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text:yomeiuji:uji185 [2014/10/13 13:41]
Satoshi Nakagawa
text:yomeiuji:uji185 [2019/12/01 18:54] (現在)
Satoshi Nakagawa
ライン 6: ライン 6:
 **高階俊平が弟入道、算術の事** **高階俊平が弟入道、算術の事**
  
-これも今はむかし、丹後前司、高階俊平といふものあり。後には法師になりて、丹後入道とてぞありける。それがおととにて、司もなくてあるものありけり。+===== 校訂本文 =====
  
-それが主のにくだりて。筑紫にありけるに、あたらしく渡たりける唐人の、算いみじくくありけり。それにひて、「算事ならはん」とひけれども、初は心にも入れで、をしへざりけるを、すこかせてみて、「いみじく算きつべかりけり。日本にありてはなににかはせん。日本に算く道、いとしもかしこからぬ所なり。『我して唐に渡らんはば、をしへん」とひければ、「よくだにをしへて、その道にかしこくだにもなりなば、はんにこそしたがはめ。唐にわたりても、用られてだにありぬべくは、はんにしたがひて唐にもせられてかん」なんど、ことよくひければ、それになんかれて、心に入て教へける。+これも今は昔、丹後前司高階俊平といふ者ありけり。後には法師になりて、丹後入道とてぞありける。それが弟(おと)て、司もなくてある者ありけりそれが主の供に下りて、筑紫にありけるほどに、しく渡たりける唐人の、算いみじくくありけり。それにひて、「算こと習はん」とひけれども、初は心にも入れでへざりけるを、かせてみて、「いみじく算きつべかりけり。日本にありてはにかはせん。日本に算く道、いとしもかしこからぬ所なり。われして唐に渡らんとはば、へん」とひければ、「よくだにへて、その道にかしこくだにもなりなば、はんにこそはめ。唐にりても、用られてだにありぬべくは、はんにひて唐にもせられてかん」なんど、ことよくひければ、それになんかれて、心に入て教へける。
  
-をしふるにしたがひて、一事をきては十事をるやうにければ、唐人もいみじくめでて、「国に算くものはおほかれど、ばかり、道に心たるはなきかならして、唐へわたれ」とひければ、「さらなり。はんにしたがはん」とひけり。「算の道には、病する人を置やむる術もあり。、病せねども、にくし、ねたしとおもを、たちころす術などあるも、さらにしみかくさじ。君につたへんとす。たしかにせんといふちかごとてよ」とひければ、まほにはてず。すこしはてなどしければ、「なを、ころす術をば、唐へわたらん船の中にて伝ん」とて、ことごとどもをば、よくをしへたりけれども、その一事をばひかへてをしへざりけり。+ふるにひて、一事をきては十事をるやうになりければ、唐人もいみじくめでて、「わが国に算くものはかれど、なんぢばかり、この道に心たるはなきなりわれして、唐へれ」とひければ、「さらなり。はんにはん」とひけり。「この算の道には、病(やまひ)する人を置やむる術もあり。また、病せねども、し、しとを、たちどころす術などあるも、さらにしみさじ。君にへんとす。かにわれせんといふ誓言(ちかごと)立てよ」とひければ、まほにはてず、少しはてなどしければ、「なす術をば、唐へらん船の中にて伝ん」とて、異事(ことごと)どもをば、よくへたりけれども、その一事をばひかへてへざりけり。
  
-かかるに、よくならつたへてけり。それにに主のありて、のぼりければ、そのとものぼりけるを、唐人きてとどめけれども、「いかでか、としごろの君の、かかるありて、のぼり給はん、をくりせではあらん。おもり給へ。やくそくをばたがふまじきぞ」などすかしければ、「げに」と唐人思て、「さは、かならず帰てよ。けふあすにても唐へ帰らんとおもふに、君のたらんを待つけてわたらん」とひければ、その契をふかくして、京にのぼりにけり。+かかるほどに、よくへてけり。それに、にはかに主のことありてりければ、そのりけるを、唐人きてとどめけれども、「いかでか、ごろの君の、かかることありて、にはかに上り給はん、りせではあらん。り給へ。約束をば違(たが)ふまじきぞ」などすかしければ、「げに」と唐人思て、「さは、ず帰よ。今日明日にても唐へ帰らんとふに、君のたらんを待つけてらん」とひければ、その契くして、京にりにけり。
  
-世中のすさまじきままには、やをら唐にやわたりなまし」とおもひけれども、京にのぼりにければ、したしき人々にひとどめられて、俊平入道などきて、せいしとどめければ、つくしへだにえかずにけり。この唐人は、しばしは待けるに、をともせざりければ、わざと使おこせて、文を書て、恨おこせけれども、「年老たる親のあるが、けふあすともらねば、それがならんやう見ててかんと思なり」とひやりて、かずなりにければ、しばしこそ待けれども、「はかりけるなりけり」とおもへば、唐人は唐に帰渡て、よくのろひて行にけり。+世中のすさまじきままには、やをら唐にやりなまし」とひけれども、京にりにければ、しき人々にひとどめられて、俊平入道などきて、しとどめければ、筑紫へだにえかずなりにけり。この唐人は、しばしは待けるに、もせざりければ、わざと使(つかひ)おこせて、文を書て、恨おこせけれども、「年老たる親のあるが、今日明日ともらねば、それがならんやう見ててかんと思なり」とひやりて、かずなりにければ、しばしこそ待けれども、「りけるなりけり」とへば、唐人は唐(もろこし)に帰て、よくひて行にけり。
  
-はじめはいみじくかしこかりけるものの、唐人にのろはれてのちには、いみじくほうけて、ものもおぼえぬやうにてありければ、しわびて法師になりてけり。入道の君とて、ほうけほうけとして、させるなきにて、としひら入道がもとと、山寺などにかよひてぞありける。+めはいみじくかしこかりけるの、唐人にはれてには、いみじく呆(ほう)けて、ものもえぬやうにてありければ、しわびて法師になりてけり。入道の君とて、ほうけほうけとして、させることなきにて、俊平入道がもとと、山寺などにひてぞありける。
  
-ある時、わかき女房どものあつまりて庚申しける夜、入道の君、かたすみほうけたるていにてゐたりけるを、夜けけるままにねぶたがりて、中にわかほこりたる女房のひけるやう、「入道の君こそかかる人は、おかしき物がたりなどもするぞかし。人々わらひぬべからん物がたりし給へ。わらひて目まさん」とひければ、入道、「おのれは口てづつにて、人の笑給の物がたりえし侍らじ。さはありとも、わらはんとだにあらば、わらわかしたてまつりてんかし」とひければ、「『物がたりはせじ。ただわらはさん』とあらば、猿楽をし給ふか。それはものがたりよりはまさるにてこそあらめ」とまだしきにわらひければ、「さも侍らず。ただ、わらはかしたてまつらんと思なり」とひければ、「こは何事ぞ。とくわらはし給へ。いづらいづら」とめられて、なににかあらん、物ちて、火のかき所へたりて、「なに事せんずるぞ」とれば、算の袋をきて、算をさらさらと出しければ、これをて、女房ども、「かしきにてあるかあるか」と、「いざいざ、わらはん」などあざけるを、いらへもせで、算をさらさらときゐたりけり。+ある時、き女房どものまりて庚申しける夜、この入道の君、片隅けたるにてゐたりけるを、夜けけるままに、眠(ねぶ)たがりて、中にりたる女房のひけるやう、「入道の君こそかかる人はかしき物などもするぞかし。人々ひぬべからん物し給へ。ひて目まさん」とひければ、入道、「おのれは口てづつにて、人の笑ふばかりの物はえし侍らじ。さはありとも、はんとだにあらば、笑はかしりてんかし」とひければ、「『物はせじ。ただはさん』とあるは、猿楽をし給ふか。それは物語よりはまさることにてこそあらめ」とまだしきにひければ、「さも侍らず。ただ、はかしらんと思なり」とひければ、「こは何事ぞ。とくし給へ。いづらいづら」とめられて、にかあらん、物ちて、火のかき所へたりて、「事せんずるぞ」とれば、算の袋をきて、算をさらさらと出しければ、これをて、女房ども、「これかしきことにてあるかあるか」と、「いざいざ、はん」など嘲(あざけ)るを、いらへもせで、算をさらさらときゐたりけり。
  
-てて、ひろさ七八分ばかりの算のありけるを、一とりいでて、手にささげて、「御ぜんたち、さは、いたくわらひ給て、わび給なよ。いざ、わらはかしたてまつらん」とひければ、「その算ささげ給へるこそ、こがましくてかしけれ。なに事にて、わぶわらはんぞ」などひたりけるに、ふん斗の算、くはふるとたれば、ある人みなながら、すずろにつぼに入にけり。いたく笑て、とどまらんとすれどもかなはず。腹のわたるる心して、ぬべくおぼえければ、涙をこぼし、すべき方なくて、つぼに入たるものども、をだにえはで、入道にむかひて、手をすりければ、「さればこそ申つれ。わらき給ぬや」とひければ、うなづきさはぎて、ふしかへり、わらふわらふ手をすりければ、よくわしめてのちに置たる算をさらさらとをしこたりければ、わらひさめにけり。「いまししあらましかば、死なましまたか斗たへたき事こそなかりつれいひあひけるわらひこうあつまりふしてやむやうにしける+てて、さ七八分(ぶん)ばかりの算のありけるを、一とりいでて、手にささげて、「御前(ごぜん)たち、さは、いたくひ給て、わび給なよ。いざ、はかしらん」とひければ、「その算ささげ給へるこそ、こがましくてかしけれ。事にて、わぶばかりはんぞ」などひたりけるに、その分ばかりの算を置き加ふるとたれば、ある人みなながら、すずろにつぼに入にけり。いたく笑て、とどまらんとすれどもかなはず。腹のわたるる心して、ぬべくえければ、涙をこぼし、すべき方なくて、つぼに入たるども、ものをだにえはで、入道にひて、手をすりければ、「さればこそ申つれ。き給ぬや」とひければ、うなづきぎて、伏し返り、笑笑ふ手をすりければ、よくわびしめて後に、置きたる算をさらさらと押しこぼちたりければ、笑ひさめにけり。 
 + 
 +「今しばしあらましかば死なまし。また、かばかり耐がたきことこそなかつれ」とぞ言ひ合ひける。笑ひ困(こう)じて集まり伏して、病むやうにぞしける。 
 + 
 +かかれば、「『人を置き殺し、置き生くる術あり』と言ひけるをも伝へたらましかば、いみじからまし」とぞ、人も言ひける。算の道は恐しきことにてぞありけるとなむ。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  これも今はむかし丹後前司高階俊平といふものありけり後 
 +  には法師になりて丹後入道とてそありけるそれかおととにて 
 +  司もなくてあるものありけりそれか主のともにくたりて筑紫に 
 +  ありける程にあたらしく渡たりける唐人の算いみしくをく 
 +  ありけりそれにあひて算をく事ならはんといひけれとも初は 
 +  心にも入れてをしへさりけるをすこしをかせてみていみ 
 +  しく算をきつへかりけり日本にありてはなににかはせん日本に 
 +  算をく道いとしもかしこからぬ所なり我にくして唐に/下94オy441 
 + 
 +  渡らんといははをしへんといひけれはよくたにをしへてその道に 
 +  かしこくたにもなりなはいはんにこそしたかはめ唐にたりても用 
 +  ​れてたにありぬへくはいはんにしたかひて唐にもくせられてい 
 +  かんなんとことよくいひけれはそれになんひかれて心に入て教へ 
 +  けるをしるにしたかひて一事をききては十事をしるやうに 
 +  成けれは唐人もいみしくめてて我国に算をくものはおほかれと 
 +  汝はかり此道に心えたる物はなき也かならす我にくして唐へ 
 +  ​たれといひけれはさなりいはんにしたかはんといひけり此 
 +  算の道には病する人を置やむる術もあり又病せねとも 
 +  にくしねたしとおも物をたち所にをきころす術なとあるも 
 +  さらにおしみかくさし君につたへんとすたしかに我にくせん 
 +  といふちかことたてよといひけれはまほにはたてすすこしはたて 
 +  なとしけれはなを人ころす術をは唐へわたらん船の中にて伝ん/下94ウy442 
 + 
 +  とてことことともをはよくをしへたりけれともその一事をはひ 
 +  かへてをしへさりけりかかる程によくならひつたへてけりそれに 
 +  俄に主の事ありてのほりけれはそのともにのほりけるを唐人 
 +  ききてととめけれともいかてかとしころの君のかかる事ありて俄 
 +  にのほり給はんをくりせてはあらんおもひしり給へやくそくをは 
 +  たかふましきそなとすかしけれはけにと唐人思てさはかならす 
 +  帰てこよけふあすにても唐へ帰らんとおもふに君のきたらん 
 +  を待つけてわたらんといひけれはその契をふかくして京に 
 +  のほりにけり世中のすさましきままにはやをら唐にや 
 +  わたりなましとおもひけれとも京にのほりにけれはしたしき 
 +  人々にいひととめられて俊平入道なとききてせいしととめけれは 
 +  つくしへたにえいかす成にけりこの唐人はしはしは待けるにをとも 
 +  せさりけれはわさと使おこせて文を書て恨おこせけれとも年/下95オy443 
 + 
 +  老たる親のあるかけふあすともしらねはそれかならんやう見はててい 
 +  かんと思なりといひやりていかすなりにけれはしはしこそ待けれともは 
 +  かりけるなりけりとおもへは唐人は唐に帰渡てよくのろひて行にけり 
 +  はしめはいみしくかしこかりけるものの唐人にのろはれてのちには 
 +  いみしくほうけてものもおほえぬやうにてありけれはしわひて法師 
 +  になりてけり入道の君とてほうけほうけとしてさせる事なき物にて 
 +  としひら入道かもとと山寺なとにかよひてそありけるある時わかき 
 +  女房とものあつまりて庚申しける夜此入道の君かたすみに 
 +  ほうけたるていにてゐたりけるを夜ふけけるままにねふたかりて 
 +  中にわかくほこりたる女房のいひけるやう入道の君こそかかる人は 
 +  おかしき物かたりなともするそかし人々わらひぬへからん物かたりし 
 +  給へわらひて目さまさんといひけれは入道おのれは口てつつにて人 
 +  の笑給斗の物かたりはえし侍らしさはありともわらはんとたにあらは/下95ウy444 
 + 
 +  わらわかしたてまつりてんかしといひけれは物かたりはせしたた 
 +  わらはさんとあるは猿楽をし給ふかそれはものかたりよりは 
 +  まさる事にてこそあらめとまたしきにわらひけれはさも 
 +  侍らすたたわらはかしたてまつらんと思なりといひけれはこは何 
 +  事そとくわらはかし給へいつらいつらとせめられてなににかあらん物 
 +  もちて火のあかき所へいてきたりてなに事せんするそと 
 +  みれは算の袋をひきときて算をさらさらと出しけれはこれ 
 +  をみて女房とも是かおかしき事にてあるかあるかといさいさわらはんなと 
 +  あさけるをいらへもせて算をさらさらとをきゐたりけりをきは 
 +  ててひろさ七八分はかりの算のありけるを一とりいててにささけて 
 +  御せんたちさはいたくわらひ給てわひ給なよいさわらはかしたてま 
 +  つらんといひけれはその算ささけ給へるこそおこかましくておかしけれ 
 +  なに事にてわふ斗はわらはんそなといひあひたりけるに其八ふん/下96オy445 
 + 
 +  斗の算置くはふるとみたれはある人みななからすろにえつ 
 +  ほに入にけいたく笑てととまらんとすれともかなはす腹のわた 
 +  きるる心ちしてしぬへくおほえけれは涙をこほしすへき方なく 
 +  てえつほに入たるものとも物をたにえいはて入道にむかひて 
 +  手をすりけれはされはこそ申つれわらひあき給ぬやといひ 
 +  けれはうなつきさはきてふしかへりわらふわらふ手をすりけれはよく 
 +  ​しめてのちに置たる算をさらさらとをしこほちたり 
 +  ​けれわらひさめにけりいまししあらましか死なまし 
 +  ​またか斗たへたき事こそなかりつれといひあひける 
 +  ​わらひこうてあつまりふしてやむやうにしけるかかれは人を 
 +  をきころしをきいくる術ありといひけるをもつたへたらましかは 
 +  いみしからましとそ人もいひける算のみちはおそろしき事 
 +  にてそありけるとなむ/下96ウy446
  
-かかれば、「『人ををきころし、をきいくる術あり』といひけるをもつたへたえたらましかば、いみじからまし」とぞ、人もいひける。算のみちはおそろしき事にてぞありけるとなむ。 


text/yomeiuji/uji185.txt · 最終更新: 2019/12/01 18:54 by Satoshi Nakagawa