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text:yomeiuji:uji031 [2014/09/28 01:45] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji031 [2017/11/30 19:04] Satoshi Nakagawa
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 宇治拾遺物語 宇治拾遺物語
-====== 第31話(巻2・第13話)なりむら強力の学士に逢ふ事 ======+====== 第31話(巻2・第13話)成村、強力の学士に逢ふ事 ======
  
 **ナリムラ強力ノ学士ニ逢事** **ナリムラ強力ノ学士ニ逢事**
  
-**なりむら強力の学士に逢ふ事**+**成村、強力の学士に逢ふ事**
  
-昔、なりむらといふ相撲ありけり。+昔、成村((真髪成村))といふ相撲(すまひ)ありけり。
  
-時に国の相撲ども、上あつまりて、相撲節ちける、朱雀門にあつまりてすずみけるが、其辺あそび行に、大学の東門を過て南まにかんとしけるを、大学の衆どももあまた東門に出てすずてりけるに、相撲どもの過るを「とをさじ」とて、「せいせん。たかし」とひて、ちふたがりてとをさざりければ、さすがにやごつなき所の衆どものするなれば、破てもえとをらぬに、たけひきらかなる衆の、冠、うへのきぬ、こと人よりは少よろしきが、中すぐれて出立て、いたく制するがけるを、なりむらつめてけり。「いざいざ帰なん」とて、もとの朱雀門に帰ぬ。+時に国の相撲ども、上(のぼ)り集まりて、相撲ちけるほど、朱雀門にまりてみけるが、その辺遊び行に、大学((大学寮))の東門を過まにかんとしけるを、大学の衆どももあまた東門に出、涼てりけるに、この相撲どもの過るをさじ」とて、「せん。し」とひて、ちふたがりて、通さざりければ、さすがにやごつなき所の衆どものすることなれば、破てもえらぬに、たけひきらかなる衆の、冠・上衣(きぬ)、こと人よりは少よろしきが、中すぐれて出て、いたく制するがありけるを、成村つめてけり。「いざいざなん」とて、もとの朱雀門に帰ぬ。
  
-そこにて、「大学の衆にくきやつどもかな。何の心にらをばとをさじとはするぞ。ただとをらんと思つれどもさもあれけふは通らで、あすとほらんと思なり。たけひきやかにて、中にて『せいせん』とひて、『とほさじちふたがる男、にくやつ也あすとほらんにも、かならけふのやうにせんずらん。なにぬし、その男の尻鼻、血あゆばかりかならけたまへ」とへば、さはるる相撲、わきをかきて、「のれが蹴てんには、いかにもかじを。嗷議にてこそかめ」とひけり。「尻けよ」とはるる相撲は、おぼえある力、こと人よりはすぐれ、走とくなどありけるをて、なりむらふなりけり。さてその日は各家家に帰りぬ。+そこにていはく、「この大学の衆、憎奴(やつ)どもかな。何の心に、われらをばさじとはするぞ。ただらんと思つれどもさもあれ、『今日は通らで、明日通らんと思なり。たけひきやかにて、中にすぐれて『せん』とひて、さじとちふたがる男、奴なり明日通らんにも、今日のやうにせんずらん。ぬし、その男の尻鼻、血あゆばかり、必蹴給へ」とへば、さはるる相撲、をかきて、「のれが蹴てんには、いかにもかじものを。嗷議(がうぎ)にてこそかめ」とひけり。この、「尻けよ」とはるる相撲は、おぼえある力、こと人よりはすぐれ、走とくなどありけるをて、成村ふなりけり。さてその日は、おのおのに帰りぬ。
  
-の日になりて、昨日まいらざりし相撲など、あまたあつめて、人がちにて、とほらんとかまふるを、大学の衆もさや心にけん、昨日よりは人おほくなりて、かしましう、「せいせん」とひたてりけるに、相撲ども、うちれてあゆみかかりたり。昨日すぐれて制せし大学の衆、れいの事なれば、すぐれて大路中に立て、「すぐさじ」とおもふけしきしたり。+またの日になりて、昨日らざりし相撲など、あまためて、人がちになりて、らんとかまふるを、大学の衆もさや心にけん、昨日よりは人くなりて、かしましう、「せん」とひたてりけるに、この相撲ども、うちれて、歩(あゆ)みかかりたり。
  
-りむら、しりよとひつる相撲に目をくばせければ、相撲、人よりたけたかく、大きにわかく、いさみたるをのこにて、くくりたかやかにかきげて、さしすすあゆる。それにつづきて、すまひも、ただとほりにとほらんとするを、かの衆どもも、とほさじとするに、尻んとする相撲、かくふ衆にはしりかかりて、「けたをさん」と足をいたくもたげたるを、衆はをかけて、をためてちがひければ、蹴はづして、足のたかくあがりて、のけざまになるやうにしたる足を大学の衆りてけり。+昨日、すぐれて制せし大学の衆、例のことればすぐれて大路中に立ちて、「過ぐさじ」と思ふ気色。成村、「尻蹴ひつる相撲に目をくばせければ、この相撲、人よりたけく、大きにく、みたる男(をのこ)にて、くくりやかにかきげて、さしる。それにきて、ことすまひも、ただりにらんとするを、かの衆どもも、さじとするほどに、尻んとする相撲、かくふ衆にりかかりて、「蹴倒さん」と足をいたくもたげたるを、この衆はをかけて、をためてちがひければ、蹴して、足の上(あが)りて、のけざまになるやうにしたる足を大学の衆、取りてけり。
  
-そのすまひを、ほそき杖などを人の持たるやうにげて、かたへのすまひに走かかりければ、それをてかたへのすまひ逃けるを、追かけてその手にげたる相撲をばげければ、ふりきて二三段斗なげられて、たうれしにけり。身くだけて、あがるべくもなくぬ。+その相撲を、き杖などを人の持たるやうにげて、かたへの相撲に走かかりければ、それをかたへの相撲けるを、追かけてその手にげたる相撲をばげければ、ふりきて三段ばかり投げられて、倒(たう)しにけり。身けて、るべくもなくなりぬ。
  
-それをばらず、なりむらがあるかたざまへ走かかりければ、なりむらめをかけて逃けり。心もかずをいければ、朱雀門の方ざまに走て、脇の門より走入を、やがてつめて走かかりければ「とらへられぬ」と思て式部省の築地えけるを、引とどめんとて、手をしやりたりけるに、はやく越ければ、こと所をばえとらへず。かたすこさがりたりけるきびすを、沓くはへながらとらへたりければ、沓のきびすに足の皮をりくはへて、沓のきびすを刀にて切たるやうに引切てりてけり。+それをばらず、成村があるざまへ走かかりければ、成村、目をかけて逃けり。心もかず追ひければ、朱雀門の方ざまに走て、脇の門より走を、やがてつめて走かかりければへられぬ」と思式部省の築地えけるを、とどめんとて、手をさしやりたりけるに、はやく越ければ、こと所をばえへず。りたりける踵(きびす)を、沓くはへながら、捕へたりければ、沓のに足の皮をりくはへて、沓の刀にて切たるやうにりてけり。
  
-なりむら築地の内にこえたちて足をみければ、血はしりてとまるくもなし沓の踵きれてうせにけり。「我を追ける大学の衆あさましく力ある物にて有ける相撲をも人杖につかれてなくめり世中ひろければ、かかる物のあるこそおそろしき事なれられたるすまひは死入たりけれ物にかき入てになひてもてゆきけり+成村、築地の内に越え立ちて、足を見ければ、血はしりて、とどまるべくもなし。沓の踵、切れて失せにけり。「われを追ひける大学の衆、あさましく、力ある者にてありけるなめり。尻蹴つる相撲をも、人杖に突かれて、投げ砕くめり。世の中広ければ、かかる者のあるこそ、恐しきことなれ」。投げられたる相撲は、死に入りたりければ、物にかき入れて、になひて持て行きけり。 
 + 
 +この成村、方(かた)の将(すけ)に、「しかじかのことなん候ひつる。かの大学の衆は、いみじき相撲にさぶらふめり。成村と申すとも、あふべき心地、つかまつらず」と語りければ、方の将は、宣旨申し下して、「式部の丞(ぞう)なりとも、その道に耐へたらんはといふことあれば。まして大学の衆は何条ことかあらん」とて、いみじう尋ね求められけれども、その人とも聞こえずして、やみにけり。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  昔なりむらといふ相撲ありけり時に国国の相撲とも上あつまりて 
 +  相撲節まちける程朱雀門にあつまりてすすみけるか其辺あそひ 
 +  行に大学の東門を過て南さまにゆかんとしけるを大学の衆ともも 
 +  あまた東門に出てすすみたてりけるに此相撲ともの過るをとを 
 +  さしとてなりせいせんなりたかしといひてたちふたかりてとをささりけれは 
 +  さすかにやこつなき所の衆とものする事なれは破てもえとをらぬに 
 +  たけひきらかなる衆の冠うへのきぬこと人よりは少よろしきか中にすくれ 
 +  て出立ていたく制するか有けるをなりむらはみつめてけりいさいさ帰 
 +  なんとてもとの朱雀門に帰ぬそこにて云此大学の衆にくきやつともかな 
 +  何の心に我らをはとをさしとはするそたたとをらんと思つれともさもあれけ/39ウy82 
 + 
 +  ふは通らてあすとほらんと思なりたけひきやかにて中に勝てなりせい 
 +  せんといひてとほさしとたちふたかる男にくきやつ也あすとほらんにもかなら 
 +  すけふのやうにせんすらんなにぬしその男の尻鼻血あゆはかりかならすけたま 
 +  へといへはさいはるる相撲わきをかきてをのれか蹴てんにはいかにもいかし物を 
 +  嗷議にてこそいかめといひけり此尻けよといはるる相撲はおほえある力 
 +  こと人よりはすくれ走とくなとありけるをみてなりむらもいふなりけりさて 
 +  その日は各家家に帰りぬ又の日になりて昨日まいらさりし相撲なとあまためし 
 +  あつめて人かちに成てとほらんとかまふるを大学の衆もさや心えにけん 
 +  昨日よりは人おほくなりてかしましうなりせいせんといひたてりけるに此相撲 
 +  ともうちむれてあゆみかかりたり昨日すくれて制せし大学の衆れいの 
 +  事なれはすくれて大路中に立てすくさしとおもふけしきしたりなりむら 
 +  しりけよといひつる相撲に目をくはせけれは此相撲人よりたけたかく大 
 +  きにわかくいさみたるをのこにてくくりたかやかにかきあけてさしすすみ/40オy83 
 + 
 +  あゆみよるそれにつつきてことすまひもたたとほりにとほらんとするをか 
 +  の衆とももとほさしとする程に尻けんとする相撲かくいふ衆にはしりかか 
 +  りてけたをさんと足をいたくもたけたるを此衆はめをかけてせをた 
 +  はめてちかひけれは蹴はつして足のたかくあかりてのけさまになるやうにしたる 
 +  足を大学の衆とりてけりそのすまひをほそき杖なとを人の持たる 
 +  やうにひきさけてかたへのすまひに走かかりけれはそれをみてかたへのすまひ 
 +  逃けるを追かけてその手にさけたる相撲をはなけけれはふりぬきて二三段 
 +  斗なけられてたうれふしにけり身くたけておきあかるへくもなく成ぬそれを 
 +  はしらすなりむらかあるかたさまへ走かかりけれはなりむらめをかけて逃 
 +  けり心もをかすをいけれは朱雀門の方さまに走て脇の門より走入をや 
 +  かてつめて走かかりけれはとらへられぬと思て式部省の築地こえけるを 
 +  引ととめんとて手をさしやりたりけるにはやく越けれはこと所をはえとらへす 
 +  かた足すこしさかりたりけるきひすを沓くはへなからとらへたりけれは沓の/40ウy84 
 + 
 +  きひすに足の皮をとりくはへて沓のきひすを刀にて切たるやうに引切 
 +  てとりてけりなりむら築地の内にこえたちて足をみけれ血はしりて 
 +  ととまるくもなし沓の踵きれてうせにけり我を追ける大学の衆あ 
 +  さましく力ある物にて有けるなめり尻けつる相撲をも人杖につかれてなけ 
 +  くめり世中ひろけれかかる物のあるこそおそろしき事なれ投られたる 
 +  すまひは死入たりけれ物にかき入てになひてもてゆきけり此なりむらかた 
 +  のすけにしかしかのことなん候つるかの大学の衆はいみしき相撲にさふらふ 
 +  めりなりむらと申ともあふへき心ち仕らすとかたりけれはかたのすけは 
 +  宣旨申くたして式部のそうなりともその道にたへたらんはといふ事あ 
 +  れはまして大学の衆は何条事かあらんとていみしう尋求られけれ 
 +  ともその人ともきこえすしてやみにけり/41オy85
  
-此なりむら、かたのすけに、「しかしかのことなん候つる。かの大学の衆はいみじき相撲にさぶらふめり。なりむらと申ども、あふべき心ち仕らず」とかたりければ、かたのすけは宣旨申ぐして、式部のそうなりとも、その道にたへたらんはといふ事あれば。まして大学の衆は何条事かあらん」とていみじう尋求られたれども、その人ともきこえずしてやみにけり。 
text/yomeiuji/uji031.txt · 最終更新: 2017/12/21 00:01 by Satoshi Nakagawa