text:yomeiuji:uji030
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text:yomeiuji:uji030 [2014/09/27 18:10] – Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji030 [2017/11/25 01:16] – Satoshi Nakagawa | ||
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**唐、卒都婆に血付く事** | **唐、卒都婆に血付く事** | ||
- | むかし、もろこしに大なる山ありけり。その山のいただきに大きなる卒塔婆一たてりけり。 | + | 昔、唐土(もろこし)に大きなる山ありけり。その山の頂(いただき)に大きなる卒塔婆一つ建てりけり。 |
- | そのやまの麓の里に、年八十斗なる女住けるが、日に一度その山のみねにある卒塔婆をかならず見けり。たかく大なる山なれば麓よりみねへのぼるほど、さがしく、はげしく、道遠かりけるを、雨ふり、雪ふり、風ふき、雷なり、しみ氷たるにも、又、あつくくるしき夏も、一日もかかさず、かならずのぼりて、此卒塔婆を見けり。 | + | その山の麓(ふもと)の里に、年八十ばかりなる女住みけるが、日に一度、その山の峰にある卒塔婆を必ず見けり。高く大きなる山なれば、麓より峰へ登るほど、さがしく、はげしく、道遠かりけるを、雨降り、雪降り、風吹き、雷鳴り、しみ氷りたるにも、また、暑く、苦しき夏も、一日も欠かさず、必ず登りて、この卒塔婆を見けり。 |
- | かくするを人えしらざりけるに、若き男ども童部の、夏あつかりける比、峰にのぼりて卒塔婆のもとに居つつすずみけるに、此女、あせをのごひて腰ふたへなる者の、杖にすがりて、そとばのもとにきて、そとばをめぐりければ、「おがみたてまつるか」とみれば、そとばをうちめぐりては、則、帰帰する事一度にもあらず。あまたたび、此すずむ男どもにみえけり。 | + | かくするを、人え知らざりけるに、若き男ども、童部の、夏暑かりけるころ、峰に登りて、卒塔婆のもとに居つつ涼みけるに、この女、汗をのごひて、腰二重(ふたへ)なる者の、杖にすがりて、卒塔婆のもとに来て、卒塔婆を巡りければ、「拝み奉るか」と見れば、卒塔婆をうち巡りては、すなはち、帰り帰りすること、一度にもあらず。あまた度(たび)、この涼む男どもに見えにけり。 |
- | 「此女は、何の心ありてかくはくるしきにするにか」と、あやしがりて「けふみえば、此事をとはん」といひ合ける程に、常の事なれば、此女、はうはうのぼりけり。男ども、女にいふやう「わ女は何の心によりて、我らがすずみにくるだに、あつくくるしく大事なる道を、『すずまん』とおもふによりてのぼりくるにこそあれ、すずむ事もなし、別にする事もなくて、そとばをみめぐるを事にて、日々にのぼりおるるこそ、あやしき女のしわざなれ。此ゆへしらせ給へ」といひければ、此女「わかきぬしたちはげに『あやし』と思ひ給らん。かくまうできて、此そとばみる事は此比の事にしも侍らず。物の心しりはじめてより後、此七十余年、日ごとにかくのぼりて、そとばを見たてまつる也」といへば、「その事のあやしく侍なり。そのゆへをのたまへ」ととへば、「をのれが親は、百廿にてなんうせ侍にし。祖父は百卅斗にてぞうせ給へりし。それが又、父、祖父などは二百余斗までぞ、いきて侍ける。その人々のいひをかれたりけるとて、『此卒塔婆に血のつかんおりに、なん此山はくづれて、ふかき海となるべき』となん、父の申をかれしかば、『麓に侍る身なれば、山崩なば、うちおほはれて死もぞする』と思へば、『もし血つかば逃げてのがん』とて、かく日毎に見侍なり」といへば、此きく男ども、おこがり、あざけりて、「おそろしき事哉。崩ん時は告給へ」など笑けるをも、我をあざけりていふとも心えずして「さら也。いかでかは我独逃がんと思て告申さざるべき」といひて帰くだりにけり。 | + | 「この女は、何の心ありて、かくは苦しきにするにか」と怪しがりて、「今日見えば、このことを問はん」と言ひ合ひけるほどに、常のことなれば、この女、はうはう登りけり。 |
- | 此男ども「此女はけふはよもこじ。あす又きてみんに、おどしてはしらせてわらはん」といひ合て、血をあやして、卒塔婆によくぬりつけて、此男共、帰おりて里の物どもに「此麓なる女の、日ごとに峰にのぼりてそとばみるをあやしさにとへば、しかじかなんといへば『あすおどしてはしらせん』とて、そとばに血を塗つる也。さぞくずるらんものや」など、いひ笑を、里の物どもきき伝て、おこなる事のためしにひき笑けり。 | + | 男ども、女に言ふやう、「わ女は、何の心によりて、われらが涼みに来るだに、暑く、苦しく、大事なる道を、『涼まん』と思ふによりて登り来るにこそあれ、涼むこともなし、別にすることもなくて、卒塔婆を見巡るをことにて、日々に登り降るるこそ、怪しき女のしわざなれ。このゆゑ知らせ給へ」と言ひければ、この女、「若きぬしたちは、げに『怪し』と思ひ給ふらん。かく詣で来て、この卒塔婆見ることは、このごろのことにしも侍らず。物の心知り始めてより後、この七十余年、日ごとにかく登りて、卒塔婆を見奉るなり」と言へば、「そのことの怪しく侍るなり。そのゆゑをのたまへ」と問へば、「おのれが親は、百二十にてなん失せ侍りにし。祖父は百三十ばかりにてぞ失せ給へりし。それがまた、父・祖父などは二百余ばかりまでぞ、生きて侍りける。その人々の言ひ置かれたりけるとて、『この卒塔婆に血の付かん折になん、この山は崩れて、深き海となるべき』となん、父の申しおかれしかば、『麓に侍る身なれば、山崩れなば、うち覆はれて死にもぞする』と思へば、『もし血付かば、逃げて退(の)かん』とて、かく日ごとに見侍るなり」と言へば、この聞く男ども、をこがり、嘲(あざけ)りて、「恐しきことかな。崩れん時は告げ給へ」など笑ひけるをも、われを嘲りて言ふとも心得ずして、「さらなり。いかでかは、『われ一人逃れん』と思ひて、告げ申さざるべき」と言ひて帰り下(くだ)りにけり。 |
- | かくて又の日に、女、のぼりてみるに、そとばに、血のおほらかに付たりければ、女うちみるままに色をたがへて、たうれまろびはしり帰て、さけびいふやう、「此里の人々、とくにげのきて、命いきよ。此山はただ今崩て、ふかき海となりなんとす」と、あまねく告まはして、家に行て、子孫共に家の具足どもおほせもたせて、をのれも持て、手まどひして里うつりしぬ。是をみて血つけし男ども、手を打て笑などする程に、その事ともなく、ささめきののしりあひたり。 | + | この男ども、「この女は今日はよも来じ。明日、また来て見んに、脅して走らせて笑はん」と言ひ合ひて、血をあやして、卒塔婆によく塗り付けて、この男ども、帰り降りて、里の者どもに、「この麓なる女の、日ごとに峰に登りて、卒塔婆見るを、怪しさに問へば、しかじかなん言へば、『明日、脅して走らせん』とて、卒塔婆に血を塗りつるなり。さぞ崩るらんものや」など言ひ笑ふを、里の者ども聞き伝へて、をこなることのためしに引き、笑ひけり。 |
- | 風のふきくるか、雷のなるかと、あやしむ程に、空もつつやみに成て、あさましく、おそろしげにて此山ゆるぎたちにけり。「こはいかに。こはいかに」とののしりあひたる程に、ただくづれに崩もてゆけば、「女はまことしける物を」などいひて、にげにげえたる物もあれども、親のゆくゑもしらず、子をもうしなひ、家の物の具もしらずなどして、おめきさけびあひたり。此女ひとりぞ、子まごも引ぐして、家の物の具一もうしなはずして、かねて逃のきて、しづかにゐたりける。 | + | かくて、またの日、女、登りて見るに、卒塔婆に血のおほらかに付きたりければ、女、うち見るままに、色をたがへて、倒(たふ)れまろび、走り帰りて、叫び言ふやう、「この里の人々、とく逃げ退(の)きて、命生きよ。この山は、ただ今崩れて、深き海となりなんとす」と、あまねく告げまはして、家に行きて、子孫どもに、家の具足ども負(お)ほせ持たせて、おのれも持て、手まどひして、里移りしぬ。 |
+ | |||
+ | これを見て、血付けし男ども、手を打ちて笑ひなどするほどに、そのことともなく、ざざめき、ののしりあひたり。「風の吹き来るか、雷の鳴るか」と怪しむほどに、空もつつ闇になりて、あさましく、恐しげにて、この山、揺ぎたちにけり。「こはいかに。こはいかに」とののしりあひたるほどに、ただ崩れに崩れもてゆけば、「女はまことしけるものを」など言ひて逃げ、逃げ得たる者もあれども、親の行方も知らず、子をも失なひ、家の物の具も知らずなどして、をめき叫び合ひたり。この女一人ぞ、子・孫も引き具して、家の物の具、一つも失なはずして、かねて逃げ退きて、静かに居たりける。 | ||
かくてこの山みなくづれて、ふかき海と成にければ、これをあざけり笑し物どもは、皆死けり。あさましき事なりかし。 | かくてこの山みなくづれて、ふかき海と成にければ、これをあざけり笑し物どもは、皆死けり。あさましき事なりかし。 | ||
+ | |||
+ | ===== 翻刻 ===== | ||
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+ | むかしもろこしに大なる山ありけりその山のいたたきに大なる卒都婆 | ||
+ | 一たてりけりそのやまの麓の里に年八十斗なる女住けるか日に | ||
+ | 一度その山のみねにある卒塔婆をかならす見けりたかく大なる山な | ||
+ | れは麓よりみねへのほるほとさかしくはけしく道遠かりけ | ||
+ | るを雨ふり雪ふり風ふき雷なりしみ氷たるにも又あつくく | ||
+ | るしき夏も一日もかかさすかならすのほりて此卒塔婆を見けり/37ウy78 | ||
+ | |||
+ | かくするを人えしらさりけるに若き男とも童部の夏あつかりける比 | ||
+ | 峰にのほりて卒塔婆のもとに居つつすすみけるに此女あせをのこ | ||
+ | ひて腰ふたへなる者の杖にすかりてそとはのもとにきてそとはをめくりけれは | ||
+ | おかみたてまつるかとみれはそとはをうちめくりては則帰帰する事一度 | ||
+ | にもあらすあまたたひ此すすむ男ともにみえにけり此女は何の心ありて | ||
+ | かくはくるしきにするにかとあやしかりてけふみえは此事をとはんといひ | ||
+ | 合ける程に常の事なれは此女はうはうのほりけり男とも女にいふやうわ | ||
+ | 女は何の心によりて我らかすすみにくるたにあつくくるしく大事なる道を | ||
+ | すすまんとおもふによりてのほりくるにこそあれすすむ事もなし | ||
+ | 別にする事もなくてそとはをみめくるを事にて日々にのほりおるるこそ | ||
+ | あやしき女のしわさなれ此ゆへしらせ給へといひけれは此女わかきぬしたち | ||
+ | はけにあやしと思ひ給らんかくまうてきて此そとはみる事は此比の事に | ||
+ | しも侍らす物の心しりはしめてより後此七十余年日ことにかくのほりてそとはを/38オy79 | ||
+ | |||
+ | 見たてまつる也といへはその事のあやしく侍なりそのゆへをのたまへととへは | ||
+ | をのれか親は百廿にてなんうせ侍にし祖父は百卅斗にてそうせ給へ | ||
+ | りしそれか又父祖父なとは二百余斗まてそいきて侍けるその人々の | ||
+ | いひをかれたりけるとて此卒塔婆に血のつかんおりになん此山はくつれてふ | ||
+ | かき海となるへきとなん父の申をかれしかは麓に侍る身なれは山崩なは | ||
+ | うちおほはれて死もそすると思へはもし血つかは逃けてのかんとてかく日毎 | ||
+ | に見侍なりといへは此きく男ともおこかりあさけりておそろしき事哉崩ん | ||
+ | 時は告給へなと笑けるをも我をあさけりていふとも心えすしてさら也 | ||
+ | いかてかは我独逃んと思て告申ささるへきといひて帰くたりにけり此男 | ||
+ | とも此女はけふはよもこしあす又きてみんにおとしてはしらせてわらはん | ||
+ | といひ合て血をあやしてそとはによくぬりつけて此男共帰おりて | ||
+ | 里の物ともに此麓なる女の日ことに峰にのほりてそとはみるをあやし | ||
+ | さにとへはしかしかなんいへはあすおとしてはしらせんとてそとはに血を塗つる也/38ウy80 | ||
+ | |||
+ | さそくつるらんものやなといひ笑を里の物ともきき伝ておこなる | ||
+ | 事のためしにひき笑けりかくて又の日女のほりてみるにそとはに血のお | ||
+ | ほらかに付たりけれは女うちみるままに色をたかへてたうれまろひはしり | ||
+ | 帰てさけひいふやう此里の人々とくにけのきて命いきよ此山はたた | ||
+ | 今崩てふかき海となりなんとすとあまねく告まはして家に行て | ||
+ | 子孫共に家の具足ともおほせもたせてをのれも持て手まとひして | ||
+ | 里うつりしぬ是をみて血つけし男とも手を打て笑なとする程 | ||
+ | にその事ともなくささめきののしりあひたり風のふきくるか雷のなる | ||
+ | かとあやしむ程に空もつつやみに成てあさましくおそろしけにて此山 | ||
+ | ゆるきたちにけりこはいかにこはいかにとののしりあひたる程にたたくつれに崩もて | ||
+ | ゆけは女はまことしける物をなといひてにけにけえたる物もあれとも親の | ||
+ | ゆくゑもしらす子をもうしなひ家の物の具もしらすなとしておめ | ||
+ | きさけひあひたり此女ひとりそ子まこも引くして家の物の具一もうし/39オy81 | ||
+ | |||
+ | なはすしてかねて逃のきてしつかにゐたりけるかくてこの山み | ||
+ | なくつれてふかき海と成にけれはこれをあさけり笑し | ||
+ | 物ともは皆死けりあさましき事なりかし/39ウy82 | ||
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text/yomeiuji/uji030.txt · 最終更新: 2017/12/21 00:01 by Satoshi Nakagawa