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text:yomeiuji:uji023 [2015/01/28 00:45] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji023 [2017/12/20 23:58] (現在) – [第23話(巻2・第5話)用経荒巻の事] Satoshi Nakagawa
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 **用経荒巻の事** **用経荒巻の事**
  
-今は昔、左京のかみなりけるふる上達部ありけり。年老ていみじうふるめかしかりけり。しもわたりなる家にありきもせでこもりゐたりけり。そのつかさのさくわんにて、紀用経といふ物有けり。長岡になん住ける。司の目なれば、このかみのもとにもなんおとづりける。+===== 校訂本文 =====
  
-此用経、大殿のもとにまいにゑ殿にゐたほどに、淡路守よりちかが鯛のら巻をおほくたてまつけるを贄殿にもてまいりり。にゑ殿のづかり、よしずみに二まき用経ひとて、ま木にさげてをて、よしずみにいふやう「これ人してとたてまつらんおにをこせ給へ」と、いひをく心のうちけるやう「これわが司のかみにたてまつりて、おとづりたてまつら」と思て、これをまきにささげて、左京かみのもとにいきてみれば、かの君いでいにまら人二三人ばかりきて「あるじせん」とて、ちくわらに火こしなどして、我もにて物くはんとすに、はかばかしき魚もなし+今は昔左京の夫(かみ)なける古(ふ)上達部あり。年老いて、いみじう古めかしかり。下(しも)わたりなる家、歩(あり)きもせで、こ居たりけり。その司の属(さくわん)にて、紀用経(もちつね)((『今昔物語集』では「紀茂経」。))といふ者あり。長岡なん住みける司の目(さくわ)なれば、この大夫のもとにもなん、おとづりける。
  
-鯉、鳥など、ようありげなり。それに用経が申やう「もちつねがもとにこそ国な下人の鯛のあらまき三もてまうできたりるを、一まき心み侍つるがえもいはず、めでたくさぶらつれば今二まきはけがでをきさぶら。いそぎてまでつるにの候はで、もまい候はざりつる也。ただいまとりにつかはさはいかに」と、こゑたか、したりかほそでをつくろいてくちきかいごひなどして、ゐあがり、のきて申せば、かみ「さるべき物なきに、いとよき事な。とくとりにやれ」と、の給ふまら人どもも「くふべきのさぶらざめるに、九月斗の事なれ、此比鳥のあぢはひいとわろし。鯉はまだいでこず。よき鯛はきいの物也」など、いひり。+この用経、大殿のもとに参りて贄殿(にゑど)に居たほどに、淡路守頼親(よりちか)((源頼親))が鯛の荒巻を多く奉りたりるを、贄殿に持(も)て参り贄殿の預(あづかり)義澄(よしみ)に二巻用経乞取りて間木(まき)にさげ置くとて、義澄に言う、「これ、奉ら、おこせ給へ」と言ひ置。心の内思ひけるやう「これが司大夫に奉りて、おとづ奉らん」と思ひて、これを間木にささげて左京大夫のもとに行きて見れば、大夫(ん)出居(でゐ)に、客人(まらうど)二・三人ばり来て「あるじせん」て、ちわら((底本「地火炉」と傍注「ぢくわろ」か。))に火おこしなして、わがとにて、んとするに、はかかしき魚もなし。鯉・鳥など、りげなり。
  
-用経うまひかへたる童をよびりて馬をば御門腋につだいま走て大殿に参贄殿のあづかのぬしに『そのをきつるあら巻ただまをこせ給へ』とささきて時かはさずもほかるな。とくはしれ」とてりつて「まな板あらひてもてま」と、こゑひて、やが「用経けふ包丁は仕つらん」と云て、まなはしけづり、さやな刀ぬいてまうけつつ「あ久し。づらや」、心もとなてゐたり。+それに用経が申すや、「用経がもにこそ国((摂津国))る下人の、鯛の荒巻三つ、持(も)詣で来たりつるを一巻食べ試み侍りつるえもはず、めでたくさぶらひつれば今二巻けがで置きさぶらふ急ぎて詣でつる、下人の候はで、持て参り候はざりつるなただ今かはんはかに」と声高くり顔に袖をつひて、口脇(くちわき)かいのごひなどして、居上り、ぞき申せば大夫さるべき物のきに、とよことかな。とく取りにとのたまふ。客人どもも、「食ふべき物のさぶらはざめるに、九月ばかりのことなれば、このごろ鳥の味はひいと悪(わろ)し。鯉はまだ出で来ず。よき鯛は奇異のものな」など言ひあへり。
  
-「をそしをそし」とたる程に、やつる童あらまき二ゆいつけもてきり。「いとかしこく、あはれ、とぶがごとてもうてきたる童かな」と、ほめてとりて、まな板の上にうちおきて、ことごとしく鯉つくらんやう左右の袖つくろひ、くく、ひきゆひ、かひざたて、いまかた膝ふせていみじくつきづきしくゐなして、あら巻なはを「ふつふつ」とをきりて、刀して藁ををしひらくに、ほろほろと物どもこぼれておつる物はひら足駄・ふるひれ・ふるわらうづ・古く、かやうの物のかぎりあ用経あて、刀もまなしもうちすてて、沓もはきあへいぬ左京のみも客人もあきれて、目も口もあきてゐたり前なる侍どももあさましくて、目をみかわして、ゐなみたるかほどもいとあしげな。物くひ、酒のみるあそびも、みなすさまじく成て、ひとりたちふたりたち、みな立ていぬ+用経かへたる童を呼びと「馬をば御門繋ぎだ今走りて、大殿りて、贄殿預のぬしに、『その置きつる荒巻ただ今おこせ給へ』とささめきて、時か来(こ)に寄るな走れ」とてやりつ。
  
-京のかみいはくこのをのこをば、かくえもいはぬものぐるとはしりたりつれども司のかみと、きむつびつば、よしは思はねどをうべき事もあらねば、さとみあるにかかるわざをしはからんをばいかがすべき。物あしき人は、はかなき事にけてもっかる也。いかに世の人ききたへてよのわらひぐさにせんとずらん」と空をあふぎてなげき給事かぎりなし。用経は馬に乗てはせちらして、殿に参てにゑ殿のあづかりよしずみにあひて、「らをばおとぼさば、おいらかにとり給てはあらでかかる事をしいで給へる」ときぬばかにうらみののしる事かぎなし+まな板洗と、声高く言ひて、やが「用経今日の包丁はつかつらん」と言ひ、ま箸削、鞘る刀抜いまうけつつ、「あな久ら、来ぬやなど、心もとなゐたり。
  
-ずみがいはく「いかにの給事ぞ。あらまきはてまつりて後あからさまにやどにまかりつとてがおのこいふやう『左京の守のぬしのもとから荒巻とりにをこせたらば、取使にとらせよ』といひをきまかでて、だ今帰まいてみるに、あらまきなければ、『づちいぬるぞ』と、とふに『しかじかの御使りつの給はせつるやうにとりてたてまつりつと、いひつれば『さにこそはあんなれ』と、ききてな侍る。事のやうをしらず」といへば「さらばかともいあづけつらん主をよびて、問給へ」とへば、男をよびとはんとするに、いでていにけり。膳部なる男がいふやう「をのれらがへやに入ゐてききつれば、このわかぬたちの『まきにささげられたるあらまきこそあれ。こはたがおきたるぞ。なんれうぞ』ととひれば、『たれにかありらん。左京のさくわんの主の也。』、いひつれば『さてはことにもあらず。すべきやうあ』とて、とりおろしてばみなきりまいりて、りに、ふるしりきれ・あしだなどをこそ入てまきにをかると、きき侍つれ」とかたれば、用経て、しかりののしる事限+「遅し、遅」と、言ひ居るほどやりつる童に、荒巻二つ結ひ付けて、たり。「いとかしこく、あれ、飛ぶがごりて詣で来たる童かな」讃めて取りて、まな板の上うち置きて、ことごとしく大鯉作らんやう左右の袖つくろくり引き結、片膝立て、いま片膝伏せて、いみじくつきしくゐなして荒巻縄をつと押し切りて、して押し開くに、ほろほろと物どもこぼれて、落つる物は、平足駄(ひらあしだ)・古(ふる)ひきれ・古藁沓(ふるわうづ)・古沓(ふるぐつ)、かやうの物のかぎりあ、用経あきれて、刀もま箸もうち捨てて、沓も履きあへず、逃て去ぬ
  
-このをききて、人「いとおし」とはいはで、笑ののしる。用経しわびて、「かくわらひののしられんほどはありか」と、おもひて長岡の家にこもりゐたり其後左京のかみの家にもえいかなりにけるとかや+左京の大夫も客人も、あきれて、目も口も開きて居たり。前なる侍どもも、あさましくて、目を見かわして、居並(ゐな)みたる顔ども、いとあやしげなり。物食ひ、酒飲みつる遊びも、みなすさまじくなりて、一人立ち、二人立ち、みな立ちて去ぬ。 
 + 
 +左京の大夫いはく、「この男(のこ)をば、かく、えもいはぬ物狂ひとは知りたりつれども、司のかみとて、来()むつびつれば、よしとは思はねど、追ふべこともあらねば、さと見あるにかかるわざをして、謀(はか)らんをば、いかがすべき。もの悪しきは、はかなきことにつけても、かかるなり。いかに世の人、聞き伝へて、世の笑ひぐさにせんとすらん」と、空を仰(あふ)ぎて、歎き給ふことかぎりなし。 
 + 
 +用経は馬に乗て、馳せ散らして、殿に参りて、贄殿の預義澄に会ひて、この荒巻をば惜しと思さば、おらかに取り給ひてはあらで、かかるこをし出で給へる」と泣きぬばかりに恨みののしることかぎりなし。 
 + 
 +義澄がいはく、「いかにのたまふことぞ。荒巻は奉りて後、『あからさまに宿(やど)にまかりつ』とて、のが男(おのこ)に言ふやう、『左京の守のぬのもとから、荒巻取りにおこせたらば、取りて、使に取らせよ』と言ひ置きて、まかでて、ただ今帰り参りて見るに、荒巻なければ、『いづち往ぬるぞ』と問ふに、『しかじかの御使ありつれば、のたまはせつるやうに、取りて奉りつる』と言ひつれば、『さにこそはあんなれ』と聞きてなん侍る。ことのやうを知らず」と言へば、「さらば、かひなくとも、言ひあづけつらん主を呼びて、問ひ給へ」と言へば、男を呼びて、問んとするに、出でてにけり。 
 + 
 +膳部(かしはで)なる男が言ふやう、「おのれらが部屋に入り居て聞きつれば、この若(わか)ぬしたちの『間木にささげられたる荒巻こそあれ。こは、誰(た)が置きたるぞ。何(なん)の料ぞ』と問ひつれば、誰にかありつらん、『左京の属(さくわん)の主のなり』と言ひつれば、『さては、ことにもあらず。すべきやうあり』とて、とり下して、鯛をばみな切り参りて、かはりに、古しりきれ・平足駄(ひらあしだ)などをこそ入れて、間木に置かると、聞き侍りつれ」と語れば、用経、聞きて、叱りののしることかぎりなし。 
 + 
 +この声を聞きて、人々、「いとほし」とは言はで、笑ののしる。用経しわびて、「かくひののしられんほどは、歩(あり)」と思ひて長岡の家にこもり居たり。その後、左京の大夫の家にも、え行かずなりにけるとかや。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今は昔左京のかみなりけるふる上達部ありけり年老ていみしう 
 +  ふるめかしかりけりしもわたりなる家にありきもせてこもりゐたり 
 +  けりそのつかさのさくわんにて紀用経といふ物有けり長岡に/27オy57 
 + 
 +  なん住ける司の目なれはこのかみのもとにもなんおとつりける此 
 +  用経大殿のもとにまいりてにゑ殿にゐたるほとに淡路守よりちかか鯛 
 +  のあら巻をおほくたてまつりたりけるを贄殿にもてまいりたりにゑ殿 
 +  のあつかりよしすみに二まき用経こひとりてま木にささけてをく 
 +  とてよしすみにいふやうこれ人してとりたてまつらんおりにをこせ 
 +  給へといひをく心のうちに思けるやうこれわか司のかみにたてまつりておと 
 +  つりたてまつらんと思てこれをまきにささけて左京のかみのもとにいき 
 +  てみれはかんの君いていにまら人二三人はかりきてあるしせんとてちく 
 +  わらに火おこしなとして我もとにて物くはんとするにはかはかしき 
 +  魚もなし鯉鳥なとようありけなりそれに用経か申やうもちつねか 
 +  もとにこそ津の国なる下人の鯛のあらまき三もてまうてきたりつるを 
 +  一まきたへ心み侍つるかえもいはすめてたくさふらひつれは今二まきは 
 +  けかさてをきてさふらふいそきてまうてつるに下人の候はてもてまいり/27ウy58 
 + 
 +  候はさりつる也たたいまとりにつかはさんはいかにとこゑたかくしたり 
 +  かほにそてをつくろいてくちわきかいのこひなとしてゐあかりのそき 
 +  て申せはかみさるへき物のなきにいとよき事かなとくとりにやれとの給 
 +  ふまら人とももくふへき物のさふらはさめるに九月斗の事なれは此比 
 +  鳥のあちはひいとわろし鯉はまたいてこすよき鯛はきいの物也 
 +  なといひあへり用経うまひかへたる童をよひとりて馬をは御門の腋に 
 +  つなきてたたいま走て大殿に参りて贄殿のあつかりのぬしにそのをき 
 +  つるあら巻たたいまをこせ給へとささめきて時かはさすもてこほかによるな 
 +  とくはしれとてやりつさてまな板あらひてもてまいれとこゑたかくいひ 
 +  てやかて用経けふの包丁は仕つらんと云てまなはしけつりさや 
 +  なる刀ぬいてまうけつつあな久しいつらきぬやなと心もとなかりゐたり 
 +  をそしをそしといひゐたる程にやりつる童木の枝にあらまき二ゆいつけて 
 +  もてきたりいとかしこくあはれとふかこと走てまうてきたる童かなと/28オy59 
 + 
 +  ほめてとりてまな板の上にうちおきてことことしく大鯉つくらんや 
 +  うに左右の袖つくろひくくりひきゆひかたひさたていまかた膝ふせて 
 +  いみしくつきつきしくゐなしてあら巻のなはをふつふつとをしきりて 
 +  刀して藁ををしひらくにほろほろと物ともこほれておつる物はひら 
 +  足駄ふるひきれふるわらうつ古くつかやうの物のかきりあるに用経あ 
 +  きれて刀もまなはしもうちすてて沓もはきあへす逃ていぬ 
 +  左京のかみも客人もあきれて目も口もあきてゐたり前なる侍 
 +  とももあさましくて目をみかわしてゐなみたるかほともいとあやしけ 
 +  なり物くひ酒のみつるあそひもみなすさましく成てひとりたち 
 +  ふたりたちみな立ていぬさ京のかみいはくこのをのこをはかくえもいは 
 +  ぬものくるひとはしりたりつれとも司のかみとてきむつひつれはよし 
 +  とは思はねとをうへき事もあらねはさとみてあるにかかるわさをしてはからん 
 +  をはいかかすへき物あしき人ははかなき事につけてもかかる也いかに世の人/28ウy60 
 + 
 +  ききつたへてよのわらひくさにせんとすらんと空をあふきてなけ 
 +  き給事かきりなし用経は馬に乗てはせちらして殿に参てにゑ殿 
 +  のあつかりよしすみにあひて此あらまきをはおしとおほさはおいらかにとり 
 +  給てはあらてかかる事をしいて給へるとなきぬはかりにうらみののしる 
 +  事かきりなしよしすみかいはくいかにの給事そあらまきはたてまつ 
 +  りて後あからさまにやとにまかりつとてをのかおのこにいふやう左京 
 +  の守のぬしのもとから荒巻とりにをこせたらは取て使にとらせよ 
 +  といひをきてまかててたた今帰まいりてみるにあらまきなけれはいつ 
 +  ちいぬるそととふにしかしかの御使ありつれはの給はせつるやうにとり 
 +  てたてまつりつるといひつれはさにこそはあんなれとききてなん侍る 
 +  事のやうをしらすといへはさらはかひなくともいひあつけつらん主を 
 +  よひて問給へといへは男をよひてとはんとするにいてていにけり膳部 
 +  なる男かいふやうをのれらかへやに入ゐてききつれはこのわかぬし/29オy61 
 + 
 +  たちのまきにささけられたるあらまきこそあれこはたかおきたる 
 +  そなんのれうそととひつれはたれにかありつらん左京のさくわんの主 
 +  の也といひつれはさてはことにもあらすすへきやうありとてとり 
 +  おろして鯛をはみなきりまいりてかはりにふるしりきれひらあした 
 +  なとをこそ入てまきにをかるときき侍つれとかたれは用経聞てし 
 +  かりののしる事限なしこの声をききて人々いとおしとはいはて 
 +  笑ののしる用経しわひてかくわらひののしられんほとはありかしと 
 +  おもひて長岡の家にこもりゐたり其後左京のかみの家にも 
 +  えいかなりにけるとかや/29ウy62
  
text/yomeiuji/uji023.txt · 最終更新: 2017/12/20 23:58 by Satoshi Nakagawa