ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:yomeiuji:uji019

差分

このページの2つのバージョン間の差分を表示します。

この比較画面へのリンク

両方とも前のリビジョン前のリビジョン
次のリビジョン
前のリビジョン
text:yomeiuji:uji019 [2014/09/27 17:21] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji019 [2017/12/20 23:56] (現在) – [第19話(巻2・第1話)清徳聖、奇特の事] Satoshi Nakagawa
行 6: 行 6:
 **清徳聖、奇特の事** **清徳聖、奇特の事**
  
-今は昔、せいとくひじりといふ聖のありけるが、母の死にたりければ、ひつぎにうち入て、ただひとりあたごの山に持て行て、大なる石を四のすみにをきて、その上にこのひつぎをうちをきて、千手陀羅尼を片時やすむ時もなく、うちねる事もせず、物もくはず、湯水ものまで、こはたえもせず、誦したてまつりて、此ひつぎをめぐる事、三年に成ぬ。+===== 校訂本文 =====
  
-その年の春にもなうつつもなくほのかに母のて「此陀羅尼をかくよるひる誦給へば、我ははやく男子となりて天むまれにしかど、おなじくは仏になり告申さんとて、今まではげ申さざりつるぞ。今は仏なりて、告申也」といふときゆるとき、「さ思つる事り。今ははや成給らん」とりいにてゆきて骨とあつめてうづみて、上に石ばなどたてて例のやうして、京へいづる道に、ぎいとおほくおひたる所あり。+今は昔清徳聖(せいとくひじり)いふ聖のありけるが、母のたりければ、棺(ひつぎ)うち入て、ただ一人、愛宕の山持()行きて、大きなる石を四の隅(すみ)置きて、その上にの棺をうち置千手陀羅尼を片時休む時もく、ち寝()るこもせず、物も食はず湯水も飲まで、声絶(はだ)えもせず誦し奉りて、棺をめぐること、三年になり
  
-此聖じて物いほしかりければ道すがら折て食、ぬし男出きみれば、いとたうとげなる聖の、かくすずろに折くへば「あさま、思「いかにかくはめすぞ」いふ。聖「こうじて、しきままくふなり」と。「さらまいぬべくはいますしもさまほしからんほめせ」とい三十筋ばかり「むずむず」、折+その年の春、夢ともなく、うつつもなく、ほのか声に。「こ陀羅尼を、かく夜昼(よるひる)誦し給へば、われは、はやく男子(なん)なり、天生まれにしども、『同じくは仏になりて告げ申さん』とて、今までは告げ申さざりつぞ。今は仏なりて、告げ申すなり」とと聞こゆる、「思ひつることなり。今ははやうなり給ひぬん」とて出でてにて焼きて、骨取り集て、埋(うづ)みて、上に石の卒塔婆な立てて、例のやうにして、京出づる道になぎい生ひたる所あり
  
-このなぎは三町斗ぞへたりけるに、かくくへば、いとあさましくはんやうもみまほし「めしつべくは、いくらもめせ」と、へば「あなたうと」とて、うちゐざりうちゐざりおりつつ三町をあながらひつ主の男あさまう物くひつべ聖かな」と思て、「ばしせ給へ。物てめさ」と白米一石といでて飯にしてくはせたれば年比物もくはでこうじたるに」とて、みなていでていぬ+この聖、困(こ)じて物いと欲しりければ、道すがら折りて食くほどに、主(ぬ)の男出で来見れば、いと貴げなる聖のかくすずろに折り食へば「あさまし」とて、「いかには召すぞ」と言ふ聖、困じて、苦しきままに食ふ」と言ふ時に、「さら、参りぬべくは、いま少も、召まほからんほど召せ」といへば三十筋ばかり、「むずむず」と折り
  
-此男「いとまし」と、思てこれを人にかたりけるをきつつ、坊城の右のおほ殿に人のかたり参らせければ「いかでかさはあらん。心かな。びて物はせてみん」と、おぼして、「結縁のために物まいらせてん」とて、ばせ給ければ、いみじげなる聖あゆまいる。そのしりに餓鬼・畜生・とらおほかみ・犬・からす・万の鳥獣、千万とあゆつづきてきけるを、こと人の目にかたえずただ聖ひとりとのみ見けるに、おとどみつけ給て「さればこそ、いみじき聖にこそありけれ。めでたし」と、おぼして白米十石をおものにして、あたらしき莚・薦におしき・をけひつなどに入て、いくいくときてはせさせ給ければ、しりにちたる物どもにはすれば、あつまりて手をささげてみなひつ。聖はつゆはで、悦てでぬ。「さればこそ、ただ人にはあらざりけり。仏などの変てありき給や」とおぼしけり。こと人の目には、唯聖ひとりして食とのみみえければ、いといとあさましき事に思けり+このなぎは三町ばかりぞ植ゑたりけるに、かく食へば、いとあさましく、食はんやうも見まほしくて、召しつべくは、くらも召せ」言へば、「あな、貴(たふと)」とて、うちゐざりうちゐざり、折りつつ、三町をさながら食ひつ。主(ぬし)の男、「あさましう、物食ひつべき聖かな」と思ひて「しばし居させ給へ。物して召させん」とて、白米一石取り出でて、飯にして食はせたれば、「年ごろ物も食はで困じたるに」とて、みな食ひて、出でて往ぬ。 
 + 
 +この男「いとあさまし」とこれを人にりけるをきつつ、坊城の右の殿((藤原師輔))人のり参らせければ「いかでかさはあらん。心ことかな。びて物はせてみん」として、「結縁のためにらせてん」とて、ばせ給ければ、いみじげなる聖、歩る。その後(しり)餓鬼・畜生・・犬・・万(よろづ)の鳥獣ども、千万ときて来()けるを、こと人の目におほかたえずただ聖一人とのみ見けるに、この大臣(おとど)、見付け給「さればこそ、いみじき聖にこそありけれ。めでたし」として白米十石をおものにして、しき莚(むしろ)・薦(こも)、折敷(おしき)などに入て、いくいくときて、食はせさせ給ければ、後(しり)ちたる物どもにはすれば、まりて手をささげてみなひつ。聖はつゆはで、悦でぬ。 
 + 
 +「さればこそ、ただ人にはあらざりけり。仏などの変歩(あり)き給や」としけり。こと人の目には、ただ聖一人して食ふとのみ見えければ、いといとあさましきことに思ひけり。 
 + 
 +さて、出でて行くほどに、四条の北なる小路に、穢土(ゑど)をまる。この後(しり)に具したるもの、し散らしたれば、ただ墨のやうに黒きゑどを、ひまもなく((底本「ひまもなし」。諸本により訂正。))、はるばるとし散らしたれば、下種なども汚ながりて、その小路を「糞の小路」と付けたりけるを、御門((村上天皇))、聞かせ給ひて、「その四条の南をば、何といふ」と問はせ給ひければ、「綾小路となん申すす」と申しければ、「さらば、これをば錦小路と言へかし。あまり汚なき名かな」と仰せられけるよりしてぞ、錦小路とは言ひける。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今は昔せいとくひしりといふ聖のありけるか母の死たりけれはひ 
 +  つきにうち入てたたひとりあたこの山に持て行て大なる石を四の 
 +  すみにをきてその上にこのひつきをうちをきて千手陀羅尼 
 +  を片時やすむ時もなくうちぬる事もせす物もくはす湯水も 
 +  のまてこはたえもせす誦したてまつりて此ひつきをめくる事 
 +  三年に成ぬその年の春夢ともなくうつつともなくほのかに母の声 
 +  にて此陀羅尼をかくよるひる誦給へは我ははやく男子となりて 
 +  天にむまれにしかともおなしくは仏になりて告申さんとて今ま 
 +  てはつけ申ささりつるそ今は仏になりて告申也といふときこゆる/23ウy50 
 + 
 +  ときさ思つる事なり今ははやう成給ぬらんとてとりいててそこ 
 +  にてやきて骨とりあつめてうつみて上に石のそとはなとたてて例 
 +  のやうにして京へいつる道になきいとおほくおひたる所あり此聖こ 
 +  うして物いとほしかりけれは道すから折て食ほとにぬしの男出きて 
 +  みれはいとたうとけなる聖のかくすすろに折くへはあさましと思ていかにかく 
 +  はめすそといふ聖こうしてくるしきままにくふなりといふ時にさらはまいり 
 +  ぬへくはいますこしもめさまほしからんほとめせといへは三十筋はかり 
 +  むすむすと折くふこのなきは三町斗そうへたりけるにかくくへはいと 
 +  あさましくくはんやうもみまほしくてめしつへくはいくらもめせといへ 
 +  はあなたうととてうちゐさりうちゐさりおりつつ三町をさなからくひつ主 
 +  の男あさましう物くひつへき聖かなと思てしはしゐさせ給へ物して 
 +  めさせんとて白米一石とりいてて飯にしてくはせたれは年比物も 
 +  くはてこうしたるにとてみな食ていてていぬ此男いと浅ましと思て/24オy51 
 + 
 +  これを人にかたりけるをききつつ坊城の右のおほ殿に人のかたり参らせ 
 +  けれはいかてかさはあらん心えぬ事かなよひて物くはせてみんとおほして 
 +  結縁のために物まいらせてみんとてよはせ給けれはいみしけなる聖あ 
 +  ゆみまいるそのしりに餓鬼畜生とらおほかみ犬からす万の鳥獣共 
 +  千万とあゆみつつきてきけるをこと人の目に大かたみえすたた聖ひ 
 +  とりとのみ見けるに此おととみつけ給てされはこそいみしき聖に 
 +  こそありけれめてたしとおほして白米十石をおものにしてあたらしき 
 +  莚薦におしきをけひつなとに入ていくいくとをきてくはせさせ給 
 +  けれはしりにたちたる物ともにくはすれはあつまりて手をささけて 
 +  みなくひつ聖はつゆくはて悦ていてぬされはこそたた人にはあらさり 
 +  けり仏なとの変してありき給にやとおほしけりこと人の目には唯聖 
 +  ひとりして食とのみみえけれいといとあさましき事に思けり 
 +  さて出て行程に四条の北なる小路にゑとをまるこのしりにくしたるもの/24ウy52 
 + 
 +  しちらしたれはたた墨のやうにくろきゑとをひまもなしはるはるとしち 
 +  らしたれはけすなともきたなかりてその小路を糞の小路と付たり 
 +  けるを御門きかせ給てその四条の南をは何といふと問せ給けれは 
 +  綾小路となん申すと申けれはさらは是をは錦小路といへかしあまりきた 
 +  なき名哉と仰られけるよりしてそ錦小路とはいひける/25オy53
  
-さて出て行程に、四条の北なる小路に、ゑどをまる。このしりにぐしたるものしちらしたれば、ただ墨のやうにくろきゑどを、ひまもなし、はるばるとしちらしたれば、げすなどもきたながりて、その小路を「糞の小路」と付たりけるを、御門きかせ給て「その四条の南をば何といふ」と問せ給ければ、「綾小路となん申す」と申ければ、「さらば、是をば錦小路といへかし。あまりきたなき名哉」と仰られけるよりしてぞ、錦小路とはいひける。 
text/yomeiuji/uji019.txt · 最終更新: 2017/12/20 23:56 by Satoshi Nakagawa