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text:yomeiuji:uji019 [2014/09/27 17:21] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji019 [2017/11/18 17:01] – [第19話(巻2・第1話)清徳聖、奇特の事] Satoshi Nakagawa
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 **清徳聖、奇特の事** **清徳聖、奇特の事**
  
-今は昔、せいとくひじりといふ聖のありけるが、母の死にたりければ、ひつぎにうち入て、ただひとりあたごの山に持て行て、大なる石を四のすみにきて、その上にこのひつぎをうちきて、千手陀羅尼を片時やすむ時もなく、うちもせず、物もはず、湯水もまで、こはえもせず、誦したてまつりて、此ひつぎをめぐる、三年にぬ。+今は昔、清徳聖(せいとくひじり)といふ聖のありけるが、母の死にたりければ、棺(ひつぎ)にうち入て、ただ一人、愛宕の山に持(も)て行て、大なる石を四隅(すみ)きて、その上にこのをうちきて、千手陀羅尼を片時む時もなく、うち寝(ぬ)こともせず、物もはず、湯水もまで、声絶(こはだ)えもせず、誦しりて、この棺をめぐること、三年になりぬ。
  
-その年の春、夢ともなくうつつともなく、ほのかに母の声にて「陀羅尼をかくよるひる誦給へば、ははやく男子となりて天にまれにしかども、おなじくは仏になりて告申さんとて、今まではげ申さざりつるぞ。今は仏になりて、告申」とふとこゆるとき、「さ思つるなり。今ははやう給ぬらん」とて、でて、そこにてきて、骨あつめてうづみて、上に石のそとばなどてて、例のやうにして、京へづる道に、なぎいとおほひたる所あり。+その年の春、夢ともなくうつつともなく、ほのかに母の声にてこの陀羅尼をかく夜昼(よるひる)給へば、われはやく男子(なんし)となりて天にまれにしかども、『同じくは仏になりて告申さんとて、今まではげ申さざりつるぞ。今は仏になりて、告すなり」とふとこゆる、「さ思つることなり。今ははやうなりぬらん」とて、でて、そこにてきて、骨めて、埋(うづ)みて、上に石の卒塔婆などてて、例のやうにして、京へづる道に、なぎいとひたる所あり。
  
-聖、こうじて物いとしかりければ、道すがら折て食ほどに、ぬしの男出れば、いとたうとげなる聖の、かくすずろに折へば「あさまし」と思て「いかにかくはすぞ」とふ。聖「こうじて、くるしきままにふなり」と。「時にさらば、まいりぬべくは、いますこしもさまほしからんほどせ」といへば、三十筋ばかり「むずむず」とふ。+この聖、困(こう)じて物いとしかりければ、道すがら折て食ほどに、主(ぬし)の男出で来れば、いとげなる聖の、かくすずろに折り食へば「あさまし」と思て「いかにかくはすぞ」とふ。聖じて、しきままにふなり」とふ時に、「さらば、りぬべくは、いましも、召さまほしからんほどせ」といへば、三十筋ばかり「むずむず」と折り食ふ。
  
-このなぎは三町うへたりけるに、かくへば、いとあさましくはんやうもまほしくて「しつべくは、いくらもせ」と、いへば「あなたと」とて、うちゐざりうちゐざりりつつ、三町をながらひつ。主の男「あさましう物ひつべき聖かな」と思て、「しばしさせ給へ。物してさせん」とて、白米一石でて、飯にしてはせたれば「年物もはでこうじたるに」とて、みな食てでてぬ。+このなぎは三町ばかり植ゑたりけるに、かくへば、いとあさましく、食はんやうもまほしくてしつべくは、いくらもせ」とへば「あな、貴()」とて、うちゐざりうちゐざり、折りつつ、三町をながらひつ。主(ぬし)の男「あさましうひつべき聖かな」と思て、「しばしさせ給へ。物してさせん」とて、白米一石でて、飯にしてはせたれば「年ごろ物もはでじたるに」とて、みな食、出でてぬ。
  
-男「いとまし」と思てこれを人にかたりけるをきつつ、坊城の右のおほ殿に人のかたり参らせければ「いかでかさはあらん。心かな。びて物はせてみん」と、おぼして、「結縁のために物まいらせてん」とて、ばせ給ければ、いみじげなる聖あゆまいる。そのしりに餓鬼・畜生・とらおほかみ・犬・からす・万の鳥獣、千万とあゆつづきてきけるを、こと人の目にかたえずただ聖ひとりとのみ見けるに、おとどみつけ給て「さればこそ、いみじき聖にこそありけれ。めでたし」と、おぼして白米十石をおものにして、あたらしき莚・薦におしき・をけひつなどに入て、いくいくときてはせさせ給ければ、しりにちたる物どもにはすれば、あつまりて手をささげてみなひつ。聖はつゆはで、悦てでぬ。「さればこそ、ただ人にはあらざりけり。仏などの変てありき給や」とおぼしけり。こと人の目には、唯聖ひとりして食とのみみえければ、いといとあさましき事に思けり+この男「いとあさまし」と思これを人にりけるをきつつ、坊城の右の殿((藤原師輔))人のり参らせければ「いかでかさはあらん。心ことかな。びて物はせてみん」として、「結縁のためにらせてん」とて、ばせ給ければ、いみじげなる聖、歩る。その後(しり)餓鬼・畜生・・犬・・万(よろづ)の鳥獣ども、千万ときて来()けるを、こと人の目におほかたえずただ聖一人とのみ見けるに、この大臣(おとど)、見付け給「さればこそ、いみじき聖にこそありけれ。めでたし」として白米十石をおものにして、しき莚(むしろ)・薦(こも)、折敷(おしき)などに入て、いくいくときて、食はせさせ給ければ、後(しり)ちたる物どもにはすれば、まりて手をささげてみなひつ。聖はつゆはで、悦でぬ。 
 + 
 +「さればこそ、ただ人にはあらざりけり。仏などの変歩(あり)き給や」としけり。こと人の目には、ただ聖一人して食ふとのみ見えければ、いといとあさましきことに思ひけり。 
 + 
 +さて、出でて行くほどに、四条の北なる小路に、穢土(ゑど)をまる。この後(しり)に具したるもの、し散らしたれば、ただ墨のやうに黒きゑどを、ひまもなく((底本「ひまもなし」。諸本により訂正。))、はるばるとし散らしたれば、下種なども汚ながりて、その小路を「糞の小路」と付けたりけるを、御門((村上天皇))、聞かせ給ひて、「その四条の南をば、何といふ」と問はせ給ひければ、「綾小路となん申すす」と申しければ、「さらば、これをば錦小路と言へかし。あまり汚なき名かな」と仰せられけるよりしてぞ、錦小路とは言ひける。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今は昔せいとくひしりといふ聖のありけるか母の死たりけれはひ 
 +  つきにうち入てたたひとりあたこの山に持て行て大なる石を四の 
 +  すみにをきてその上にこのひつきをうちをきて千手陀羅尼 
 +  を片時やすむ時もなくうちぬる事もせす物もくはす湯水も 
 +  のまてこはたえもせす誦したてまつりて此ひつきをめくる事 
 +  三年に成ぬその年の春夢ともなくうつつともなくほのかに母の声 
 +  にて此陀羅尼をかくよるひる誦給へは我ははやく男子となりて 
 +  天にむまれにしかともおなしくは仏になりて告申さんとて今ま 
 +  てはつけ申ささりつるそ今は仏になりて告申也といふときこゆる/23ウy50 
 + 
 +  ときさ思つる事なり今ははやう成給ぬらんとてとりいててそこ 
 +  にてやきて骨とりあつめてうつみて上に石のそとはなとたてて例 
 +  のやうにして京へいつる道になきいとおほくおひたる所あり此聖こ 
 +  うして物いとほしかりけれは道すから折て食ほとにぬしの男出きて 
 +  みれはいとたうとけなる聖のかくすすろに折くへはあさましと思ていかにかく 
 +  はめすそといふ聖こうしてくるしきままにくふなりといふ時にさらはまいり 
 +  ぬへくはいますこしもめさまほしからんほとめせといへは三十筋はかり 
 +  むすむすと折くふこのなきは三町斗そうへたりけるにかくくへはいと 
 +  あさましくくはんやうもみまほしくてめしつへくはいくらもめせといへ 
 +  はあなたうととてうちゐさりうちゐさりおりつつ三町をさなからくひつ主 
 +  の男あさましう物くひつへき聖かなと思てしはしゐさせ給へ物して 
 +  めさせんとて白米一石とりいてて飯にしてくはせたれは年比物も 
 +  くはてこうしたるにとてみな食ていてていぬ此男いと浅ましと思て/24オy51 
 + 
 +  これを人にかたりけるをききつつ坊城の右のおほ殿に人のかたり参らせ 
 +  けれはいかてかさはあらん心えぬ事かなよひて物くはせてみんとおほして 
 +  結縁のために物まいらせてみんとてよはせ給けれはいみしけなる聖あ 
 +  ゆみまいるそのしりに餓鬼畜生とらおほかみ犬からす万の鳥獣共 
 +  千万とあゆみつつきてきけるをこと人の目に大かたみえすたた聖ひ 
 +  とりとのみ見けるに此おととみつけ給てされはこそいみしき聖に 
 +  こそありけれめてたしとおほして白米十石をおものにしてあたらしき 
 +  莚薦におしきをけひつなとに入ていくいくとをきてくはせさせ給 
 +  けれはしりにたちたる物ともにくはすれはあつまりて手をささけて 
 +  みなくひつ聖はつゆくはて悦ていてぬされはこそたた人にはあらさり 
 +  けり仏なとの変してありき給にやとおほしけりこと人の目には唯聖 
 +  ひとりして食とのみみえけれいといとあさましき事に思けり 
 +  さて出て行程に四条の北なる小路にゑとをまるこのしりにくしたるもの/24ウy52 
 + 
 +  しちらしたれはたた墨のやうにくろきゑとをひまもなしはるはるとしち 
 +  らしたれはけすなともきたなかりてその小路を糞の小路と付たり 
 +  けるを御門きかせ給てその四条の南をは何といふと問せ給けれは 
 +  綾小路となん申すと申けれはさらは是をは錦小路といへかしあまりきた 
 +  なき名哉と仰られけるよりしてそ錦小路とはいひける/25オy53
  
-さて出て行程に、四条の北なる小路に、ゑどをまる。このしりにぐしたるものしちらしたれば、ただ墨のやうにくろきゑどを、ひまもなし、はるばるとしちらしたれば、げすなどもきたながりて、その小路を「糞の小路」と付たりけるを、御門きかせ給て「その四条の南をば何といふ」と問せ給ければ、「綾小路となん申す」と申ければ、「さらば、是をば錦小路といへかし。あまりきたなき名哉」と仰られけるよりしてぞ、錦小路とはいひける。 
text/yomeiuji/uji019.txt · 最終更新: 2017/12/20 23:56 by Satoshi Nakagawa