきかな+見奉らせ給へば、白き御衣(おんぞ)六七ばかり奉りて、御腰のほど御ふすま曳きかておはします。御髪(みぐし)いとうく、めでたくて、丈に二尺ばり余り給へり。只今、二十ばりにや。されど、若く盛りに、清げに見えさせ給ふ。ほふりがたき形なりかしや。
  
-  打とけてまたねぬ夢のよに人のつらをみるぞ悲+「御覧じてや」、驚かし奉らせ給へば、何心なく見上げさせ給へるに、院おはしませば、浅ましくて、御顔を引入させ給へる。御傍らに添ひ臥させ給ひて、よろづに泣きみ笑ひみ、なぐさめ奉らせ給へど、それにつけても、御涙み流れ出くれば、ろづせ給へどかひもな
  
-  千とせへん程をしらばこぬ人猶こさびしかりけれ+「一宮いづこにか」申さば、おはしまして、うち恥ぢしらひておはしませ、「の宮も恥ぢける物」とて、御涙押しのごせ給ふもいみじうあはれなり。女御、御ばの方に、畳紙のやうなる物の見ゆるを取りて御覧ずれば、思召しけることどもを書せ給へ
  
-  恋しさもつらさも友しらせつばいがうと思はね+  過ぎ年月何思ひけん今しも物の嘆かしきかな
  
-  とくとだに見えず有かな冬の夜片敷袖むすぶ氷+  けて誰また寝ぬ夢つらさをみるぞ悲しき
  
-かせ給へるも、いみじくあは也。+  千年経んほどを知らねば来ぬ人を松はほこそ寂しりけ
  
-このむすぶ氷とあるからにかかせ給、ゐんの御せい+  恋しさも辛さも友に知らせつ人をばいが憂しと思
  
-  あふことのとどこほりつる程ふればとくれどくる気色だにな+  とくとだに見えずもあるか冬の夜の片敷袖にむすぶ氷の
  
-万に命をしらぬよしをのみ、えもいはず聞えさせ給に、宮のたちさはぎ見をくらせ給に、又御涙こぼればゐさせ給てなぐさめ奉らせ給て「此度のだにまいて」と、ひさししまさねば、女御「今はただ此歎を我身のからん/おぞたゆべきと悲しいつにてかとおぼしみたる」はかなくて秋にも成ぬれば、風のをとをきかせ給ふにも+など書かせ給、いみじなり。
  
-  松風は色やみどりに吹つん物思身にぞしみける+このむすぶ氷とある傍に書かせ給。院御製
  
-右大臣殿、いみじう思入たるを「この世はさる物にて、後の世の有さまも心く、我身ゆへいたづらになさせ給へる事」といみじういとしく、心うくおさる+  会ふことの滞りつるほどふればとくれどとくる気色だになし 
 + 
 +万に命惜しからぬ由をのみ、えもいはず聞えさせ給ふに、宮のたち騒ぎ見送らせ給ふに、また御涙こぼるれば、ついゐさせ給ひてなぐさめ奉らせ給ひて、「此度のだにまいて」と、久しくおはしまさねば、女御、「今はただ此歎を我身のなからんおりぞ絶ゆべきと悲し。いつにてかと思しみたる」。 
 + 
 +はかなくて、秋にもなりぬれば、風の音を聞かせ給ふにも 
 + 
 +  松風は色やみどりに吹きつらん物思ふ人の身にぞしみける 
 + 
 +右大臣殿、いみじう思しめしたるを「この世はさる物にて、後の世の有も心く、我身ゆへいたづらになさせ給へる事」といみじういとしく、心憂く思さる。 
 + 
 +さて、つゐに女御は病になりて失せ給ひぬ。父大臣は残ゐて、また歎きしに、失せ給ひにけり。 
 + 
 +御堂の御女御、物の怪になりて、おだやかならずおはしけり。悪霊の左大臣殿とはこの御ことなり。堀河大臣顕光と申したり。閑院大将朝光の兄におはす。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今は昔一条院御堂の御聟にならせ給にけれはもとの 
 +  堀河右大臣殿女御歎かせ給事いへはをろか也上陽人 
 +  の春行秋くれとも年をしらすはといひたるやに明 
 +  るるもしらす浅ましくなけかせ給てやすく御とのこも 
 +  る事なけれは残のともし火かへをそむけるかけも心ほ 
 +  そく覚さるるにまへの梅の心にくくひらけにけるも是を 
 +  今まて知らりけも我身よにふると詠させ給 
 +    いつこより春来けんみし人もたえにし宿に梅そかほれる 
 +  日比へて院からうして堀河殿におはしまして御覧すれは 
 +  道見えぬまてあれたり哀に御覧していらせ給へれは/1オ 
 + 
 +  女御は御木丁のうちに御硯の箱を枕にしてふさせ給へる 
 +  御まへに女房二三人さふらひけれとおはしませはひき入にけ 
 +  りめやすき人々あまたさふらひけれとみな出はててえさ 
 +  らぬ人はかりそ残りて侍ける見たてまつらせ給へはし 
 +  ろき御そ六七はかり奉りて御腰の程に御ふすま曳かけ 
 +  ておはします御くしいとうるはしく目出度てたけに二尺はか 
 +  りあまり給へり只今廿はかりにやされとわかくさかりに 
 +  きよけに見えさせ給なをふりかたきかたちなりかしや御 
 +  覧してやとおとろかし奉らせ給へはなに心なく見あけ 
 +  させ給へるに院おはしませは浅ましくて御かほを引入させ/1ウ 
 + 
 +  給へる御かたはらにそひふさせ給てよろつになきみ 
 +  わらひみなくさめ奉らせ給へとそれにつけても御なみ 
 +  たのみなかれ出くれはよろつに申させ給へとかひもなし一 
 +  宮いつこにかと申させ給へはおはしましてうち恥しらひ 
 +  ておはしませは此宮もはちける物をとて御涙をしの 
 +  こはせ給もいみしうあはれ也女御おんそはの方にたたう 
 +  かみのやうなる物のみゆるをとりて御覧すれは思召け 
 +  る事ともをかかせ給へり 
 +    過にける年月何を思ひけん今しも物のなけかしきかな 
 +    打とけて誰もまたねぬ夢のよに人のつらさをみるそ悲しき/2オ 
 + 
 +    千とせへん程をしらねはこぬ人を松は猶こそさひしかりけれ 
 +    恋しさもつらさも友にしらせつる人をはいかかうしと思はぬ 
 +    とくとたに見えすも有かな冬の夜の片敷袖にむすふ氷の 
 +  なとかかせ給へるもいみしくあはれ也此むすふ氷とある 
 +  かたはらにかかせ給ゐんの御せい 
 +    あふことのととこほりつる程ふれはとくれととくるけ色たになし 
 +  万に命をしからぬよしをのみえもいはす聞えさせ給に宮 
 +  のたちさはき見をくらせ給に又御涙こほるれはついゐさ 
 +  せ給てなくさめ奉らせ給て此度のたにまいてとひさ 
 +  しくおはしまさねは女御今はたた此歎を我身のなからん/2ウ 
 + 
 +  おりそたゆへきと悲しいつにてかとおほしみたるはかなくて 
 +  秋にも成ぬれば風のをとをきかせ給ふにも 
 +    松風は色やみとりに吹つらん物思ふ人の身にそしみける 
 +  右大臣殿いみしう思食入たるをこの世はさる物にて後の世 
 +  の有さまも心うく我身ゆへいたつらになさせ給へる事といみ 
 +  しういとおしく心うくおほさるさてつゐに女御は病に成て 
 +  うせ給ぬ父おとどは残ゐて又歎きしにうせ給にけり御 
 +  堂の御女御物のけに成てをたやかならすおはしけり悪霊 
 +  の左大臣殿とは此御事也堀河大臣顕光と申たり閑院 
 +  大将朝光のあににおはす/3オ
  
-さて、つゐに女御は病に成てうせ給ぬ。父おとどは残ゐて又歎しに、うせ給にけり。御堂の御女御、物のけに成てをだやかならずおはしけり。悪霊の左大臣とは此御事也。堀河大臣顕光と申たり。閑院大将朝光のあににおはす。 
text/yotsugi/yotsugi001.1401098682.txt.gz · 最終更新: 2014/05/26 19:04 by Satoshi Nakagawa