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text:yomeiuji:uji157

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text:yomeiuji:uji157 [2014/10/12 02:17] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji157 [2020/09/26 22:07] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 宇治拾遺物語 宇治拾遺物語
-====== 第157話(巻12・第21話)上達部、中将時、召人に逢ふ事 ======+====== 第157話(巻12・第21話)ある上達部、中将時、召人に逢ふ事 ======
  
 **或上達部中将之時逢召人事** **或上達部中将之時逢召人事**
  
-**上達部、中将時、召人に逢ふ事**+**ある上達部、中将時、召人に逢ふ事**
  
-いまはむかし、上達部のまだ中将と申ける、内へまいり給道に、法師をとらへていていきけるを、「こは、なに法しぞ」ととはせければ、「年比仕はれて候、主をころして候物なり」といひければ、「誠に罪をもきわざしたるものにこそ。心うきわざしたる物かな」となにとなくうちいひて過給けるに、此法師、あかき眼なる目の、ゆゆしくあしげなるして、にらみあげたりければ、「よしなき事をもいひてけるかな」とけうとくおぼして、過給けるに、又男をからめていきけるを、「こは、なに事したる物ぞ」と、こりずまに問ければ、「人の家に追入られて候つる男は逃てまかりぬれば、これをとらへてまかるなり」といひければ、「別の事もなきものにこそ」とてそのとらへたる人をみしりたれば、こひゆるしてやり給。+===== 校訂本文 =====
  
-大かた此心ざまして、人のかなしきめをみるにしたひて、たすけ給けるはじめの法師事よろしく、こひさんとて、給けるに、罪のことの外もければ、さの給けるを、法師やすからける。さて、く大赦のありければ、法しゆりり。+今は昔上達部のだ中将と申ける、内へ参り給ふ道に、法師を捕(とら)へ率(ゐ)て行きけるを、「こは、なに法師ぞ」と問はせければ、「年ごろ仕はれて候ふ主を殺て候ふ者なり」と言ひければ、「まことに罪重わざしたこそ。心憂きわざしたる者かな」と、何となくうち言ひて過ぎけるに、の法師、赤き眼(まなこ)なる目の、ゆゆしく悪しげなるしてにらみ上げたりければ、「よしなきとをも言てけかな」、けうとく思して、過ぎけるに、また、男からめて行きけるを、「こ、何事したる者ぞ」と、懲りまに問ひれば、「人の家に追ひ入られて候つ男は、逃げまかりぬればこれを捕へてまかるなり」と言ひければ、「別のことなきものこそ」とて、その捕へたる人を見知たれば、乞ひ許してやり給ふ
  
-さて、月あかりける夜、みな人はまかで、あるはねいりなどしけるを、此中将月にめでて、たずみ給ける程に「もの築地をこえておりける」とみ給ほどに、うしろよりかきすくひて、飛やうにして出ぬ。あきれどひて、いかにもおぼわかぬ程に、おそろしげなる物きつどひて、はるかなる山、けはしくおそろしき所へいていきて、此木((傍注「シバ」))のあみたるやうなる物、たかくつくりたるにさしをき、「さかしらする人をば、かくぞする。やすき事は、ひとへ罪をもくいひなして、かなしきみせしかばそのたうにあぶりころさんずるぞ」とて、火を山のごとく焼ければ、夢などをみる心ちて、わかきびなる程にてはあり物おぼえ給はず、あつはただあつさに成、ただかた時にしぬべきおぼえ給けるに、うへより、ゆゆしきぶら矢を射おこせければ、あるもども「こに」とさはぎけるほどに、雨ふるやうに射ければ、これら、しばしは此方より射けれど、あなたには人の数おほく、えいあふべくもなかけるにや、火のゆくゑもしらず、いちらされて逃ていにけり。+おほかた、心ざまして、しきるに従ひ助け給ひける人にて、の法師もとよろしくは、乞ひ許ん」と問ひけるに、ことのほに重ければ、たまひけるを法師やすらず思ける。さて、ほどなく大赦ありければ、法師りにけり。
  
-そのおり、男ひとりできて、「いかにおそろしくおしめしつらんをのれはその月のその日からめられてまかりしを御とくにゆるされてよにうれしく、『この御恩むくひまいらせと思候つるに法師の事はあしく仰せられたりとて日比うかひまいらせ候つるをみて候程に、『まいらせと思な、『我身かくて候へば』と思候つる程にあからさまにきと立はなれまいらせ候つる程にかく候つれば、築地をこえて出候つるにあひまいらせ候つれそこにてとりまいらせ候はば、『殿も御疵なもや候はんらんと思てここにてかく射はらひて取まいらせ候つるなりとてそれより馬にかきのせ申てたしかにもとの所へをくり申てんほののと明る程に帰給ける+さて、月明かりける夜、みな人はまかで、あるは寝入りなどしけるを、この中将、月にめでて、たたずみ給けるほどに、「ものの築地を越えて降りける」と見給ふほどに、後ろよりかきすくひて、飛ぶやうにして出でぬ。あきれまどひて、いかにも思し分かぬほどに、恐しげなる者、来集ひて、遥かなる山の険しく恐しき所へ率て行きて、柴((底本「此木」に「シハ」と傍注。))の編みたるやうなる物を高く作りたるにさし置きて、「さかしらする人をば、かくぞする。やすきことは、ひとへに罪重く言ひなして、悲しき目見せしかば、その答(たう)に、あぶり殺さんずるぞ」とて、火を山のごとく焼きければ、夢などを見る心地して、若くきびはなるほどにてはあり、もの覚え給はず、熱さはただ熱さになりて、ただ片時(かたとき)に死ぬべく思え給ひけるに、山の上より、ゆゆしき鏑矢を射こせければ、ある者ども、「こはいかに」と騒ぎけるほどに、雨の降るやうに射ければ、これら、しばしはこの方よも射けれど、あなたには人の数多く、え射あふべくもなかりけるにや、火の行方(ゆくへ)も知らず、射散らされて逃て去(い)にけり。 
 + 
 +その折、男一人出で来て、「いかに恐しく思し召しつらん。おのれは、その月のその日、からめられてまかりしを、御徳に許されて、よに嬉しく、『この御恩報参らせばや』思ひ候ひつるに、法師のことは悪しく仰せられたとて、日ごろうかがひ参らせ候ひつるを見て候ふほどに、『告げ参らせばや』と思ひながら、『わが身、かくて候へば』と思ひ候ひつるほどに、あからさまに、きと立ち離れ参らせ候ひつるほどに、かく候ひつれば、築地を越えて出候ひつるに合ひ参らせ候ひつれども、『そこにて取り参らせ候はば、殿も御疵(ず)などもや候はんずらん』と思ひて、ここにてかく射はらひて、取り参らせ候ひつるなり」とて、それより馬にかき乗せ申して、たしかにもとの所へ送り申してんげり。ほのぼのと明くるほどにぞ帰り給ひける。 
 + 
 +年おとなになり給ひて、「かかることにこそあひたりしか」と、人に語り給ひけるなり。四条大納言((藤原公任))のことと申すは、まことやらん。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  まはむし上達部のまた中将と申ける内へまいり給道法師 
 +  をとらへていていきけるをこはなに法しそととはせけれは年 
 +  比仕はれて候主をころして候物なりといひけれは誠に罪をもき 
 +  わさしたるものにこそ心うきわさしたる物かなとなにとなくうち 
 +  いひて過給けるに此法師あかき眼なる目のゆゆしくあしけなるして 
 +  にらみあけたりけれはよしなき事をもいひてけるかなとけう 
 +  とくほして過給けるに又男をからめていきけるをこはなに事 
 +  したる物とこりすまに問けれは人の家に追入られて候つる男は 
 +  逃てまかりぬれはこれをとらへてまかるなりといひけれは別の事も 
 +  なきものにこそとてそのとらへたる人をみしりたれはこひゆるして 
 +  やり給大かた此心さまして人のかなしきめをみるにしたかひてたす/下63ウy380 
 + 
 +  け給ける人にてはしめの法師も事よろしくはこひゆるさんとて 
 +  問給けるに罪のことの外にをもけれはさの給けるを法師はやす 
 +  からす思けるさて程なく大赦のありけれは法しもゆりにけりさて 
 +  月あかかりける夜みな人はまかてあるはねいりなとしけるを此中将 
 +  月にめててたたすみ給ける程にものの築地をこえてりけると 
 +  み給ほとにうしろよりかきすくひて飛やうにして出ぬあきれ 
 +  まとひていかにもおほしわかぬ程におそろしけなる物きつとひ 
 +  てはるかなる山のけはしくおそろしき所へいていきて此木((傍注シバ)) 
 +  のあみたるやうなる物をたかくつくりたるにさしをきてさかしら 
 +  する人をはかくそするやすき事はひとへに罪をもくいひなして 
 +  かなしきめみせしかはそのたうにあふりころさんするそとて火 
 +  を山のことく焼けれは夢なとをみる心ちしてわかくきひはなる程 
 +  にてはあり物おほえ給はすあつさはたたあつさに成てたたかた時に/下64オy381 
 + 
 +  しぬへきおほえ給けるに山のうへよりゆゆしきかふら矢を射お 
 +  こせけれはあるものともこはいかにとさはきけるほとに雨のふるやうに 
 +  射けれはこれらしはしは此方よりも射けれとあなたには人の数 
 +  おほくえいあふへくもなかりけるにや火のゆくゑもしらすいちら 
 +  されて逃ていにけりそのおり男ひとりいてきていかにおそろしく 
 +  おほしめしつらんをのれはその月のその日からめられてまかりし 
 +  を御とくにゆるされてよにうれしくこの御恩むくひまいらせやと 
 +  思候つるに法師の事はあしく仰せられたりとて日比うか 
 +  まいらせ候つるをみて候程につまいらせやと思なら我身かく 
 +  て候へと思候つる程にあからさまにきと立はなれまいらせ候 
 +  つる程にかく候つれ築地をこえて出候つるにあひまいらせ候つ 
 +  もそこにてとりまいらせ候は殿も御疵なもや候はんらんと思てここにて 
 +  かく射はらひて取まいらせ候つるなりとてそれより馬にかきのせ/下64ウy382 
 + 
 +  申てたしかにもとの所へをくり申てんりほののと明る程に 
 +  そ帰給ける年おとなになり給てかかる事にこそあひたりしかと 
 +  人にかたり給けるなり四条大納言の事と申はまことやらん/下65オy383
  
-年おとなになり給て、「かかる事にこそ、あひたりしか」と人にかたり給けるなり。四条大納言の事と申は、まことやらん。 
text/yomeiuji/uji157.txt · 最終更新: 2020/09/26 22:07 by Satoshi Nakagawa