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text:yomeiuji:uji028 [2015/01/31 02:27] – [第28話(巻2・第10話)袴垂、保昌に合ふ事] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji028 [2017/12/21 00:00] (現在) – [第28話(巻2・第10話)袴垂、保昌に合ふ事] Satoshi Nakagawa
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 **袴垂、保昌に合ふ事** **袴垂、保昌に合ふ事**
  
-昔、はかまだれとて、いみじき盗人の大将軍ありけり。十月斗に、きぬの用なりければ、「衣すこしまうけん」とてさるべき所所うかがひあるきけるに、夜中ばかりに人みなしづまりはててのち、月の朧なるにきぬあまたきたるなるぬしの、指貫のそはばさみて、きぬの狩衣めきたるきて、ただひとり笛吹て、ゆきもやらず、ねり行ば「あはれ。これこそ我にきぬえさせんとて出たる人なめり」と思て「走かかりてきぬをはがん」とおもふに、あやしく物のおそろしくおぼえければ、そひて二三町ばかりいけども我に人こそ付たると思たるけしきもなし。+===== 校訂本文 =====
  
-いよいよ笛を吹ていけば、「心みん」とて、足をたかくして走よりた笛を吹ならみかへりた気しき、とりかるべくもおぼえざければきぬ。かやうにあまたたび、とさまかうさまにすかりもさはぎたるけしなし希有のなと思て十余町ばかりして行。+昔、袴垂とみじき盗人の大将軍ありり。十月ばかりに、衣(きぬ)の用なりければ、「衣、少しまうけん」とて、べき所々うかひ歩(あ)けるに夜中ばかり人、みな静まり果てて後、月朧(おぼろ)なる、衣、あまたたるなるぬしの指貫のそ挟みて、絹の狩衣めきたる着て、ただ一人笛吹て、行きもやらず、練り行けば、「あはれこれこそ、われに衣得させんとて、出でたる人なめり」と思、「走かかりて、衣を剥がん」と思ふに、あやく、ものの恐しく思えければ、そひ、二・三町ばかりけども、「われに人こそ付きたる」と思ひたる気色もなし
  
-さりとてあらやは」と思てかたなぬきて走りかかりたるに、そのたび笛を吹やみて立帰て「こはにものぞ」と、とふに、心もうせて我にもあついゐられぬ。又「いるものぞ」ととへば、「今はにぐともよもにがさじ」と覚ければ「ひはぎにさぶらふ」といへば、「何ものぞ」ととへば、「あざな袴たれとなんいはれさぶらふ」とこたふれば、「さいふものの有ときくぞ。あやうげに希有のやつかな」といひて「ともにまうでこ」とばかいひかけて、又おなじやうに笛吹て行。此人けしき、今はにぐともよもにがさじと覚ければ、鬼に神とられたるやうにて、ともに行程に家に行つきぬ。+いよいよ笛を吹きて行けば、心みん」と思、足高くしりたるに、笛を吹見返りたる気色取りかかるべく思えざりければ、退()きぬ。
  
-「いづこぞ」と思へば摂津前司保昌といふ人なりけり。家の入て綿のあき衣一を給はきぬ用あらん時はまいりて申せ。心もしらざらんにとりかりて、汝あやまちすな」とありしこそあさましくむくつけくおそろしかりし+かやうに、あまたたび、とさまかうさまにするに、ゆばかも騒ぎたる気色なし。希有の人かな」と思ひて十余町ばかりて行く
  
-「いみじかりし人の有様」と、とらへられてのちかたりける+「さりとて、あらんやは」と思ひて、刀を抜きて、走りかかりたる時に、そのたび、笛を吹きやみて、立ち帰りて、「こは何者ぞ」と問ふに、心も失せて、われにもあらで、ついゐられぬ。また、「いかなるものぞ」と問へば、「今は逃ぐとも、よも逃がさじ」と思えければ、「引剥(ひはぎ)にさぶらふ」といへば、「何者ぞ」と問へば、「字(あざな)、袴垂(はかまだれ)となん、いはれさぶらふ」と答ふれば、「さいふ者のありと聞くぞ。あやふげに希有の奴かな」と言ひて、「ともに詣で来(こ)」とばかり言ひかけて、また、同じやうに、笛吹きて行く。この人の気色、「今は逃ぐとも、よも逃がさじ」と思えければ、鬼に神(しん)取られたるやうにて、ともに行くほどに家に行き着きぬ。 
 + 
 +「いづこぞ」と思へば、摂津前司保昌((藤原保昌))といふ人なりけり。家の内に呼び入れて、綿の厚き衣、一つを給はりて、「衣の用あらん時は、参りて申せ。心も知らざらん人に取りかかりて、なんぢ、あやまちすな」とありしこそ、あさましく、むくつけく、おそろしかりしか。 
 + 
 +「いみじかりし人の有様なり」と、捕へられて後、語りける。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  昔はかまたれとていみしき盗人の大将軍ありけり十月斗に 
 +  きぬの用なりけれは衣すこしまうけんとてさるへき所所うかかひある 
 +  きけるに夜中はかりに人みなしつまりはててのち月の朧なるに 
 +  きぬあまたきたるなるぬしの指貫のそははさみてきぬの狩衣め 
 +  きたるきてたたひとり笛吹てゆきもやらすねり行はあはれこれ 
 +  こそ我にきぬえさせんとて出たる人なめりと思て走かかりてきぬを 
 +  はかんとおもふにあやしく物のおそろしくおほえけれはそひて二三町は 
 +  かりいけとも我に人こそ付たると思たるけしきもなしいよいよ笛を 
 +  吹ていけは心みんと思て足をたかくして走よりたるに笛を吹なから 
 +  みかへりたる気しきとりかかるへくもおほえさりけれは走のきぬかやうに 
 +  あまたたひとさまかうさまにするに露はかりもさはきたるけしきなし 
 +  希有の人かなと思て十余町はかりくして行さりとてあらんやはと 
 +  思てかたなをぬきて走りかかりたる時にそのたひ笛を吹やみて立帰てこ/35ウy74 
 + 
 +  はなにものそととふに心もうせて我にもあらてついゐられぬ又いか 
 +  なるものそととへは今はにくともよもにかさしと覚けれはひはきにさふ 
 +  らふといへは何ものそととへはあさな袴たれとなんいはれさふらふとこたふ 
 +  れはさいふものの有ときくそあやうけに希有のやつかなといひてともにまうて 
 +  ことはかりいひかけて又おなしやうに笛吹て行此人のけしき今は 
 +  にくともよもにかさしと覚けれは鬼に神とられたるやうにてともに行 
 +  程に家に行つきぬいつこそと思へは摂津前司保昌といふ人なり 
 +  けり家のうちによひ入て綿のあつき衣一を給はりてきぬの用 
 +  あらん時はまいりて申せ心もしらさらん人にとりかかりて汝あやまち 
 +  すなとありしこそあさましくむくつけくおそろしかりしかいみ 
 +  しかりし人の有様也ととらへられてのちかたりける/36オy75
  
text/yomeiuji/uji028.txt · 最終更新: 2017/12/21 00:00 by Satoshi Nakagawa