ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:yomeiuji:uji050

差分

このページの2つのバージョン間の差分を表示します。

この比較画面へのリンク

両方とも前のリビジョン前のリビジョン
次のリビジョン
前のリビジョン
text:yomeiuji:uji050 [2014/09/28 14:24] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji050 [2018/03/08 21:22] (現在) – [第50話(巻3・第18話)平貞文本院侍従の事] Satoshi Nakagawa
行 6: 行 6:
 **平貞文本院侍従の事** **平貞文本院侍従の事**
  
-今は昔、兵衛佐平貞文をばへいちうといふ。色ごのみにて、宮つかへ人はさらなり、人のむすめなど、しのびてみぬはなかりけり。思ひかけて、文やる程の人の、なびかぬはなかりけるに、院侍従と云は、村上の御母后の女房也。世の色ごのみにてありけるに、やるににくからず返ごとはしながら、あふ事はなかりけり。+===== 校訂本文 =====
  
-「しばしこそあらめつゐにはさりともて、もののあ夕ぐれ空、又、月のあかき夜など、えんに人の目とどめつべき程をはかつつをとづれれば女もみしりて、なさけはかはがら、心をばゆさず。つれなくて、はしたなからぬほどに、いらへつつ人ゐまじり、しかるまじき所ては物いひなどはしながら、めでたくのがれつつ、心もゆるさぬを、男さもしらで、くのみすぐる+今は昔兵衛佐平貞文((平定文とも。))をば平中(へいちう)いふ。色好みにて、宮仕へ人さら女(むすめ)など、忍びて見ぬりけり。思文やるほどの人の、なはなかりけるに、本院侍従とふは村上の((村上天皇))御母后((藤原穏子))の女房な。世の色好みにてありけるに文やるに、にくからず返りごとはしながら、逢ふことりけり
  
-心もとなくて、つねよりもしげくをづれて、いらん」といひをこせりけるに、れいのはしたなからいらへたれば、四月のつごもり比に雨、おどろおどろしくて、物おそろに、「かかるおりにゆたらばこそはれめ」とおひてい+「しばしこそあらめ、つひには、さ思ひて、もののあはれなる夕ぐれの空、また、月の明かき夜など、艶(えん)に、目とどめつべきほどをはからひつつ訪れければ、見知情けはかはながら、心をばゆるさず。つれなくて、からぬほどいらへつつ人居まじり、苦しかるまじ所にては物言ひなどしながら、めでたく逃つつ、心ゆるさぬを、男知ら、かくのみ過ぐる
  
-道すがら、たへがたき雨を、「これにいきたらんに、あはで返す事、よも」とたのもしく思て、つぼねにゆきたば、人いできて、「うへになれば、あんない申さん」と、はしたにれていぬ。みれば、うしろに火ほのかにともしてとのゐ物とき衣、ふせごにかけて、たき物めたるにほひ、なべてならず。いと心にくくて、身にしみて、いみじとおもふに、人帰て「ただいまおりさせ給」といふ。うれしさかぎりなし。すなはちおりたり。「かかるは、いかに」などいへ、「れにさはらんはむげにさき事にこそ」などいひかして、ちかくよりて、かみをさぐば、こほりをのしかけたらんやうにややかに、あたりめたき事かぎりなし+心もとなくてもしれて、「参らん」と言ひおこせたりけるに例のはしたならず、らへたれば、四月つごもりごろに、雨、どろおどろく降りて、もの恐げなるに、「かかる行きたらばこあはれ』とも思はめ」と思ひて
  
-なにやかやとえもいはぬ事どもいひかはして、うがひなくおもふに、「あは、やり戸をあけながら、わすれてきける。つとめて『たれか、あけながらは、出にけるぞ』などわづらはし事になりなんず。てて帰らん。ほどもあるまじ」といへば「さること」と思て、かばかりうちとけにたれば、心やすくて、きぬをどめまいらせぬ。+道すがら耐へがき雨を、「れに行(い)きたらん逢はで返すこと、よも」と頼もしくて、局(つぼね)行(ゆ)きたれば、人出で来て、「上になれば、案内(あんない)申さん」とて、端の方に入れ往ぬ。
  
-まことにやりどとして、「こなたへくらん」と待ほどに、をともせでおくざへ入ぬ。それに心もとなく、あさまくうつし心もうせてて、はひもりぬべけれど、すべ方もて、やりつるやしさを思へどかひなければ、なくなくあ月ちくい+見れば、物の後ろに、火、ほのかに灯して、宿直物(のゐもの)とおぼしき衣、伏籠(ふせご)かけて、薫き物しめたる匂ひ、なべてならず。い心にくくて、身にて、「いみじ」と思ふに、人帰りて、「ただいさせ給ふ」言ふ。嬉しさかぎりなし。すな下りたり。「かかる雨にかに」な言へば「これにさはらんは、無下に浅ことにこそ」ど言ひかはして、寄りて髪をさぐれば、氷をのしけたらんやうに冷やにて、当りめたきことかぎりなし
  
-行きてもひかしてすかしきつる心うさかきつづけてやりたれど、「何しにかすかさん。帰らんとせしにめししかば、後も」ないひすごしつ+やかやといはぬことども言ひかして、疑ひなく思ふに、「あはれ、遣戸開けながら忘れて来にる。つとめ『誰か、開けながらは、出でにけるぞ』など、わづらはきことなりな立てて帰らん。ほどもあるまじ」言へば、「さること」と思ひて、かばかりうちとけたれば、心安くて、衣(きぬ)をと参らせぬ
  
-「大かた、ちかき事はあまじきなめり。今はさは、この人のわろくうとましからんをみてひうとばやかくのみしに思はでりなん」と思て、ずいじんをよびて、「そのひとのひすましのかはごもていかん、ばいとりて、我にみせよ」といひけれ日ごろそひてうかがひて、からうじてにげけるを、いとりてしうにとらせつ+ことに遣戸立つ音してなたへ来らん待つほどにせで、奥ざへ入りぬそれに、もとなましく、うつし心失せ果てて、も入りぬべけれすべき方もなくて、やりつ悔しさ思へどなければ、なくなく暁近く出でぬ
  
-へいちう悦て、かくれにもゆきてみれば、かうなうす物の三重かねなるに、つつみた。かうばしき事ぐひな。ひきときてあくるに、かうばしたとえかたなしみればぢ・丁子をこくんじていれたり。また、たきものを、おほくまろがつつ、あまたいれたり。さるままに、かうばき。をるべし。+家に行きて、思ひあて、し置きつ心憂さ、書きづけてやりたれど、「何しにかさん。帰らせしに、ししかば、後にも」など言ひて過
  
-みるに、いとあさまし。「ゆゆしげにきたらば、それにみあきてこころもやなさむとこそおもひつれこはいかなる事ぞ。かく心ある人やはある人ともおえぬありさまかないとしぬ斗おもへど、かいなし。「みんとしもやは思きにかかるこころせをみてのちはいよいよほけほけしくおもひけれつゐにあはやみけり+「おほかた、ま近きことは、あるまじきなめり。今は、さは、この人の悪(わろ)く踈(うと)ましからんことを見て、思ひ踈まばや。かくの心づくしに、思はでありなん」と思ひて、随身を呼びて、「その人のひすましの皮籠(かはご)持て行かん、奪(ば)ひ取りて、われに見せよ」と言ひければ、日ごろ、添ひてうかがひて、からうじて逃げけるを、追ひて、奪ひ取りて、主(しう)に取らせつ。 
 + 
 +平中、悦びて、隠れに持て行きて、見れば、香なる薄物の、三重重ねなるに包みたり。香ばしきこと、たぐひなし。引き解きて開くるに、香ばしさ、喩へんかたなし。みれば沈(ぢん)・丁子を濃く煎じて入れたり。また、薫物を多くまろがしつつ、あまた入れたり。さるままに、かうばしき。推し量るべし。 
 + 
 +るに、いとあさまし。「ゆゆしげにきたらば、それに見飽きて、心もや慰む』とこそ思ひつれ。こは、いかなることぞ。かく心ある人やはある。ただ人とも思えぬありさまかな」と、いとど死ぬばかり思へど、かひなし。「わが見んとしもやは思ふべきに」と、かかる心ばせを見てのちは、いよいよ呆(ほ)け呆けしく思ひけれど、つひに逢はでやけり。 
 + 
 +「わが身ながらも、かれに、よに恥ぢがましく、妬く思えし」と、平中、みそかに人と忍びて、語りけるとぞ。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今は昔兵衛佐平貞文をはへいちうといふ色このみにて宮つ 
 +  かへ人はさらなり人のむすめなとしのひてみぬはなかりけり思ひ/57ウy118 
 + 
 +  かけて文やる程の人のなひかぬはなかりけるに本院侍従と云は 
 +  村上の御母后の女房也世の色このみにてりけるに文やるに 
 +  にくからす返ことはしなからあふ事はなかりけりしはしこそあらめ 
 +  つゐにはさりともと思てもののあはれなる夕くれの空又月の 
 +  あか夜なとえんに人の目ととめつへき程をはからひつつをと 
 +  つれけれは女もみしりなさけはかはしなから心をはゆるさすつれ 
 +  なくてはしたなからぬほとにいらへつつ人ゐましりくるしかる 
 +  ましき所にては物いひなとはしなからめてたくのかれつつ心もゆる 
 +  さぬを男はさもしらてかくのみすくる心もとなくてつねよりも 
 +  しけくをとつれてまいらんといひをせたりけるにれいのはしたなから 
 +  すいらへたれは四月のつもり比に雨おとおとろしく降て物おそろ 
 +  しけなるにかかるおりにゆきたらはこそあはれと思はめとおもひて 
 +  いてぬ道すからたへかたき雨をこれにいきたらんにあはて/58オy119 
 + 
 +  返す事よもとたのもしく思てつほねにゆきたれは人いてき 
 +  てうへになれはあんない申さんとてはしのかたにいれていぬみれは 
 +  物のうしろに火ほのかにともしてとのゐ物とおほしき衣ふせこ 
 +  にかけてたき物しめたるにほひなへてならすいと心にくくて身に 
 +  しみていみしとおもふに人帰てたたいまおりさせ給といふうれしさ 
 +  かきりなしすなはちおりたりかかる雨にはいかになといへはこれに 
 +  さはらんはむけにあさき事にこそなといひかはしてちかくよりて 
 +  かみをさくれはこほりをのしかけたらんうにひややかにてあたりめ 
 +  てたき事かきりしなにやかやとえもいはぬ事ともいひか 
 +  はしてうたかひなくおもふにあはれやり戸をあけなからわすれて 
 +  きにけるつとめてたれかあけなからは出にけるそなとわつらはし 
 +  き事になりなんすたてて帰らんほともあるましといへはさる 
 +  ことと思てかはかりうちとけにたれは心やすくてきぬをととめ/58ウy120 
 + 
 +  てまいらせぬまことにやりとたつるをとしてこなたへくらんと待 
 +  ほとにをともせておくさまへ入りぬそれに心もとなくあさましく 
 +  うつし心もうせはててはひもいりぬへけれとすへき方もなくて 
 +  やりつるくやしさを思へとかひなけれはなくなくあか月ちかくいてぬ 
 +  家に行きておもひあかしてすかしをきつる心うさかきつつけてや 
 +  りたれと何しにかすかさん帰らんとせしにめししかは後にも 
 +  なといひてすこしつ大かたまちかき事はあるましきなめり 
 +  今はさはこの人のわろくうとましからんことをみておもひうとま 
 +  はやかくのみ心つくしに思はてありなんと思てすいしんをよひて 
 +  そのひとのひすましのかはこもていかんはいとりて我にみせよといひ 
 +  けれは日ころそひてうかかひてからうしてにけけるををひてはい 
 +  とりてしうにとらせつへいちう悦てかくれにもてゆきてみれはかう 
 +  なるうす物の三重かさねなるにつつみたりかうはしき事たくひ/59オy121 
 + 
 +  なしひきときてあくるにかうはしさたとへんかたなしみれは 
 +  ちん丁子をこくせんしていれたりまたたきものをおほくまろ 
 +  かしつつあまたいれたりさるままにかうはしきをしはかるへし 
 +  みるにいとあさましゆゆしけにをきたらはそれにみあきて 
 +  こころもやなくさむとこそおもひつれこはいかなる事かく 
 +  心ある人やはあるた人ともおえぬありさまかなといと 
 +  ぬ斗おもへかいなしわみんとしもやは思きにとかかる 
 +  こころせをみてのちはいよいよほけほけしくおもひけれと 
 +  つゐにあはやみけり我か身なからもかれによにはちかましく 
 +  ねたくおほえしとへいちうみそかに人としのひてかた 
 +  りけるとそ/59ウ122
  
-「我が身ながらも、かれに、はぢがましくねたくおぼえし」と、へいちう、みそかに人としのびてかたりけるとぞ。 
text/yomeiuji/uji050.txt · 最終更新: 2018/03/08 21:22 by Satoshi Nakagawa