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text:yomeiuji:uji057 [2014/09/30 19:08] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji057 [2018/03/08 21:25] (現在) – [第57話(巻4・第5話)石橋の下の蛇の事] Satoshi Nakagawa
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 **石橋の下の蛇の事** **石橋の下の蛇の事**
  
-此ちかくの事なるべし。女ありけり。雲林院の菩提講に、大宮をのぼりにまいりける程に、西院のへんちかく成て、石橋ありけり。水のほとりを廿あまり、卅ばかりの女房、中ゆひてあゆみゆくが、石はしをふみかえして過ぬるあとに、ふみかへされたる橋のしたにまだらなるこくちなはの、きりきりとしてゐたれば、「石のしたにくちなはのありける」とみるほどに、此ふみ返したる女のしりに立て、ゆらゆらとこのくちなはのゆけば、しりなる女のみるにあやしくて、「いかに思て行にかあらん。ふみいだされたるを『あし』と思て、『それが報答せん』と思ふにや。これがせんやうみむ」とてしりにたちて行に、此女、時々は見かへりなどすれども、我ともにくちなはのあるともしらぬげなり。又おなじやうに行人あれども、くちなはの女にぐして行くを、みつけいふ人もなし。ただ、最初みつけつる女の目にのみみえければ、「これがしなさんやうみん」と思て、この女の尻をはなれずあゆみ行程に、うりん院に、まいりつきぬ。+===== 校訂本文 =====
  
-いた敷にわだかまりて、此女居ぬれば、此蛇もぼりて、かたはらにわだかまりてふしたれど、れを見つけさはぐ人なし。「希有わざかな」とはなたずみる程、かうはてぬれば、女たちいづるにしたがひて、くはもつづきて出ぬ。此女「これがしなさんやうみん」とて、尻にたちて京ざまにいでぬ。下ざまに行とまりて家あり。その家にいれば、くちなはもぐして入+近くのこるべし。女ありけり。雲林院(うりんゐん)菩提講に大宮上り参りけほどに、西院のへん近くなて、石橋ありり。
  
-「これぞ、これが家なける」とおもふに「ひるは、するたなきなめ。よるこそとかする事もあらんずらめこれがよりさまを見ばや」おもふに、みるべきやうもなければ、そあゆみよりて「ゐ中よりのぼの、とまるべ所も候はぬを、こよひ斗やどさせ給なんや」いへば、のくちなはのつきたる女を、家あるおもふに、こにやどり給人あり」といへば、老たる女いでき「たれか給ぞ」といへば、「これぞ家あるじりけ」と思て、「こよ斗やどり申なり」といふ。「よく侍なん。おは、いふ。れし」と、思入りてみれば、板敷のあるのぼり、此女のゐたり。ちなはは、板敷のしもに、もとにわだかまりてあり。めをつけてみれば、此をまもりあげて此くちなはゐた。蛇つきたる女「殿にあるやうは」ど物がたしゐたり。「宮仕する物也」とみる+水のほとりを二十あまり、三十ばかりの女房中結ひて歩み行石橋を踏み返して過ぎぬるあとに、返されたに、まだらな小蛇(こくちなは)の、きして居たれば、「石したにくちなはのありけみるほどに、この踏み返したる女の尻に立ち、ゆらゆらとこ蛇の行けば、なる女の見るに怪しくて、「いかに思て、行くにあらん。踏み出だされたるを『悪し』と思ひ、『それが報答ん』にやこれがせんや見む」とて立ちくに、の女、時々見返などすれどもわがとも蛇のあるとも知らぬげなり。
  
-かかるほどに、日、だくれに暮てくらく成ぬれば、くちなはのありさまを、みるべきやうもなくて、此家主とおぼゆる女いふやう、「かさせ給へるかはりに、緒やある。うみてたてまつらん。火とし給へ」といへば「うれしくの給たり」とて火ともしお取出してあづたれば、それをうみつつみれば、「此女、ふしぬめり。いまや、よらんずらん。」とみども、ちかくはよらず。「この事やてもつげばや」と思へども、「つげたらば、我ためにもあしくやあらん」と思て、物もいえで、「しなさんやうん」とて、夜中過るまで、まもりゐた共、つゐにゆるかたもなき程に、火消ぬれば此女もねぬ。+た、同じやうに人あれども、蛇の女に具て行見付け言ふ人し。ただ最初見付けつる女の目にの見えければ、「れがしなさんやうん」と思ひて、女の尻を離ず歩行くほどに、雲林院に参り着きぬ。
  
-明て後、「いかがあらん」と思て、まどひきてれば、女、よきねおきて、かくもなげにて、家あるじおぼゆる女にふやう「こよひ夢をこそつれ」とへば、「いかに見給へばぞ」とへば、「『このたる枕上に、人のる』と思てれば、こしよりかみは人にて、しもはくなはなる女の、きよげなるがゐていふやうをのれは人をうらめしと思ひし程にかくくちなはの身をうけて石橋の下におほくのとしをすしてしとおもひゐたる程に昨日をのれをもしの石をふみ返し給しにたすけられて石のその苦をまぬれてうれしと思ひ給しかば、『この人のおはしつらん所をみをきたてまつりてよろこも申さむと思て御供にまいりしほ菩提講の庭にまいり給ければ、その御供にまいりたるによりてあひたき法をうけ給たるによりておほく罪をさへほろしてその力にて人にむまれ侍き功徳のちかくなり侍れば、いよいよ悦をいたきてかくてまいりたる也このむくひには物よくあらせたてまつりてよきおとこなど、あはせたてまつるきなりといふとなんみつるとかたるにあさましくなりて此やりたる女のいふやう、「まことはをのれはゐ中よりのりたるにも侍らず。そこそこに侍るもの也それが、昨日菩提講に参り侍し道にその程に行あひ給たりしが、しりに立てあゆみまいりしに大宮のその程に川の石橋をふみ返されたりし下よりらなりしこくちなはのいきて御供に参しをかくとつ申さむと思しかたてまつりては我ためも悪事にてもやあらむらんとおそろしくてえ申さりし也誠に講の庭にもそのくちなは侍しか人もえみつけりし也はてて出給しおりしたてまつりたりしかば、成はてんやうゆかしくて思もかけず、こよひここにて夜を明し侍りつる也この夜中過るま此蛇柱のもとに侍つるが、明てみ侍つれば、くちなはもみえ侍らりし也それにあはせてかかる夢たりをし給へば、あさましくおそろしくてかくあらはし申なり今よりはこれをついにてなに事も申さんいひかたらひて後はつねに行かよひつつしる人になん成にけり+寺の板敷に上りて、この女、居ぬれば、この蛇も上りて、傍らにわだかまり伏したれど、これを見付け騒ぐ人なし。「希有のわざかな」と、目を放たず見るほどに、講果てぬれば、女、立ち出づるに従ひて、蛇も続きて出でぬ。 
 + 
 +この女、「これがしなさんやう見ん」とて、尻に立ちて、京ざまに出でぬ。下ざまに行き止まりて家あり。その家に入れば、蛇も具して入りぬ。 
 + 
 +「これぞ、これが家なりける」と思ふに、「昼は、するかたなきなめり。夜こそ、とかくすることもあらんずらめ。これが夜のありさまを見ばや」と思ふに、見るべきやうもなければ、その家に歩み寄りて、「田舎より上る人の、行き泊るべき所も候はぬを、こよひばかり宿させ給ひなんや」と言へば、この蛇の憑きたる女を、家主(いへあるじ)と思ふに、「ここに宿り給ふ人あり」と言へば、老ひたる女、出で来て、「誰(たれ)か、のたまふぞ」と言へば、「これぞ家主なりける」と思ひて、「今宵ばかり、宿借り申すなり」と言ふ。「よく侍りなん。入りておはせ」と言ふ。「嬉し」と思ひて、入りて見れば、板敷のあるに上りて、この女の居たり。蛇は板敷の下(しも)に、柱のもとにわだかまりてあり。目をつけて見れば、この女をまもり上げて、この蛇は居たり。蛇憑きたる女、「殿にあるやうは」など、物語しゐたり。「宮仕へする者なり」と見る。 
 + 
 +かかるほどに、日ただ暮れに暮て、暗くなりぬれば、蛇のありさまを見るべきやうもなくて、この家主と思ゆる女に言ふやう、「かく宿させ給へるかはりに、緒やある。績(う)みて奉らん。火ともし給へ」と言へば、「うれしくのたまひたり」とて、火ともしつ。緒取り出だして、預けたれば、それを績みつつ見れば、この女、臥しぬめり。「いまや、寄らんずらん」と見れども、近くは寄らず。「このこと、やがても告げばや」と思へども、「告げたらば、わがためにも悪しくやあらん」と思ひて、物も言はで、「しなさんやう見ん」とて、夜中の過ぐるまで、まもり居たれども、つひに見ゆるかたもなきほどに、火消えぬれば、この女も寝ぬ。 
 + 
 +て後、「いかがあらん」と思て、まどひきてれば、この女、よきほど寝起きて、ともかくもなげにて、家ゆる女にふやう今宵、夢をこそつれ」とへば、「いかに見給へばぞ」とへば、「『このたる枕上に、人のる』と思、見れば、こしより上(かみ)は人にて、下は蛇なる女の清げなるが居て、言ふやう、『おのれは、人を、『恨め』と思ひしほどに、かく蛇の身を受けて、石橋の下に多くの年を過ぐして、『わびし』と思ひ居たるほどに、昨日、おのれが重しの石を踏み返し給ひしに助けられて、石のその苦をまぬがれて、『嬉し』と思ひ給へしかば、『この人のおはしつらん所を、見置き奉りて、悦び申さむ』と思ひて、御供に参りしほどに、菩提講の庭に参り給ひければ、その御供に参りたるによりて、会ひがたき法を承りたるによりて、多く罪をさへ滅ぼして、その力にて、人に生まれ侍るべき功徳の近くなり侍れば、いよいよ悦びをいただきて、かくて参りたるなり。この報ひに、物よくあらせ奉りて、良き男ど、逢はせ奉るべきなり』と言ふとなん見つる」と語るに、あさましくなりて、この宿りたる女の言ふやう「まことは、おのれは田舎より上りたるにも侍らず。そこそこに侍るものなり。それが昨日、菩提講に参り侍りし道に、そのほどに行合ひ給ひたりしかば、尻に立て、歩み参りしに、大宮のそのほどに、川の石橋を踏み返されたりし下り、まだらなりし小蛇(こくちなは)の出で来て、御供に参りしを、『かくと告申さむ』と思ひしかども、告げ奉りては、『わがためも悪事にてもやあらむずらん』と恐しくて、え申さざりしり。まことに、講の庭にもその蛇侍りしかども、人もえ見付けざりしなり。果てて出で給ひし折、また具し奉りたりしかば、なり果てんやうゆかしくて、思ひもかけず、今宵、ここにて夜を明かし侍りつるなり。この夜中過ぐるまでは、この蛇、柱のもとに侍りつるが、明けて見侍りつれば、蛇も見え侍らざりしなり。それにあはせて、かかる夢語りをし給へば、あさましく、恐しくて、かくあらはし申すなり。今よりは、これをついでにて、何事も申さん」など、言ひ語らひて、後は常に行き通ひつつ、知る人になんなりにけり。 
 + 
 +さてこの女、よにもの良くなりて、このごろは、何とは知らず、大殿の下家司のいみじく徳あるが妻になりて、よろづ事かなひてぞありける。尋ねばかくれあらじかしとぞ。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  此ちかくの事なるへし女ありけり雲林院の菩提講に大宮を 
 +  のほりにまいりける程に西院のへんちかく成て石橋ありけり 
 +  水のほとりを廿あまり卅はかりの女房中ゆひてあゆみゆくか 
 +  石はしをふみかえして過ぬるあとにふみかへされたる橋のしたに 
 +  またらなるこくちなはのきりきりとしてたれは石のしたにくち 
 +  なはのありけるとみるほとに此ふみ返したる女のしりに立てゆらゆら 
 +  とこのくちなはのゆけはしりなる女のみるにあやしくていかに思て 
 +  行にかあらんみいたされたるをあしと思てそれか報答せんと 
 +  思ふにやこれかせんやうみむとてしりにたちて行に此女時々は 
 +  見かへりなとすれとも我ともにくちなはのあるともしらぬけなり又 
 +  おなしやうに行人あれともくちなはの女にくして行くみつけいふ 
 +  人もなしたた最初みつけつる女目にのみみえけれはこれか/64ウy132 
 + 
 +  しなさんやうみんと思てこの女の尻をはなれすあゆみ行程に 
 +  うりん院にまいりつきぬ寺のいた敷にのほりて此女居ぬれ 
 +  は此蛇ものほりてかたはらにわたかまりふしたれとこれを見つけ 
 +  さはくなし希有のわさかなと目はなたすみる程にか 
 +  はてぬれは女たちいつるにしたかひてくちなはもつつきて出ぬ 
 +  此女これかしなさんやうみんとて尻にたちて京さまにいてぬ下 
 +  さまに行とまりて家ありその家にいれはくちなはもくして入ぬ 
 +  これそこれか家なりけるとおもふにひるはするかたなきなめり 
 +  よるこそとかくする事もあらんすらめこれかよるのありさまを 
 +  見はやとおもふにみるへきやうもなけれはその家にあゆみよりて 
 +  ゐ中よりのほる人のゆきとまるへき所も候はぬをこよひ斗 
 +  やとさせ給なんやといへはこのくちなはのつきたる女を家あると 
 +  おもふにここにやとり給人ありといへは老たる女いてきてたれか/65オy133 
 + 
 +  の給そといへはこれそ家あるしなりけると思てこよ斗やとかり 
 +  申なりといふよく侍なん入ておはせといふうれと思て入てみれは 
 +  板敷のあるにのほりて此女のゐたりくちなはは板敷のしもに柱の 
 +  もとにわたかまりてありめをつけてみれは此女をまもりあけて此 
 +  くちなははゐたり蛇つきたる女殿にあるやうはなと物かたりしゐたり 
 +  宮仕する物也とみるかかるほとに日たたくれに暮てくらく成ぬ 
 +  れはくちなはのありさまをみるへきやうもなくて此家主とおほ 
 +  ゆる女にいふやうかくやとさせ給へるかはりに緒やあるうみてたて 
 +  まつらん火ともし給へといへはうれしくの給たりとて火ともし 
 +  つお取出してあつけたれはそれをうみつつみれは此女ふしぬ 
 +  めりいまやよらんすらんとみれともちかくはよらすこの事やかても 
 +  つけはやと思へともつけたらは我ためにもあしくやあらんと思て物 
 +  もいはてしなさんやうみんとて夜中の過るまてまもりゐたれ共/65ウy134 
 + 
 +  つゐにみゆるかたもなき程に火消ぬれは此女もねぬ明て後 
 +  いかかあらんと思てまとひおきてみれは此女よき程にねおきて 
 +  ともかくもなけにて家あるしとおほゆる女にいふやうこよひ夢 
 +  をこそみつれといへはいかに見給へはそととへはこのねたる枕上に 
 +  人のゐると思てみれはこしよりかみは人にてしもはくちなはなる女 
 +  のきよけなるかゐていふやうをのれは人をうらめしと思ひし程に 
 +  かくくちなはの身をうけて石橋の下におほくのとしをすして 
 +  しとおもひゐたる程に昨日をのれをもしの石をふみ返し 
 +  給しにたすけられて石のその苦をまぬれてうれしと思ひ 
 +  給しかこの人のおはしつらん所をみをきたてまつりてよろこひ 
 +  も申さむと思て御供にまいりしほに菩提講の庭にまいり 
 +  給けれその御供にまいりたるによりてあひたき法をうけ給 
 +  たるによりておほく罪をさへほろしてその力にて人に/66オy135 
 + 
 +  むまれ侍き功徳のちかくなり侍れいよいよ悦をいたきて 
 +  かくてまいりたる也このむくひには物よくあらせたてまつりてよき 
 +  おとこなあはせたてまつるきなりといふとなんみつるとかたるに 
 +  あさましくなりて此やりたる女のいふやうまことはをのれはゐ中 
 +  よりのりたるにも侍らそこそこに侍るもの也それ昨日菩提講 
 +  に参り侍し道にその程に行あひ給たりしかはしりに立てあゆみま 
 +  いりしに大宮のその程に川の石橋をふみ返されたりし下より 
 +  らなりしこくちなはのいきて御供に参しをかくとつけ 
 +  申さむと思しかもつたてまつりては我ためも悪事にてもや 
 +  あらむらんとおそろしくてえ申さりし也誠に講の庭 
 +  にもそのくちなは侍しかも人もえみつけりし也はてて 
 +  出給しおり又したてまつりたりしか成はてんやうゆかしくて 
 +  思もかけこよひここにて夜を明し侍りつる也この夜中過る/66ウy136 
 + 
 +  は此蛇柱のもとに侍つる明てみ侍つれくちなはもみえ 
 +  侍らりし也それにあはせてかかる夢たりをし給へあさま 
 +  しくおそろしくてかくあらはし申なり今よりはこれをつい 
 +  てにてなに事も申さんないひかたらひて後はつねに 
 +  行かよひつつしる人になん成にけりさてこの女よに物よく 
 +  成てこの比はなにとはしらす大殿の下家司のいみしく徳 
 +  あるか妻に成てよろつ事叶てそ有ける尋はかくれあらしかしとそ/67オy137
  
-さてこの女、よに物よく成て、この比はなにとはしらず、大殿の下家司のいみじく徳あるが妻に成て、よろづの事叶てぞ有ける。尋ばかくれあらじかしとぞ。 
text/yomeiuji/uji057.1412071693.txt.gz · 最終更新: 2014/09/30 19:08 by Satoshi Nakagawa